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東京都立呪術高等専門学校。
呪いを祓う為に呪いを学ぶ、その為に学生等が通う呪術教育機関の一つ。多くの呪術師達がここを拠点に活動している。

そして今年、呪術師としての素養と才能を併せ持つ三人が入学し、早くも将来を期待されているらしい。

一人は、他者に治療を施す事ができる反転術式の使い手。
一人は、呪霊を取り込み操る事ができる呪霊操術の使い手。
そしてもう一人は、呪術界御三家の一門、五条家相伝の術式を持った偉才。
その錚々たる顔ぶれに、多くの補助監督は敬意を表しながらも、どこか隔絶した人間との差を感じる者も少なくなかった。
多くの補助監督は初め、呪術師の道を目指す者が多い。しかしその中で、呪術師として活躍できるのはごく少数である。道半ば絶えていく者、心折れる者。非術師とは違い、呪霊と相対する力があれど、それが真価を発揮するものになるとは限らない。志を持ってしても、素質には敵わない事も現実だ。

そしてまた、私もその一人だ。




「本日もお疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」

営業スマイルさながらの笑顔を向けながら、労いの言葉を掛ける先輩に倣い私も繰り返す。「お疲れ様です。ありがとうございました」と返すのは、愛想よく笑顔を携える夏油さん。齢16にしてこの社交性の高さには、目を見張るものがある。私も見習いたいところだ。
後部座席から降車していく彼等を助手席から見送っていれば、薄氷を宿したような瞳の彼と視線が結び合う。何か物言いたげな表情をしている気がするが、そのまま寮へと帰って行った。

次の予定を確認する為、スケジュール帳を開けば、北村先輩は運転席で窓を開けながら、煙草に火をつけ始めていた。ここは一応高専校内なのでは?という疑問もよぎったが、その辺りのモラルはあまりこの業界では重要ではないかと思考の端に追いやった。

前任の栗原さんの過去スケジュールを元に、時間帯による交通状態の把握や、効率のいい時短ルートの作成など、後日に向けての情報整理を行っていれば、「瑠川」と低い声が名を呼んだ。

「はい」
「お前、ちっとは愛想よくできねぇのかよ?」

先程夏油さん達と話している時とはかなり違う声のトーンに、ここまで使い分ける事ができるのも、ある意味社交性の高さだなと素直に感心した。

「それは…私の表情筋の硬さの事を言っているのでしょうか?それとも、話す事が得意でないところでしょうか?それとも…」
「どれもだよ!!ったく、ただでさえあの人達は扱いづれぇってのに、お前まで問題起こしてくれるんじゃねぇぞ!?」

眉尻を上げながら一喝する先輩に、前任の栗原さんの退職理由が反芻される。
『過酷な労働環境による身体的負荷と、担当呪術師による攻撃的な態度、無理な要求による精神的負担から、退職させて頂きたく願います』

退職する直前、彼は泣きそうな顔をしながら退職願いを提出したという。そこまで追い詰められていたなら、それが正解だったろうと思う。

「扱いづらい、とは…?」
「さっきのやり取りで大体わかんだろ?あの横柄な態度に、遠慮会釈もねぇ感じ。まだガキの癖にいつもあんなんなんだよ」
「もしかして、栗原さんの退職理由って…」
「決まってるだろ?五条だよ!五条悟!まあ、全部が全部それが理由じゃねぇだろうが」

まさか後者の理由が五条さんだったとは。
攻撃的な態度とまでは感じなかったが、確かに少しコミュニケーションの取りにくい人柄だとは思った。でもそれは、私自身も覚えのある事だったので非難めいた言葉は浮かばない。

「栗原は見るからにメンタル弱そうだったしな。その点、お前はいつも何考えてんのか分かんねぇツラしてるし、ある意味適任かと思ってたが。怒らせるような事だけはすんじゃねぇぞ?」
「はい、分かってます」
「…はあ、ったく、ほんとにツラだけはいいな?お前」

私の顔を凝視してから煙草に口をつけ、溜め息を吐くかのように吹き出された紫雲が宙を舞う。風に乗って鼻を掠める煙の匂いに、反射的に眉間に力が入る。しかし、この反応も私の表情には、ほんの僅かな影響しか及ばさないのだろう。

幼い頃からそうだった。
感情が表に出づらい私は、心の内でどんな波があろうとも、それが他人に悟られる事はなかった。

「とにかく、明日からはお前一人でやるんだからな?ヘマすんなよ」
「頑張ります」
「…だから、頑張りますの顔してねぇよ」

私の胸の中では、精一杯ベストを尽くそうと自身を奮い立たせていた。それが誰に悟られなくとも、それでいい。私自身の価値を、ここで見出す事ができるなら。