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数日後、鴨志田が朝礼で自首したと連絡があった。人が変わったように罪を告白し、被害者に謝罪をしたそうだ。これがオタカラを盗み改心させた結果なのか。モルガナを疑っていたわけではないが、実際に目の当たりにしたわけではないので未だに信じがたい。秀尽学園は混乱のため臨時休校になったらしい。後日打ち上げと称しホテルのビュッフェに行くから来ないかと誘われたが、生憎アルバイトのためお断りさせていただいた。自分は鴨志田の改心のために戦ってはいない、参加資格はないのだ。誘ってもらえただけでわたしには十分過ぎる。高巻さんからはわたしが参加しないことを残念だというメッセージがきていた。
『御守さんがいてくれたら、ケーキコンプリートで一緒に盛り上がれたのに』
わたしはそんなに甘いものが得意ではないから、参加しても高巻さんの希望に添えたかはわからない。それでも楽しみにしてくれていたのはメッセージで送られてきたスタンプから伝わってきた。次に彼女から何か誘われることがあれば、付き合わせてもらおう。そう返事をして、わたしは昼休みを終えて授業へと戻った。
この打ち上げがあった日、怪盗団を続けることを決めたと来栖くんから告げられた。
電話越しでも理不尽に抗う強い意志を感じた。先日のように直接言いたかったけど学校全体がゴタゴタしていて時間が合わなくてごめん、と言われてしまった。今度会ったときにゆっくり聞かせてください。そう返答をしてから数日後、わたしはルブランへと足を運んだ。
「こんにちは、惣次郎さん」
「おお、瀬那ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
いつもと同じように迎えられる。違うのは来栖くんもエプロンをしてカウンターに立っていることと、椅子でモルガナが寝そべっていることだ。居候の身ながら猫を飼う許可をもらったそうだ。惣治郎さんは優しい人だからこうなるだろうとは思っていた。わたしはその隣の椅子に腰を下ろした。
「働かざる者食うべからずってことで、こいつにも色々教えてるとこなんだ」
「そうなのですね、エプロン似合っています」
「……そうかな、ありがとう」
照れくさそうに来栖くんにお礼を言われた。
「俺が言ったときは仏頂面だったのに……お前も女にゃ弱いんだな」
「セナの方が似合ってるぞ」
褒めてくれたモルガナの頭を撫でるとにゃあと鳴きながら目を細める。惣治郎さんが居る手前、モルガナとは会話することが難しい。彼には猫の鳴き声にしか聞こえないからだ。
「そういうわけで、今日は瀬那ちゃんに手伝ってもらうことはねぇんだ、すまんな」
わたしの仕事は来栖くんにとられてしまったらしい。少し残念ではあったが、ここは彼の居場所でもあるのだ。わたしには何も言えない。先日サイフォンのコツを話したときも思ったが、惣治郎さんの教えを聞いてコーヒーを淹れる来栖くんは楽しそうだ。無意識にわたしの口角も上がっていたが、それに気づいたのはモルガナだけだった。
カランカランとドアベルが鳴る。この時間にお客さんとは珍しい。三人とも入口へと視線を向ける。先に入ってきた女性はスーツ姿で携帯を操作しながらわが物顔で歩いて店内を進む。その後ろにもう一人いるようだが、座っているわたしからは女性に隠れて顔がよく見えない。
「へぇー、冴さんの行きつけのお店ですか」
「行きつけって程じゃねえさ」
無言でカウンターに座るのは新島冴という女性で検事だったはずだ。何度かルブランに来て惣治郎さんと話しているのを見たことがあるが、穏やかな雰囲気であったことは一度もなかった。彼女が腰掛けたため、連れの姿がわたしにも見えるようになり納得した。道理で聞いたことがある声だと思った。
「どういう風の吹き回しだい」
「別に、ここのコーヒーが飲みたくなって」
今日も刺々しい口調で新島さんは惣治郎さんを見据えている。その流れに似つかわしくない明るい口調で彼女の連れが声を発した。
