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「お待たせしました。今日もよろしくお願いします」

寮の前に停められていた車に乗り込み挨拶をすれば、運転席からいつもと変わらぬポーカーフェイスが顔を出す。

「今日はお休みの予定でしたのにすみません。よろしくお願いします」
「いえいえ、それはお互い様ですから」

先ほどの悟との話が頭をよぎり、いつもより彼女の顔を注視してしまう。眉ひとつ動かしてはいないが、心なしか声音は申し訳なさそうに聞こえる。

「それでは出しますね」



今回の任務に関する資料を手渡され、念のため一通り目は通しておく。こういった資料も、担当する補助監督がまとめて用意してくれたものだ。休日だというのに、資料まで用意して迎えにきてくれた彼女の気遣いを無駄にはできない。

読み終えた資料を置き、ミラーに映る彼女の目元をぼんやりと眺めた。悟の言うように、彼女の表情からはいつも何も読み取れない。今もこれだけ凝視してみても、綺麗な顔だな、という感想しか出てこない。セットされて流してあった前髪が、片目に僅かにかかっている。走行の揺れによってゆらゆらと揺れる髪をじっと眺めていれば、信号が赤になり、車が止まる。それと同時に、彼女の双眸がミラーを通してこちらを見返していた。

「あの、どうしました?」
「いえ、そういえばこうやって2人は初めてだなと思いまして。いつも悟がいましたから」

頭に浮かんだそれとない話題で誤魔化し、様子を窺えば「確かにそうですね」と同調を返してくれた。

「今日は瑠川さんも非番だったんですよね?予定とか大丈夫でしたか?」
「はい。特にする事も決まっていなかったので大丈夫です。それなら夏油さんこそ」
「私の方も特に。この後もどうせ悟のゲームに付き合うだけですから」

進路方向の先で道路整備を行なっているのが見えた。どうやら少し混み合っているようだ。少しずつしか進まない渋滞に、このまま会話を続けても問題ないかと話題を振ることにした。

「そろそろ一週間経ちますけど、補助監督の仕事には慣れましたか?」
「そう、ですね。慣れたかもしれません」

少し言葉が詰まったな。慣れたと言っても半々くらい、と言ったところだろう。染められたように一切不純ない黒い瞳が、僅かに彷徨く。最初も緊張して目を合わせられなかったと聞いたから、実は今も少し、緊張していたりするのだろうか。

「昨日も悟と夜遅くまで任務だったみたいですね。さっきも悟に瑠川さんのお話を聞かされましたよ」
「お話、ですか?」
「瑠川さんのポーカーフェイスの理由、とかですね」
「ああ…」

彼女の纏う空気が変わった気がして、悟の話は本当だったかと納得する。

「本当は今も少し、緊張していたりします?」
「…え」

表情は変わらないが、目を合わせたまま止まってしまっている彼女に「信号、青ですよ」と声をかける。「すみません」と言いつつ発進させる姿に、明らかな動揺が見えて、ますます彼女の微かな動きから目を離せなくなった。

「ちなみに今はどういう感情だったんですか?」

彼女にとって意地の悪い質問だと分かっていつつ、聞きたくなってしまってつい問いかける。

「えっと、驚き、というかなんというか」

なるほど、さっきのは驚きの表情だったのか。言われてみれば少し目の見開き具合が違ったかもしれない。自然と上がってしまっている自身の口角を片手で隠しながら、静かに息を呑む声が聞こえた気がして、思わず笑ってしまいそうになる。

抱いていた第一印象とかなり違い、彼女を見る目が変わる。先程話していた悟の気持ちが分からなくもないと思う。

しかしこれ以上、彼女を茶化すような行為は失礼にあたるだろうと「すみません、運転の邪魔して」と会話の区切りをつける。

「いえ」と控えめに聞こえた彼女の声は、すっかりいつもの口調に戻っていたが、揺れる瞳を隠すように、瞬く数が増えているのを私は見逃さなかった。