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班目一龍齋は個展会場でメディアの取材を受けていた。作品は心の内から自然と湧き出てくる、俗世から離れあばら家で過ごすことで一人では生み出せないような多彩な作品のイマジネーションが得られる、穏やかな顔で返答していた。わたしはそれを聞きながら作品とぐるっと見回す。やはり芸術はよくわからない。だが、ここの作品は個展というよりも多人数の作品展のようだった。インタビュアーの質問の意味はこういうことか。
一人納得していると、班目に気づいた老若男女のファンが一目見ようと駆け寄ってきた。それに来栖くん、坂本くん、わたしの三人は巻き込まれ、押しつぶされる前に会場から逃げ出すこととなった。




渋谷駅の連絡通路まで戻ってきて一息つく。ずるずると柵を背にして坂本くんが座り込んでしまった。

「オバチャンのヒジがモロ……」

鳩尾を押さえているのをみて、わたしもその隣にしゃがみ込む。人並みに逆らう際に一番出口から遠かった坂本くんはわたしの手を引いて背に庇うようにして連れ出してくれた。その時に被害にあったようだ。

「わたしのせいで……すみません」

「んな、顔すんなって、全然ヘーキだから。そのおかげで思い出したぜ」

元気づけるためなのか先程と同じように右手が伸ばされたが、わたしの頭へ届く前に引っ込められた。その視線はわたしの背後へ、そして顔は微妙に引きつっているように見える。振り返ると来栖くんが柵によしかかるようにして立っていた、にこやかにほほ笑んで。

「何を?」

「ま、まあ落ち着けって!ネットの書き込みだよ」

取り出された携帯には怪盗お願いチャンネルと書かれた掲示板が映されている。赤い背景が特徴的だ。それを見ていると遠くから高巻さんのよく通る声が向かってきた。

「なんで先帰んのっ!?」

「ちげえって、俺ら巻き込まれて……」

言い訳はいけないと思ったが、事実は伝えたかった。わたしはスカートの裾を直しながら立ち上がり、頭を下げた。

「高巻さん、すみません……班目さんのファンの方たちが雪崩れ込んできてしまって……」

「ええ!?御守さん、大丈夫だった?」

「はい、坂本くんが守ってくれました」

「……あんた、どさくさに紛れて変なことしなかったでしょうね」

通路に座っていた坂本くんを仁王立ちで見下ろす高巻さんはなかなかの迫力だ。その態度に坂本くんはがっくり項垂れるも、本題に移る。

「俺の心配どころか疑うってヒドくね?……まあ、いいや、お前もこれ、見ろよ」

日本画の大家が弟子の作品を盗作している。テレビは表の顔しか報じていない。大きな文字でそう書かれていた。あばら家に住み込みさせている弟子に対して絵を教えるどころか飼い犬をしつけるよう、そう続いていた。坂本くんは『あばら家』と『マダラメ』という単語でこの書込みを思い出したらしい。

「盗作に加えて、虐待ってとこか」

「マジなら大スキャンダルだ」

「メメントスで聞いた『マダラメ』が、あの『マダラメ』と同一人物かもしれねぇ」

モルガナの予測に坂本くんが嬉しそうに答える。とても楽しい内容ではない。そのような体験をしている人間が身近にいるかもしれないだなんて、考えたくなかった。この書き込みがもし本当なら、本当なら喜多川くんは……。

「あの先生が、そんなこと……」

「人は見かけだけではわかりません……表と裏があるんです」

その掲示板に書かれている通りに。
自分自身をきつく抱きしめた。三人の怪訝な視線を感じて顔を上げることができない。

「……出しゃばったことを言いました」

「そんなことない。書込みのこともあるし、俺も班目は怪しいと思う」

よしかかっていた柵から離れ、来栖くんがわたしの横に並ぶ。

「ただもっと確実な情報が欲しい」

「あのときのシャドウに訊けないかな?ていうか、現実の本人に訊けば……」

「どんな風に訊くんだよ」

高巻さんの提案に坂本くんが疑問を投げかける。それはモルガナによって却下された。

「現実で表立って動くと、現実のマダラメに気づかれる可能性がある」

「そっか……」

「でもよ、こいつが黒なら、待ってましたの『大物』だろ?」

「それはそうだけど……ほんとなのかな……?」

胸を弾ませている坂本くんと半信半疑な高巻さんの表情は対照的だ。怪盗団は全会一致でないと動かないと来栖くんから聞いた。リーダーである彼の言うように、高巻さんも確信を求めている。

「そういや、モデルの話はどうなってんだ?」

「喜多川くんから連絡もらってる。あと班目先生のアトリエの住所も」

「明日の放課後、班目ん家に行くぞ!」

坂本くんの一声で、明日は喜多川くんに直接話を訊きに行くこととなった。わたしは予定があることを伝え、謝罪する。高巻さんはまたも残念そうにしてくれたが、今日たくさん話せてよかった、と手を振って別れた。




自宅までの帰り道、モルガナが来栖くんの鞄から顔を出し彼の肩に前足を掛けてにゃあにゃあ鳴いていた。

「ホントなら、願ってもない大物だぜ?」

「そうだな……」

「なんだ、せっかく次のターゲットが見つかったっていうのに、乗り気じゃねーな」

「いや、そういうわけじゃない」

どうしたのだろう、来栖くんの歯切れが悪い。来栖くんを見ると彼もわたしを見ていた。

「?」

「……」

「お前ら何見つめあってんだ、ってオイ!やめ、モガモガ――」

「??」

無言で鞄を肩から降ろし、モルガナを中へ押し込むと来栖くんは鞄のチャックを閉めてしまった。仕切り直すように眼鏡を上げて、鞄を背負う。

「今日、杏に誘われてきたって、いつの間にそんな仲良くなったのかな、と」

「先日のビュッフェの前に少しメッセージでやり取りさせてもらっています。すごく良くしてもらってますよ」

「やっぱり、同性の方がいい?」

話の意図がよくわからない。今まで年の近い女性とは学校での必要最低限のことでしか話をしたことがなかったから、確かに高巻さんと今日過ごしたことは貴重な経験だったが。その上、性別など気にしたことがなかった。比べようがない。

「……こういうものは、相手の条件よりも誰とするのかが大事なのではないですか?」

「誰と……」

「わたしは来栖くんとこうやって話をするの、楽しいですよ」

「――俺も……御守さんといると楽しい」

「そう、言ってもらえるなら、よかったです」

自分から話を振ったのにその言葉を素直に受け取ることができないのは、どうせ全て捨ててしまうからだろう。嬉しいという気持ちは嘘ではないせいで、うまく笑えていなかったと思う。
(2018/9/7)

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