「あれ、瀬那さんじゃないか」
「こんにちは、明智くん」
「こんなところで会うなんて、偶然だね」
わたしの隣にその男性、明智くんは腰掛けると、新島さんが冷めた視線をこちらに向けてきた。
「……ナンパみたいな声の掛け方ね」
「やだなぁ、冴さんは。僕はそんなことしませんよ。彼女はクラスメイトです」
そういってわたしを新島さんへ紹介するため、明智くんは自分の体で影にならないように位置をずらした。そうすると新島さんと目が合い、射抜かれるようなそれに身体が委縮するのがわかった。
「……御守瀬那と申します」
「新島冴よ、あなたとはここで何回か会ってるわね」
「おいおい、あんまり彼女を睨まないでくれないか」
「冴さん、顔が怖いですよ」
「……うるさいわね」
明智くんがわたしを新島さんの視線から隠すように体の位置を戻した。悪態をつきながらも彼女は視線を正面へ向け直し、注文したコーヒーに口を付け始めた。
「ごめんね、冴さん、ちょっとピリピリしてて」
「いえ、大丈夫です。検事さんと一緒にいるのは探偵のお仕事です?」
「うん、そんなところかな。でも今日はもう終わって帰る前に冴さんがここに連れてきてくれたんだ」
「そうなのですね、おつかれさまです」
「……ありがとう」
爽やかな笑顔で明智くんがお礼を言う。探偵業で事件を解決することが増えてきた彼は、最近テレビ出演なども増えてきていて忙しいらしい。たまに街中で見るメディアの中の笑顔とは違って少し含みのある表情だった。
「瀬那さんはどうしてここに?」
「今住んでいる家が近くて……」
「そういえば、四軒茶屋に住むって言ってたっけ。ごめん、前にも聞いたよね」
「気にしないでください、あの時からずっと忙しそうですから覚えていられないですよ」
「忙しくなったのはここ最近だよ」
「そうなんです?家にはテレビがないので、あまり詳しくなくて……」
「瀬那さんに見られるのは恥ずかしいからちょうどいいかな」
「あの」
カウンターを挟んで立っていた来栖くんが声を掛けてくる。予想外の場所で会ったクラスメイトだったので思わず話し込んでしまった。
「御守さんと……仲いいんですね」
明智くんは当たり前だよと言った。
「三年間同じクラスだからね」
「……三年?」
「そうなんです、高校ではずっと一緒のクラスで……とてもよくしてもらってます」
来栖くんの動きが止まった。数度瞬きをして、えっと、と何か気まずそうにわたしに問いかける。
「御守さんって、高三?」
それに答えたのはわたしではなく惣治郎さんだった。
「お前知らなかったのか?瀬那ちゃんはお前の一つ上だぞ」
呆れるように来栖くんを一瞥した。問うた彼自身はその答えを聞いて飲み込むのに時間がかかっているらしく、しばらくわたしを見つめたまま動かずにいた。言っていなかったことを申し訳なく思いながら首を傾げたところで、来栖くんはようやく理解できたらしい。
「……ごめん、俺、同い年か年下かと思って……普通に喋って、ました」
「気にしないで下さい、来栖くんの話しやすいようにしてくれた方がわたしも嬉しいです」
「どうみても瀬那さんは年上に見えないからしょうがないさ」
「……すみません」
「いいんだよ、可愛いんだから」
「ふふ、ありがとうございます」
互いの顔を見て微笑みあった。お世辞だとしても素直に受け取っておく。明智くんにはもう何度も言われているし、その方が対人関係が円滑に運ぶからだ。
明智くんは目の前の来栖くんに興味を持ったらしく、わたしたちを眉間に皺を寄せて複雑な表情で見ていた彼は、唐突に向けられた明智くんの視線に一瞬たじろいだ。
「君とは前にどこかであったかな」
来栖くんを見上げる明智くんの横顔は変わらずに微笑んでいるのに、何故だか違和感を感じた。
「僕は明智吾郎って言います」
よろしく、という彼の目が笑っていなかった。
(2018/8/19)
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