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中間試験も滞りなく終わり、アルバイトに勤しんだ。帰宅するためにロッカーで学生服に着替えていると、メッセージが届いていると携帯が明滅して知らせていた。ピンクのアイコンということは送信者は高巻さんだ。

『明日、班目の個展に行かない?チケットもらったの』

正直言って芸術はよくわからない、どこにその価値があるのか理解できないのだ。しかし、以前のビュッフェを断ってしまったときに、次は参加させてもらおうと決めていた。何よりわたしなんかを休日に誘ってくれる高巻さんを無下にしたくなかった。
幸い試験期間も出勤していたため明日は休みである。高巻さんに『ご一緒させてください』と返信をするが、何故いきなり個展なのか。訊くと班目の弟子と名乗る喜多川祐介という男性にモデルになって欲しいと言われたらしい。

『それでとりあえず個展に来てくれって、チケット渡されて』

『見に来てもらって判断して欲しいということです?』

『そういうことだと思う。あんまり嫌な気はしてないから行ってみようかなって』

ふと思った、一人で行くのは不安だとしても来栖くんと坂本くんはどうしたのだろうか。流石に飛ばしてわたしを誘うというのは少々疑問だ。

『来栖くんと坂本くんは誘わなかったのですか?』

『チケット貰ったときに一緒にいたよ、だから明日も一緒に行く。班目のよくない噂もあるから、確かめてみようって』

どうやら怪盗団として動く要因もあるらしい。では一人ではないのにどうしてわたしなんかを誘ったのだろうか。
あのね、と続けて高巻さんからメッセージが届く。

『男ばっかりなのは別に苦痛じゃないけど、できたら女の子もいてくれた方がいいし。それにせっかく知り合ったんだから御守さんとも仲良くしたい』

携帯を落としそうになった。所謂類は友を呼ぶというものなのか、来栖くんと同じで高巻さんもわたし自身を見ようとしてくれている。どう返信をすればいいのか数分悩んで、結局当たり障りのないものになってしまった。

『わたしもです。明日、楽しみにしています』




個展が開催されるデパートがある渋谷駅の連絡通路でいつものメンバーと合流する。男性二人とモルガナはわたしがいることに驚いていた。高巻さんは誘ったことを言っていなかったらしい。彼女はわたしの腕を組んで悪戯が成功したという子供っぽい笑顔を浮かべていた。

「芸術のわからない男子しかいないから、昨日ナンパしちゃった!」

「わたしもあまりわかる方じゃないですが……」

「いいのいいの、女の子ってだけでオッケー」

頭一つ分の身長差があるため少しアンバランスなのだが、密着した状態のまま高巻さんは目的地へ向けて歩き出した。男性陣はその後ろをついてくる。

「……お前も御守さんが来るの知らなかったのか」

「知ってたら、一緒に来る」

「だよな……」

「セナめ、ズルいぞ!」

そんな会話が後ろから聞こえてきたような気がした。同性という強みなのか高巻さんは道中で色々な質問をしてくる。どこに住んでいるのか、一人暮らしなのか、何が好きなのか、どんなことに興味があるのか、よく聞くお見合いの質問のようだ。
自身のこととなると話を広げるのが苦手なわたしは、彼女が話し続けてくれることが有難かった。答えられない質問は濁しつつ答えていると高巻さんが不意に真顔になった。

「あのね、御守さんにずっと言いたかったことがあるの」

「なんでしょうか……?」

「鴨志田のパレスで助けてくれてありがとう」

「……お礼を言うのはわたしの方です。狙われていたのは高巻さんでした、わたしが捕まったとき置いて行ってもよかったんです」

「そんなことできるわけない!」

急に大きな声で否定され、お互い驚いて顔を見合わせた。

「ご、ごめん!……でもね、あたし、もう逃げないって思ってあそこに行ったから……まあ、捕まっちゃってちょっとめげそうにもなったけど。とにかく、御守さんを置いてくなんて絶対しないから!」

わたしの両手を取り高巻さんはぐっと握りしめる。その眼差しには立ち向かう強い意志が宿っていた。眩しすぎて見ていることが辛い。わたしは俯いて困ったように笑うことしかできなかった。




話しながら歩いていると目的地の展示会へとたどり着いた。来栖くんの鞄からひょっこりモルガナが顔を出す。

「混んでんな……」

「バレると面倒だから、あんま出てくんなよ」

坂本くんが小声でモルガナに注意をすると、すんなり鞄の中へと戻る。間を置かずに細身で長身の男の子が迷うことなく高巻さんに向かって歩いてきた。

「来てくれたんだね!」

彼が高巻さんにモデルを頼んだ喜多川祐介くんか。見た目とは裏腹に少々演技がかかった物言いをする人だった。高巻さんが押されている。ついでと言わんばかりに後ろにいた来栖くんと坂本くんに冷たく言い放つ。

「本当に来たのか」

「テメーで券、置いてったんだろ!」

売り言葉に買い言葉、沸点の低い坂本くんは喜多川くんを睨みつけた。しかし喜多川くんはそれを無視して、今度はわたしへと視線を向ける。

「君は……」

「あっ、あたしたちの友達っ!」

「はじめまして、御守瀬那と申します」

何のためらいもなく友達として紹介され心臓がぎゅっとなったが、表に出すことなくすらすらと自分の名前を言えた。まだ自分は大丈夫だと自覚できる。
喜多川くんは何かを確認するかのようにわたしを頭の上からつま先まで一通り見下ろした。値踏みされるようなそれに思わず両手で持っていたバッグのストラップを強く握りしめる。目を逸らすことが出来ずにいると、横から黒の何かが視界を遮った。

「セナ、だいじょうぶか?」

モルガナの小さな声が聞こえる。目の前に現れた何かが背負っている鞄の小さな隙間から、スカイブルーの瞳が心配そうに覗いていた。そうか、この黒は来栖くんのジャケットだ。だからモルガナが入っている鞄がわたしの眼前にあるのか。
少し棘の含んだ声で来栖くんは喜多川くんへ声を掛けた。

「初対面の女の子を睨むのは良くないな」

「創作意欲が湧くか考えていただけだ、他意はない。とにかく他のお客様の邪魔にならないようにな。さあ、案内するよ」

最後は一転して喜多川くんの声は優しいものに変わり、高巻さんに向けられたものだとわかった。するりと組んでいた腕が解かれる。消えた温もりを追うように高巻さんを見ると、来栖くんへ一つだけ強く頷き、後で、とだけ残して喜多川くんと会場の奥へと消えた。
来栖くんが振り返り、坂本くんはわたしの隣へと歩み寄る。

「杏以外は女に対しても容赦ねえヤツ」

「多分、彼は作品になるかならないか、で物事を見ているのでしょうね」

「だからって、あんな怖え顔で見ることねーよ」

な、と同意を求めるように坂本くんはわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「――ひっ」

予想外にされたことのない行動で一瞬息が詰まり、喉が絞まった。そのせいで変な声が出てしまい坂本くんはすぐに手を引っ込める。

「わ、悪い!」

「いえ、ごめっ、…………すみません」

「……せっかく杏が御守さんと喜多川を離してくれたんだ、俺たちも見て回ろう」

「んだな」

来栖くんは入口から奥へ進むように坂本くんを促す。わたしのあからさまな態度にがっくりと肩を落としていた坂本くんは、ポケットに手を入れたまま展示物を流し見しながら歩き出した。
触れられることは大分慣れたと思ったが、坂本くんはあまりにも距離が近く、行動が読めない。心構えが全くできなかったせいで申し訳ないことをしてしまった。はあ、とため息をつき手櫛で自分の乱れた髪を整えながら、わたしもそれに続く。隣にいる来栖くんがそっとわたしの頭に手を伸ばした。

「竜司も加減を知らないな」

「まだ変です?」

「……ん、大丈夫」

「ありがとうございます」

来栖くんを見上げると、いつものように微笑んでくれていた。わたしもそれに倣う。先程の態度を坂本くんにどう弁解すべきか、と頭の中で考えていた。
(2018/8/25)

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