傍観者から支援者へ
彼女との出会いは桜舞い散る四月初め。
入学式終了後、氷河たちは沙織により城戸邸に集められた。
一体何事かと首を捻る四人を余所に、沙織が告げたのは今日から家庭教師をつけるということだった。
一輝を除く四人は沙織の配慮で高校に通うことになった。
そして始業式を終えて早々沙織からの提案に皆唖然としていたのは、今でも記憶に新しい。
いくら何でもそこまでしなくても…。
四人の最初の感想がそれである。
とはいえ既に沙織のなかでは決定事項らしく、皆が本格的に異を唱え出すより先に家庭教師を部屋へと招き入れた。
「紹介します。これから皆の勉学の師となるシマエナガさんです。」
「初めまして。シマエナガです。これからよろしくお願いします。」
スーツ姿の彼女はそう言って笑っていた。
*****
「…くん、氷河くん。ねえ、聞いてる?」
何時の間に思考を目の前の現実から逃避していたのだろうか。
エナガの何度目かの声に氷河は慌てて返事をする。
「あ、すみません。」
「上の空だけど、大丈夫?」
「はい。少し考え事をしていて…」
「GWから五月病を先取りしてるのかと思ったけど、悩み事なら相談にのるよ。私に出来る範囲でだけど。」
「いえ、そういうわけじゃありません。ただエナガさんがここに来てもう一月が経つんだな…と。」
「時間が経つのは早い…ってまだ感慨に耽る年じゃないでしょ?」
私ならまだしも…、と、エナガは笑って手にしていた参考書を閉じた。
「今日はここまで。」
「エナガさん?でもまだ時間が…。」
「折角の連休なんだから、気分転換は必要だよ。それに…」
エナガの視線が窓の外に向く。
つられて氷河もまた窓を見ると、丁度仕事を終えた沙織が屋敷に戻って来るところだった。
程なくして部屋へと向かう足音が聞こえてくる。
「エナガさん、お疲れ様です。そして、氷河も。勉学の方は如何かしら?」
「氷河くんは大丈夫。それと紫龍くんと瞬くんも。問題は…」
「分かっています。星矢ですね。」
当たりという代わりにエナガの苦笑が返って来た。
エナガの様子を見るに、どうやらまだ星矢とは一度もまともに勉強をしていないらしい。
参ったと苦笑したまま首を左右に振るエナガに、沙織は困ったものだと溜息をつく。
「まあ気長に頑張ってみるよ。でも状況次第では降参するかもね。」
「エナガさん、すみません。」
「もう、謝らないでよ。一応私は雇われという形なんだから。私が謝りこそすれ、沙織ちゃんが謝る必要がないって。」
「ですが手を焼いているのは事実でしょう?」
「まあ…私が行くと察したかのように逃げられるしね。事実小宇宙で察しているんだろうけど。」
さらりと言ってのけるエナガだが、一般人なら知らない、言わないであろう言葉を彼女は口にしている。
エナガと話していくうちに氷河たちが驚愕したことがそれである。
そう、彼女は単なる家庭教師ではない。
何故か沙織が女神であることも、聖域や聖闘士の存在も知っているのだ。
教えたのは他ならない沙織や教皇なのだが、そうなった経緯を聞いて更に驚愕する破目になった。
実は、何を隠そうこのエナガ、突然聖域に現れたという。
女神の結界を通り抜けて聖域、それも十二宮を飛び越えて女神神殿にいた沙織の目の前に。
それでいて不思議なことにエナガ自身、神だとか化身だとかそういう特異の存在でもないらしい。
謎だらけな彼女だが、特に害はないということで沙織の庇護下で暮らすこととなったというわけである。
単に客人ということで過ごすのは申し訳ないと働き口を探すと言い出したエナガに、沙織が提案したのが氷河たちの家庭教師だ。
当人たちにとってはたまったものではない提案だが、事実を聞かされたのはつい最近で、しかもエナガとの他愛無い会話でのこと。
従って、星矢はこのことについてまだ知らない。
知ったら知ったでまた駄々をこねて面倒なことになりそうだが…。
星矢がどうこうよりも、今氷河が気になるのは―――。
「失礼します。」
「あら、シュラにカミュ。どうかしましたか?」
先程まで沙織の護衛をしていた二人がやって来た。
どうやらこれからまた仕事で出かけるらしい。
「では私はそろそろ失礼します。カミュ、後を頼みます。」
