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補助監督の朝は早い。

いや、多忙極める呪術師の担当補助監督の朝は早い、が正解かもしれない。

補助監督の仕事の役割は幅広い。
高専学生の一般科目の授業を担う者もいれば、日本各地の怪異の調査を行う者、その他雑務をこなす者、各々それぞれだ。中には、低級呪霊なら祓える補助監督も存在するが、私に祓う力はない。呪霊を目視できるのみだ。

私は補助監督になり日も浅く、出来るのは精々、苦労して取った自動車免許を活かす事と、人より丈夫でタフな体がある事くらいだ。それに元々睡眠も浅く、そこまで取らずとも動き回れる体質だ。

そんな要素もあり、ここ最近で離職率が高いと言われているお鉢が私に回ってきたと言う経緯だ。何故かは分からないが、他に了承する補助監督がいなかったらしい。

けれど任された以上、最善は尽くしたいと思っている。
その為に、まず早起きは欠かせない。今日行う任務内容の詳細説明をスムーズに出来るよう、復習はしておきたい。その任務地までのルート確保も必須だ。タイムスケジュールは常に10〜15分の余裕は持ちたい。それに、呪術師はいつ不足の事態が起きてもおかしくない。イレギュラーな任務が来る可能性も考えておかなければ。

集合予定の時間30分前に高専の関係者用駐車場に到着し、後は予定の15分ほど前に寮付近に車を回しておけばいいかと腕時計に目を合わせる。

黒の革素材のベルトにシルバーの円盤。至ってシンプルなデザインで時間が見やすい。お気に入りのこの腕時計は、補助監督就任祝いに夜蛾先生から頂いたものだ。
私がこの補助監督の仕事をしているのも、彼がいなければなかった事だろう。そう言えるくらい、夜蛾先生にはお世話になった。補助監督になるにあたって、夜蛾先生のサポートがなければ達成出来なかった事がいくつあった事か。
そうだ、今度の給料日には夜蛾先生に何かお礼の品を贈ろう。この前の初任給は余裕がなくて何も出来なかったから。そうしよう。

そんな事を考えていれば、時計の針は予定時間の15分前の時刻を指していた。ああ、もうそろそろ寮まで向かわないと。昨日、北村先輩からもヘマをするなと釘を刺されたところだ。初日から遅刻なんて許されない。車のギアをドライブに変え、発車させる。

集合時間の5分前。
姿を見せたのは夏油さんのみだった。

「おはようございます」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

早朝の集合ではあったが、昨日と変わらぬヘアセットをして爽やかに挨拶を交わす夏油さんに、内心感服する。すごい。そう思っても感嘆の表情が出る事はないが。夏油さんは朝は強いタイプなのだろうか。

じっと彼に関心の目を向けていれば、私の視線に何かの意図を汲み取ったのか、夏油さんが「ああ、悟ならもう既に起きてるとは思いますよ」と続けた。同じ寮に住んでいるからといって、一緒に集合場所まで来ると限らないし、必ずしも5分前には来ないといけない事もない。「集合時間までまだ時間はあるので、大丈夫ですよ」と返せば、若干の間を置いてから少し気まずそうに苦笑をする夏油さんに、どこか釈然としない気持ちを覚えた。


集合時間を5分過ぎた頃。
先ほどの夏油さんの苦笑の意味が分かった。
集合時間に五条さんが間に合う事はないと分かっていたのだ。既に車に乗り込み、渡しておいた今回の任務内容の資料に目を通していた夏油さんが、携帯を片手にウインドウガラスを下げながら、車外で立つ私に呼び掛ける。

「たぶんもうそろそろ来るとは思いますけど、一応電話かけましょうか?」

私に気を遣っての事だろう。
少し眉を下げながら提案してくれる夏油さんに「いえ、もう少しだけ待ってみます。その後もしもの時は…お願いします」と軽く頭を下げる。緊急時の為に五条さんの電話番号を知ってはいるが、私から連絡を受けるよりも同級生の彼からの方が気楽だしいいだろう。もしもの時は厚意に甘えよう。

微笑んで「もちろん」と了承してくれる夏油さんを尻目に寮の方へ顔を向ければ、眠そうに「ふぁ〜、眠ぃ〜」とあくびをしながら歩いてくる五条さんが見えた。

「悟、遅刻だよ。早く乗りな」
「遅刻つっても7、8分くらいだろ?プチ遅刻じゃん」
「遅刻にプチもなにもないだろ。遅刻は遅刻だよ」

急ぐ様子もなく、そのまま車に乗り込んでいく五条さんを呆然と眺めていれば、こちらに気付いたようで一瞬視線が交わる。しかし、それだけで何を言うでもなくドアを閉めてしまった。

既に予定時間は過ぎている。
渋滞などしていたら大変だ。急がなければならない。そう分かっていても、これだけは言いたかった。

「謝罪とかは………ないかぁ…」

非凡であり、鬼才の呪術師、五条悟。
彼から謝罪の言葉を聞き出すなど、一介の補助監督には過ぎたものなのかもしれない。