関越え易きは関守の責に非ず。





まさかこのような展開になろうとは…。
貴鬼の隣にいる相手に視線だけ動かし、ムウは今晩何度目かのため息を呑み込んだ。

自分と貴鬼と彼女、エナガシマ。
俗に言う川の字で床についているのだから、それはもうため息の一つや二つつきたくはなるものだ。

事の成り行きはやはりというか、エナガが発端である。
師走ともなれば流石に寒くない訳がない。
聖域にエアコンのような暖房器具もあるわけがなく、寒さに弱いエナガには辛いものがあった。
彼女の冷えは、適度な運動や風呂で改善されるようなものではなく、日に日に低下する気温に比例して悪化していた。

そんなエナガがある時見つけた暖の取り方が、貴鬼である。
子どもの体温は暖かい。
それに目をつけてのことだ。

ムウとて最初のうちは然程気にも留めていなかったのだが、日に日に気になりだしていたのは…ここだけの話。

いくら子どもとはいえ四六時中くっついているのは如何なものか。

喉元まで出かかった言葉が、今日、エナガの発言で全てムウの記憶から吹っ飛んだ。
ついにエナガは貴鬼と一緒に寝ると言い出した。
子どもだから間違いを危惧するのは御門違い。
いやいや問題はそこではない。

端的に言ってしまえば嫉妬である。
ムウ自身それを表立って表現する気は貴鬼の手前毛頭ないものの、恐らく何かと勘の良い弟子のこと、師の微妙な視線と苛立ちは察しているだろう。
察しているからこそエナガの発言に顔を青くして慌てたのではないか。
貴鬼は寝相が悪いと必死にエナガを説得を試みるも、エナガは意に介さず、蹴られたらその時はその時とばかりにのほほんとしていた。
これは駄目だと縋るように視線で貴鬼に懇願されたのもムウの記憶に新しい。

内心待ってましたな心境のムウだったが、もちろん顔に出すことなく至って真面目にエナガを窘めた。
…が、どうしても暖をとりたいのか、エナガは中々引かず、「一回だけ」、「駄目です」を繰り返し、最終的にムウが折れて今に至る。
もちろん川の字で寝るというのはムウ発案ではない。
エナガとムウのやりとりを終始はらはらしながら見ていた貴鬼が、これ以上師の機嫌を損ねては後が怖いと提案したからだ。
その案にエナガは反論するどころか便乗したために、ムウもムウで断れず(そもそも断る理由がなかった。)、こうして危機を挟んで三人床を共にすることになったのである。

つくづく妙なところで気が利く弟子に、窘めるべきか褒めるべきか…内心悩みどころではある。
なかなか寝付けないついでにそのような思考を巡らせていると、ふいにもぞもぞと寝返りをうつ物音が聞こえた。


「ムウ?」


視線を天井から横に向ければ、こちらを窺うエナガと視線が合った。


「どうかしましたか?」
「何もないけど、起こしちゃった?」
「いいえ。むしろ私の方こそ貴方を起してしまったのでは?」
「ん、そんなことないよ。私は眠れなくて起きてただけだから。ムウも…その様子だと眠れてないよね」
「ええ、まあ。ですが気にしないでください。まだ普段なら起きている時間ですから」
「確かに。まだ…えっと、10時過ぎたくらいだしね」


枕元に置いていた携帯をちらりと確認して笑うエナガに、ムウは相槌をうつ代わりに微笑み返す。
就寝時間ではないというのも確かに理由なのだが、それ以外にもムウには理由がある。
では何かと尋ねられたらられたでエナガを目の前に答えられないものなため、ここは敢えて彼女の意見に全面同意の体を取ったのだ。

もしも間に貴鬼がいなかったら…。
そもそも彼の存在ありきの今なのだから、否定を仮定するのも支離滅裂ではあるのだが、それでも人というのは更に良い状況を望むものらしい。


(参りましたね…)


あり得ない仮定をしてその先を想像してしまうあたり、やはり己も十分人の子だとムウは嘆息した。


「ムウ?やっぱりこの状況じゃ眠れない?」


静かな室内、小さな溜息くらいしっかり拾えるようで、心配するエナガの声が返って来た。
つい堪りかねて漏らしてしまった心の断片だが、今更聞かなかったことにしてくれとは言えない。
言ったら言ったで余計な誤解を生みかねないだろう。
恐らくムウにとっては要らぬ誤解になるのは必至だ。

エナガの言うこの状況、つまり、川の字だが、全くもって眠れないわけではない。
むしろ間に関がいるおかげ(せいともいう)で、まだ諦めて眠れるとも言う。
流石にその関を飛び越えてどうこうするわけもいかないし、それ以前に関があろうがなかろうがエナガの意思に反してできるわけがない。


「ムウ?ねえ本当に大丈夫?」
「ええ…時にエナガ、寒くはありませんか?」
「え、ああ、それは…大丈夫だよ」
「その間が気になるところですね」
「いや、それはだから、とにかく寒くて眠れないわけじゃないよ」
「答えになっていませんよ」
「そこに食いつかなくても…」
「気になりますよ。そもそも貴方の冷えによる安眠防止のためにこうしているのですから」
「あ……っ」


すっかり忘れていたとでもいうかのようにエナガから間抜けな声が漏れる。


「エナガ…?」
「い、いや、それはね、そうなんだけど…」


歯切れの悪いエナガの物言いにムウが訝しまないはずもなく、一人懊悩させられた仕返しとばかりにムウの追及が始まる。


「貴鬼を暖代わりにするのではなかったのですか?」
「そ、そうだけど…やっぱり布団に入ったら流石に抱き枕にするのは悪いかなあ…って」
「一晩くらいなら構いませんよ。貴鬼は貴方に十分過ぎるくらい甘やかしてもらっているのですから」
「そうだとしてもそこで私が甘えるのは、何かが違う気がするんだけど」
「それで結局体を冷やしては元も子もないでしょう?」
「それはご尤もだけど…」
「だけど?」
「……う」


追及の手を緩めないムウにエナガは観念したのか、暫くの逡巡の末、重い口をゆっくり開けた。


「実は………寝たかったの」
「これから寝るのではないのですか」
「そうじゃなくて、その…えっと、…一緒に」
「一緒に?」
「そう、一緒に」


具体的に誰と一緒になのだろう。
貴鬼と二人で眠りたいとは最初から言っていた。
だが貴鬼がムウも含めて三人でどうかと提案し、エナガは快く受け入れたのだ。
あの時のエナガの顔からは不満の色は見られなかったし、どちらかといえばあれは賛成という部類の笑顔だった気もする。
あくまでムウの願望かもしれないが。

はっきりとしないエナガの物言いが、ムウに要らぬ期待を抱かせる。
ともすれば起き上がってエナガに詰め寄りたい衝動をムウは必死に堪えた。

ムウの沈黙を疑念と受け取ったのか、エナガは堪らず上体を起こすとムウに向かって両手を合せた。
エナガの唐突な行動にムウも驚いて起き上がる。


「ごめんなさい。私、…貴鬼君をダシに使っちゃったの」
「貴鬼を……?」
「だからその…ムウと一緒に寝たかったの」
「!?」
「あ、変な意味じゃなくて、その、普通にね。って言ってもそれだけでも十分アレなんだけど」
「私としてはそのアレという内容を具体的に聞きたいのですが…」
「そ、そこまでは…」
「ではこれならどうです?言えないということは、期待しても良いということですね?」


よもやムウの口からそのような言葉が出てくるとは思っていなかったエナガは、息を呑んだ後、ハッと我に返るや云々と勢い良く首を縦に振った。
その必死さにムウは肩を震わせるも、堪え切れずクスリと声を漏らす。


「ムウ…」
「すみません。つい…」
「まあ呆れられたり見限られなかっただけ良いよ」
「まさか。それなら三人で寝たいと言い出した時点で断りを入れています」
「でも貴鬼君には悪いことをしちゃったな。貴鬼君とも一緒に寝たかったのは本当なんだけど」
「それなら願いが叶って良かったではないですか。貴鬼も喜んでいると思いますよ」
「うーん、どうかな?」
「信じられませんか?」
「そうじゃないけど…多分私がまだ後ろめたいから納得しちゃいけないって思うのかも」
「ではそう思わなくなるよう今度は私と二人だけで休みましょう」
「え?」


それは解決策にならないのでは…。
エナガの疑問はムウの唇によって塞がれ、紡がれることはなかった。
数秒にもいかない刹那の出来事だったが、エナガの思考を停止させるのには十分過ぎるものだった。


「…ムウ」
「何でしょう?」
「貴鬼君いるんだけど」
「休んでいるのだから問題ありません」
「そういう問題?」
「ええ、私は良い弟子を持ったものです」
「……」


言いたいことはあったが、これ以上頭上でやりとりしていて貴鬼に目を覚まされてはならないと思い、エナガは口を噤んだ。
そう、貴鬼を起してはならないから。
追及の手を緩めたのは、ムウの笑顔に絆されたわけじゃない。
そう自身に言い聞かせて、エナガは再び床に就く。




(完)
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二〇歳過ぎた良い大人が子ども挟んでする会話じゃないようなwww
最後のムウとのやりとりですが、とりようによっては……な感じにしました。
(貴鬼ごめんね…)

2016/1

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