「あれ、カミュは残るの?」
「ああ」
部屋を後にする沙織に一礼してから、カミュは二人のもとへ歩み寄った。
「それで勉学の方はどうなのだ?」
「順調だよ。切りがついたから今日はこれで終わり。ね、氷河くん。」
「は、はい。」
有無を言わさずの笑顔に氷河は咄嗟に頷くも、カミュがどう思ったのかは分からない。
無言で二人に注がれる視線だけを肌で感じながら、氷河は話題を変えるべくエナガに話を振った。
「ところでエナガさんはこれからどうするんですか?」
「ん、私?私は…ダメ元で星矢くんのところに行ってみようかな。」
「それならオレも付き合います。」
「いいって。折角なんだから師弟水入らずでお話でもしたらどうかな?」
「ならばわたしも付き合えば問題ないだろう。」
それまで黙って二人のやりとりを見守っていたカミュが、何を思ったのか己も同行すると言い出した。
思わぬ成り行きにエナガはポカンとした後、慌ててカミュに声をかける。
「カミュにまで迷惑かけられないって。これは私の仕事だから。」
「女神に後を頼まれたのだ。きみを一人にするわけにはいかない。」
「え、頼むってそういう意味だったの?」
エナガは思わず氷河に視線を移すも、氷河とて分からず首を横に振るしかない。
実際そうなのかと我が師に視線で問いかけると、何の疑念があるのだというばかりに真っ直ぐな視線を返された。
何とも妙な視線のやりとりを済ませた後、エナガは困ったように渇いた笑みを浮かべる。
「うーん、とはいえ…流石に二人ともに付き合ってもらうのは気が引けるというか、ね…。」
「今更気兼ねする必要もあるまい。」
「でもわざわざ三人で押掛ける必要もないと思うんだよね。」
エナガからすれば一人で十分だと言う意を込めての発言なのだろう。
しかし二人…というよりもカミュはそうとらえなかったらしい。
「ではわたしが行こう。氷河、おまえは―――」
“とり残した勉学の続きをするのだ。”
最後は言葉ではなく直接小宇宙によって伝えられた。
やはり師は師。
あのやりとりだけで凡そのことは察していたらしい。
突き刺さる視線は冷たく厳しい。
悟られたとあっては大人しく机に噛り付くしかなく、氷河は「分かりました。」とだけしか言えなかった。
表立っての師弟のやりとりしか知らないエナガは、単に阿吽の呼吸で分かるものなのだなと感心し、不思議に思うことはない。
まさか氷河が内心ひやひやしていたなど、知る由もないのだ。
「えっと、じゃあカミュ…折角の自由時間なのに申し訳ないけど。」
「申し訳なく思う必要などない。エナガの準備が整い次第出かけよう。」
「分かった。ありがとう。」
そう言って一笑するエナガを見るカミュの表情は、思いの外柔らかく優しいものだった。
今まで見たこともない師の表情に氷河は息を呑む。
ああ、やはり……。
今まで気にかかっていた霧が晴れるような心持ちで、氷河は一人残された自室で二人が出て行ったドアを眺めていた。
勉学不足に関しての指摘にしてはどことなく冷たすぎるのも、女神の命と言いつつ是が非でも同行するのも、偏にエナガへの想い故。
好いている者が自分以外の相手を気に掛け、甘やかす光景は見たくないし、僅かな機会があれば二人きりになりたいものだろう。
エナガが聖域にいた時間、どうすごしていたのか氷河は知らない。
それでも師からあのような表情をひき出したのは、他ならぬ彼女である。
(カミュ…この氷河、全力であなたのお力になります―――!)
そんな熱い誓いを弟子が密かに(勝手に)立てたことなど、当事者のカミュもエナガも知る由はない。
氷河は机に向き直ると、参考書を開くわけでもなく同じく机に置いてある携帯を手に取った。
まずは二人の現状を把握するべく情報収集。
数時間後、帰宅した二人に勉学の進捗状況を尋ねられ、閉口するしかなかった氷河がいるのは、また別の話のこと…。
(完)
=======
2016/1
まさか続き(シリーズ的な)ものになるとはw
いや、というより過去に遡及してますね…w
またネタが浮かんだらちまちま書いてみたいです。
当サイトの趣向上、If設定で他キャラお相手編にまで増殖していったら、笑ってやってください。
トップページへ
- 7 -
*前次#
ページ: