友達同士でも良いでしょう?







冷たい北風が容赦なくエナガの頬を叩いていく。
いい加減外より幾分かマシな室内へと逃げ込みたいところだが、目の前に立ちはだかる壁にエナガは立ち往生を余儀なくされていた。
自分より長身の男二人、加えて階段の上段にいるのだから、エナガは必然的に見上げざるをえない。


「だからさっき言ったとおりなんだってば…分からない?」
「解せぬから聞いておる」
「シオンは?分かってくれたよね?」
「残念ながら、童虎と同じく先の説明だけでは納得できぬのだ」
「あれ以上簡潔な答えは無理でしょ」
「端的な上に簡潔過ぎるのが問題なのじゃが…」
「問題って言われても……例えば他に何て言えばいいの?」


逆にエナガに問われたシオンと童虎は、唖然とする。
この経緯で、それを聞くのか、と。

事の始まりは二人が処女宮に出向く途中のエナガと出会って、他愛無い世間話をしたことである。
異世界という時空すら隔てた場所からやって来た彼女が懐いたのは、意外にもかの処女宮の主。
加えてその主までもが彼女を拒むことなく自宮への立ち入りを許しているのだ。
それだけでも周囲からすれば驚きの対象ではある。
エナガ曰く、「来る者拒まず。悪く言えば敵じゃなければ無関心」とのことだが、果たしてそれが正解なのかは他の者には確かめようがなかった。
自宮に籠りっぱなしの彼とは対照的に、エナガは多少の人見知りこそあるものの社交的な方で、女神と教皇の許可が下りてからは童虎やシオンを始め、他の聖闘士とも交流を絶やしていない。
だからこそこうして顔を会わせた時には、お互いの近況報告も兼ねた雑談に華を咲かせるくらいの親交がある。

今日もまたいつものように何気ない会話をしていたところだったのだが、季節的にも寒さに関しての話題が挙がった時のことだ。
昨晩は特に冷え込んだから自分の世界に帰る前に風呂に入れさせてもらった。
エナガのこの一言で周囲の空気は一変した。

いくら何でも夜分に、しかも男の部屋で風呂に入るとは……。
入れさせてくれと頼む方もだが、入れさせる方も方ではないか。

シオンと童虎の沈黙を全く別の意味でとらえたエナガは、更に場を凍りつかせるような弁解をしれっと言ってのけた。

大丈夫、私だけが入ったわけじゃないから。
家主より先に入るのは気が引けて、後から入るって言ったんだけど…向こうは気にしないって言ってお互い譲り合いになっちゃって。
結局同時に入れば後先関係ないよねってことで解決したんだけどね。

最早絶句するより他なかったのは、きっとシオンと童虎だからではないだろう。
二人の思考回路がまともに働き出した途端、エナガに対して尋問が開始した。

第一声が、二人は一体どういう仲なのか、だ。
示し合わせたわけでもなくシオンと童虎の問いは一致した。
そして、返って来たエナガの答えにまたも二人の思考は停止。
仲が良いとは思っていたが、まさかそれほどの仲とは想定しておらず、更に聞けばただの友と言うではないか。


「普通共に風呂にまで入る間柄を友だちとは呼ばぬぞ…」
「でも、流石に一緒に寝てはいないから」
「むしろそこまでしておいて同衾していない方が異様に感じるのだが」
「そうじゃな…」


北風には負けるものの、冷ややかな視線を送られたエナガは、それ以上何も言えなくなってしまった。

口を開けば開くだけ誤解が広まっていくような…。
けれどもここで誤解を解かなければ、エナガはともかく友の立場が危ういのでは…。

二進も三進も行かず、結局誤解は完全に解けぬまま、エナガは何かに縋るように天を仰いだ。
すると、止まないと思ったシオンと童虎の追究が唐突に打ち切られた。


「ま、まあ当人同士が良いなら問題ないぞ」
「そ、そうじゃな。我々が余計な口出しをするのも野暮じゃろうし」
「え、ああ。そう…かな?」
「ああ。だから、そうだな。今日はそろそろこの辺りで…我々も所用を思い出したのでな。なあ、童虎」
「そうじゃそうじゃ」


