白馬の王子様
私はずるい。檜佐木さんに薬を盛ったりしておきながら、無かったことにした。そしてその上それを利用するように、本当に手作りのクッキーを焼いて檜佐木さんの元を訪れていた。
「ほ…本当にくれるのか?」
「はい。その、恋次くんに聞いたんですけど…檜佐木さんが、私にクッキー貰う夢見たって。だから、欲しいのかなって思って…焼いちゃいました」
「あ、ありがとう。うわ、嬉しい」
檜佐木さんの嬉しそうな顔をまた見ることができた。喜んでくれてよかった。早速檜佐木さんは食べてくれるし、私も嬉しい。
「…味が違う」
「へ?」
「あ、いや、夢で食ったやつと味が違ったから。そりゃ夢なんだから、違うに決まってるよな」
「…お口に合いませんでしたか?」
「いや!美味いぞ!夢で食ったやつよりも美味い」
阿近さんに負けなくてよかった。
「あ、 そんなとこ突っ立ってないで座れよ」
「…はい」
「膝にでも座るか?なんつって…」
惚れ薬盛ろうが盛るまいが、檜佐木さんの言うこと変わらないじゃないか。それか、もしかして膝に座ったことを覚えてるのか?
「お、おい、星野?冗談だから気にしなくても…」
正夢ってことにしてあげようかな、と思って檜佐木さんの膝に座らせてもらった。この前と違うのは、抱き締めてはこないところだ。
「悪いですけど、私これでも真面目なので、冗談なんて通じませんよ?」
「…うん、冗談じゃないから、座っとけよ」
後ろでボリボリとクッキーを咀嚼する音が聞こえる。なんだか恥ずかしい。
「…どうせ座るなら、もうちょっとこっちこいよ」
「ひゃ、」
腰に両手を回されて、ぐいっと引寄せられた。深く座ったせいで足が床から浮いてしまった。
「お、重くないですか」
「全然」
「…そう、ですか」
どうしよう、この前と違って檜佐木さんは正気なはずだ。なのにこんなにくっつかれたら、私の鼓動が檜佐木さんに聞こえてしまいそうだ。
「…星野、俺とこんなにくっつくの嫌じゃねぇの?」
「い、嫌じゃ…ないです」
「俺、考えたんだけどさ、酔った日のこと、忘れてくれなんて言ったの、無責任だったよな。ごめん」
「それはもう、大丈夫なので…。覚えてないですし」
「大丈夫だとしても、俺が納得いかない。ちゃんと謝らせてくれ」
やっぱり檜佐木さんは、真面目で優しくていい人だ。やたらとえっちだったのは全部惚れ薬のせいだったんだ。
「本当は、お前のこと部屋に送ったのも、送り狼になるつもりだったんだ。結局やってねえけど…でも、無駄に触ったのも、でこちゅーしたのも、星野が可愛くて仕方なかったからなんだ」
「かっ…」
「星野、俺はお前のことが好きだ。だから手出しちまったし、だからこそ、最後までやって傷付けるようなことはしたくなかったんだ。本当にごめん」
あぁもう、好きだと言ってくれたならそれで充分です。私は全部許します。だって私も、檜佐木さんが大好きなんだから。
「…許してくれるか?」
「えぇもちろん。だって、私のこと好きなんですよね?」
「あぁ好きだ」
「だったら私、檜佐木さんになら何されても許しちゃいます」
「何されても…!?」
「私も、檜佐木さんのこと好きなので」
本当は顔を見て言いたかったけど、こんなに真っ赤になってしまった顔は恥ずかしくて見せられない。
檜佐木さんは私をきつく抱き寄せて、愛しそうにすり寄ってきた。
「すっげぇ嬉しい、まじかよ」
「えへへ、私も嬉しいです」
「ほんと可愛いな。星野に会えてよかった」
耳元で喋られて、くすぐったいしぞくぞくする。
「あれ?星野…」
「はい?」
「…この首の跡、…キスマークか?」
キスマーク?何の話だ。私にそんなものをつける彼氏など存在したこともないというのに。
「…さすがに、違うよな?好きだって言ってすぐこれはねぇよな?」
「檜佐木さん…私も一つ、謝罪していいですか?」
「…何だよ」
「私、この前檜佐木さんに惚れ薬盛りました」
「はぁ!?」
予想通りだが、檜佐木さんは驚いて声をあげた。驚かせてしまってごめんなさい。
「檜佐木さんが見たって言う夢、あれ夢じゃないです。現実です」
「…はぁ?」
「実は、あのときのクッキーが惚れ薬で…ついでに言うと、阿近さんが作ったクッキーです。ごめんなさい」
「いやいや…何言ってんだ?」
「結論から言います。このキスマーク、そのとき檜佐木さんにつけられたやつです」
しばらく檜佐木さんから返事が無かった。惚れ薬なんて盛ってくるような女のこと、嫌になったかな。
「…俺、あのときのこと、記憶が曖昧なんだ」
「そうでしょうね。そうなるように、薬が調合されていたので」
「俺、星野とキスしたしキスマークも付けたし胸も触ったしセックスもしたって認識で間違いないよな?」
「間違いばかりですね!?」
記憶がどのように曖昧になったらそんな風に勘違いができるというのか。檜佐木さんの口からそんなえっちな単語が出てくると思わなかった。
「だって、あの時もこうやって座ってたよな?確かに胸は触ったと思う」
「触られてないです」
「なんだと…?じゃあ俺は何を触ったんだ?尻か?」
「…ほっぺですね」
「じ、じゃあ、俺が指を、いや俺の息子をか?突っ込んだあの感覚は何なんだ。確かに星野の中に…」
「口ですね。指を、口の中に入れられました」
俺の息子って檜佐木さんそんなもの私に突っ込んだ記憶があるんですか?夢見るのもいい加減にしてほしいですね。
「檜佐木さん…あの、私今、一つ不安が生まれたんですけど」
「ん?」
「…その時の惚れ薬、まだ効いてるわけじゃないですよね?薬のせいで、まだ私のこと好きだって言ってくれてるわけじゃないですよね…?」
薬の効果は数時間だと阿近さんは言っていたが、不安が涌き出てきた。
「あの時よりも、もっと前からお前に惚れてるよ」
「ほ…ほんとですか?」
「あぁ。だからわざわざ惚れ薬なんか使わなくても良かったんだよ。技術開発局の力を使ってあんまり俺をもてあそぶな」
「…ごめんなさい」
「怒ってるわけじゃねぇよ。…だから、ちょっとこっち向け」
どうしても怒られている気分にしかなれなかったのだが、恐る恐る体の向きを変え、檜佐木さんの顔を見てみた。
「俺も酒の力で星野で遊んだし、おあいこだな。お互い許そうぜ」
「…はい。ごめんなさいでした」
「仲直りのキスでもしとくか?」
「…じゃあ私からするので、目瞑ってください」
「お!?おう…わ、わかった」
檜佐木さんは素直に目を瞑ってくれた。今日こそは、酒の力も薬の力も使わず、お互いの意思でお互いに触れられるのだ。やっと想いが通じあったのだ。
ファーストキスは初恋の人に捧げると決めていたが、いざその場面になると緊張して動けなくなる。目を瞑って待っていてくれている檜佐木さんの顔が綺麗で見とれてしまうし、キスなんて到底できそうにない。
「遅ぇよ」
戸惑っていたら檜佐木さんの目が開き、一瞬で距離をつめてきて、一瞬だけ唇が触れた。驚いていたら檜佐木さんはにやりと笑い、私を抱き締めた。
「ゆっくり慣れていこうぜ」
「は…はい」
先手を取られたのが少し悔しかったけど、今の私では檜佐木さんには敵いそうになかった。
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