シナ先生のウインクパワーと、鍋への飽くなき執念のおかげで見事この周辺の雪を除け終えた頃には、指先がかじかみを通り越して凍りついていた。
踏鋤を掴んだまま固まって動かないのでこのまま返却しに行こう、ついでに私の指からひっぺがしてもらおう、と忍たま長屋の四年い組の部屋を訪れると、そこにはい組とろ組の四人が揃って火鉢を囲んでいた。

「おやまあ、踏子ちゃんに気に入られたんですね」
「何それ、嬉しくないし……」

すっかり感覚がなくなってしまった私の指先から踏鋤をふんだくりながら、喜八郎は愉快そうに笑う。
道具に女の名前をつけて可愛がるなんてまったく気持ち悪いなぁと思ったけれど、現在この部屋にいる忍たまの四人中三人がそんな特殊な性癖を持ち合わせていることに気がついたので黙っておいた。
滝夜叉丸はしもやけになって腫れてしまった私の指を見て美しくない!とぎゃーぎゃー叫びながら、棚から塗り薬を取り出す。三木ヱ門は氷のように冷たくなった私の身体に、いままで自分が丸まっていた布団を被せてくれた。

「あれ、タカ丸さんはまだ帰ってないの?」
「年始は実家が忙しいみたいです!」
「ええと君は、……尾浜くん」
「尾浜ではなく浜、守一郎ですってば!」

このくそ寒いなか腕まくりをして、お正月だというのに忍たまの友を開いて勉強している暑苦しい新入りに怒鳴られる。浜と尾浜って似てるよねという話を以前誰かとしていたら、どっちがどっちかわからなくなってしまったのだ。ちなみにそれを勘右衛門に言ったら「この鳥頭」と生ゴミを見るような目で言われた。

「間違えた、浜くんね。明けましておめでとう」
「お、おめでとうございます。いい加減覚えてくださいね、名字名前先輩」
「まあまあ、名前先輩の記憶力の悪さは忍術学園ナンバーワンだからな」

私の手に薬を塗りたくりながら、滝夜叉丸がフォローになってないフォローを入れてくる。
三木ヱ門も喜八郎も珍しく滝夜叉丸に賛同しうんうんと頷いたので、本当にこいつらは私のことを先輩だと思っているのか?と疑問がわいた。
入学当時からかわいがってあげているというのに、最近はどうも敬われている気がしない。どこで育て方を間違えてしまったのだろうか。

「名字先輩は我々が入学した二年生のときから少しも成長し……お変わりないですもんね」
「三木ヱ門は私を褒めたいのか貶したいのかどっちなの?」

わかった、君たちは私のことをいつまでも二年生だと思ってるんだな、と問い詰めれば、喜八郎がまたまた愉快そうにあっはっはと軽快に笑ったので怒る気も失せてしまった。
こうして人の毒気を抜くことに長けているところがずるいと思う。

「先輩ぶるなら、お年玉くださぁい」
「え?……あ、そうだそろそろ行かなきゃ、鍋食べなきゃ鍋」

喜八郎がかわいい顔をして恐ろしいことをねだってきたので、さっさと腰をあげて退散することにする。
例年ならば正月に親戚中からお年玉を強奪するのでこの時期は懐が温かいのだが、今年は私だって一銭ももらっていない。ちなみに学園長先生にいただいたぽち袋を開封したらブロマイドが入っていたので鼻をかんで捨てた。

「じゃあね君たち、風邪ひかないようにするんだよ」
「先輩にだけは言われたくないです」
「さすがくのたま五年生、逃げ足だけは一級品ですね」

冷静に返事をする三木ヱ門と嫌味ったらしい滝夜叉丸を無視して部屋をあとにした。本当に可愛げのない後輩たちである。
せめて浜くんだけでも私を心から尊敬するような後輩になってもらいたいと願うけれど、よく考えてみれば私も一つ上の先輩をこれっぽっちも尊敬していないのでしょうがないのかもしれない。




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