そそくさと何かから逃げるように階段を下って行く二人をエナガは呆気にとられて眺めていた。
二人の姿が見えなくなってから、エナガは漸く本来の目的地である処女宮に足を踏み入れた。


(頻繁に遊びに来ちゃうのがマズイのかな…たまに泊まり込んじゃうし。でも今更距離を置くってのも、一人で意識し過ぎという気も…)


今のところ連泊ではなく素泊まりだけではあるものの、それを伝えたところでシオンと童虎に言わせれば「どちらも変わりない」と言うところだろう。
自身の中で答えが出せないで立ち尽くしていると、珍しく宮の守護者の方から声をかけられた。


「思考に耽ると立ち止まる癖は相変わらずなのだな」
「あ、アスミタ。おはよう」
「はて、今はとうに昼近くだと思ったが」
「道中シオンと童虎に引き留められたから遅くなったの」


分かってるくせに、と、アスミタに言いかけたところで、エナガは小さなくしゃみを漏らした。


「寒空の下で長居するからだ。風邪でも引いたら後々面倒だろうに」
「好きで長居したわけじゃないんだけどね。おかげで手先の感覚がないよ。ほら」


嫌味の仕返しとばかりにエナガは冷え切った両手でアスミタの両頬に触れた。
アスミタはそれを抵抗することなくすんなりと受け入れる。
思いの外反応の薄いアスミタに、的が外れてエナガは少しばかり眉間に皺を寄せた。


「驚かないの?」
「確かに冷たいな」
「答えになっていないんだけど…」


呆れるエナガを余所に、アスミタは未だ頬に触れている冷たくも温かな感触に口角を僅かばかり吊り上げる。
己が右手を彼女の左手を包んだ後、触れる場所を腕へと移した。


「アスミタ?」
「風呂で温まれば冷え切った体も温まるだろう。話はその後だ」
「え、ああ…うん?でもお風呂って今から準備するとなると時間が…」
「安心したまえ。既に沸いている」
「は、はあ…」


エナガが無抵抗なのを良いことに、アスミタはそのままぐいぐいとエナガを居住区へと連れて行く。
いよいよ浴室が見えたところで、エナガは我に返ってアスミタを制止した。


「ちょ、ちょっと待って。入るって……一緒に?」
「何を今更。温まるだけなら問題なかろう」
「だからさっきから答えになっていないってば…」


エナガが嘆息すると、アスミタはふと歩みを止めた。


「嫌かね?」
「嫌ではないけど…周りに誤解されない?」
「人目など気にする必要もあるまい。言いたい者はどうとしなくとも言いたがる。言わせておけばいい」
「迷惑かからない?」
「かかるとするなら暖を取ることを阻止されているこの状況、と言いたいところだがね」


掴まれた左手から伝わってくる手の冷たさ。
自分と同じくらいの冷たさだったがために気づくのが遅れた。
いくら季節が季節でも、宮内と外とでは温かさが違う。
それなのにアスミタの手の冷たさは、どうみても外に出ていたとしか思えない。
訪れることは予め伝えておいたので、恐らく律儀に待っていてくれたのだろう。
口ではとやかく言いながらも、何だかんだで出迎えてくれるアスミタに、エナガの表情は自然と緩んだ。


「それはごめんなさい。あと、どうせだからゆっくり温まりながら積もる話でもしない?」
「ああ、そうしよう」


今度はエナガがアスミタを浴室へと引っ張っていく。
人目だとか誤解だとか、そんな不安は温まって寒さとともに忘れてしまえばいい。
大事なのは今こうして心許せる友との時間なのだから――――。





(完)
====
していることは友以上に見えるのに、そこにエロはない。
そんな感じな二人が書きたくて書いたお話。

2015/1


トップページへ

- 23 -

*前次#


ページ: