実家に帰ってもどうせ家事を手伝えと怒られるか、嫁ぎ先の話を迫られるだけなので、今年の年末年始は学園に居残ることにした。
ほとんどの生徒が実家に帰省していたが、三が日を過ぎるとちらほらと登校し始めたため、しんしんと雪が降り積もる静かな学園はだんだんと賑やかさを取り戻していく。とはいえくのいち教室は始業日ぎりぎりまで実家でぬくぬくと過ごす生徒が多いため、級友やかわいい後輩たちの姿はいまだ見かけない。だだっ広いくのたま長屋にひとりぼっちというのは、案外寂しいものである。

「おーい、名前ー」

シナ先生に頼まれた雪かきという任務、というより半ば押し付けられた雑用にとりかかるも、開始早々いやになってしまい途方に暮れていると、突然背後から名前を呼ばれる。首をひねって振り向くと、袢纏を着こんだ八左ヱ門がこちらに向かって歩いてきていた。

「八左ヱ門、戻ってたの。明けましておめでとう」
「おう。そんなとこでしゃがみこんで、何してんだ?」

八左ヱ門は雪の積もった地面に私がつき立てた踏鋤の取手に手を置いて、私を頭上から見下ろす。ちなみにこれは私が喜八郎から借りたもので、名を踏子ちゃんというらしい。のろまな名前先輩に踏子ちゃんを満足されられるとは思いませんけど、と毒を吐かれつつ貸してもらったけれど実際その通りで、私は踏子ちゃんと仲良くなることはできなかった。

「見てわかるでしょ、雪かき」
「は?雪かいてねえじゃん」
「………」

だって寒いんだもん、と口をへの字に曲げて言うと、八左ヱ門は呆れた目で私を見た。
そもそもこの積雪の中、雪を除けて人が通れるような道を作るなんてこと、私ひとりでは到底無理だ。山の中にある学園の冬はとんでなく冷える。今現在も雪が降り続けており、外に立っているだけで全身が凍ってしまいそうだ。半刻ほど前、暇を持て余してひとり雪合戦を開催していたときに、雪玉をシナ先生に当ててしまったのが運の尽きだったなぁ、と後悔をする。

「頼まれたことはちゃんとやれよ」
「ふん」
「はぁ……」

年が変わったって八左ヱ門の口煩さは相変わらずだ。いつも実家の母様のように頭ごなしに叱ってくるので、ついつい反抗的な態度をとってしまう。

「……そういえば兵助が、鍋の用意をしていたなぁ」
「鍋?えっ、鍋するの?」
「ああ、俺と兵助と、勘右衛門と三郎と雷蔵で」

指折り数えながら、自分と仲の良い同級生の名前を次々あげていく。そこには当然私の名前は含まれておらず、羨ましいだろとドヤ顔をする八左ヱ門を思わず睨みつけた。
というか四人とも、学園に帰ってきているなら私に挨拶くらいしに来てもいいじゃないか、それが日頃世話になっている級友への礼儀というものだ。私だって鍋がしたいのに、兵助の豆腐が食べたいのに。

「ずるい!」
「はは、まあ名前が仕事をきっちりやったら、入れてやってもいいけど」
「………」

意地の悪いことを言う八左ヱ門にくそー、と品の無い悪態をつき、私は地面から踏鋤を抜いて、周りの雪を除け始めた。こんな途方もない力仕事、本当はやりたくなくて仕方ないが、交換条件にされてしまったらしょうがない。鍋のためである。

「んじゃ、準備して待ってるからな」

俊敏に動き始めた私を見てけらけらと笑いながら、八左ヱ門は私の頭にぽんと手を置く。
私がうん、と頷くと兵助のお豆腐小屋の方角へ去っていってしまった。ていうか手伝ってくれてもいいのに、と心の中で愚痴りながら、私は憎き雪をひたすらしゃくしゃくと鋤ですくい続ける。こんな仕事は喜八郎にやらせるべきだ。ちなみに除けた雪は端の方でひと塊に積んでおけとシナ先生から謎のお達しを受けている。
一心不乱に黙々と作業していると、気付いたときにはかなりの進捗具合になっていた。やはり私はやればできる子である。

「あら?名前、何をしているの?」
「!!な、何って、雪かきですけど」

集中していた時に再び背後から急に話しかけられたのでびっくりしながら振り向くと、いま最も見たくない顔忍術学園ナンバーワンであるシナ先生が私を見てにこにこと笑っていた。ちなみに先ほど雪かきを命じられたときと同じ、若いバージョンだ。

「名前が自主的に学園に貢献するなんて!感激しました!」
「え、え?」
「ふふ、今年から最終学年になることだし、心を入れ替えたのかしら?もうあなたに胃を痛めることもなくなるのね、素敵な一年になりそうです」

無理やり頼んできたのは先生でしょ!と思わず反抗したくなったけど、先生に褒められたのは一年生のとき先輩に草履を隠された仕返しに、先輩の布団の上に便所から汲み上げた糞尿を撒き散らしたとき以来のことなので、余計なことは言わずに黙って褒められておく。
あのときだって「勇気と気の強さは認めるが」としか言われておらず、そのあとは延々と人間としての尊厳と女としての品格について説教をされたのだ。これほどべた褒めされたのは入学以来初である。

「その調子よ、名前!」

おまけに去り際の綺麗なウインクまで決められてしまった。
自分で命じたことを忘れるほどボケてしまっているなんて、シナ先生はやっぱりお祖母ちゃんの姿が本物なのかな、とまで考えて自分の推理に感動しながら、彼女の背中を見送った。





. top