先取り!
午後の小休憩、ティータイム。
世間話程度の感覚で佐織に話題をふったのが間違いだった。
「もちろん知っています」と即答された上、すっと目の前に差し出された雑誌。
表紙にはこれでもかと主張するバレンタイン特集の文字。
エナガ個人としては、こうした雑誌に影響されてほしくないところなのだが…目を通してしまったのなら致し方ない。
佐織の出方を待つように、エナガは雑誌へと向けていた視線を佐織へと戻す。
目を合わせた途端、待っていましたとばかりに佐織が嬉々として口を開いた。
「あげる方はいるのですか?」
「え、私?お世話になっているみんなにあげようかなって」
「いいえ、義理ではなく本命です」
「え、え、え……っと」
やはりそうきたかと思うも、いざつっこまれると答えに窮するもの。
嘘でもいないと言ってしまえばそれで終わるのかもしれないが、生憎親しい者に対して言い逃れのような嘘はつけそうもなく。
結果、言葉にならない言葉しか出て来ず、案の定沙織はそれを肯定と察してしまった。
「わたしで良ければ協力します。相手はどなたですか?」
「え、いや、それは……秘密、かな?」
「秘密、ということはわたしも知っている方ですね」
「そうとは言い切れないんじゃ…。私、いろんなところをうろちょろしているから」
それこそ異世界レベルで。
そう伝えてみても、説得力が薄いのは…エナガ自身否定できなかった。
しどろもどろのエナガに対し、一人盛り上がる沙織のテンションはヒートアップしていく。
「エナガさんが頻繁にお会いになるのは…サガですね」
「仕事を手伝っているんだから、必然的に顔を合せる頻度も多いって」
「ならサガではない、と」
「だからそこから離れようよ、沙織ちゃん……」
後生だから…とエナガが目で訴えるも、可愛い年下の少女は今回ばかりは駄目と目で返してきた。
いよいよ逃げ道なしという境遇に、エナガは内心頭を抱えて泣きたくなった。
(もう、勘弁して。どうしたら……)
エナガは、救いを求める様に沙織の背後に佇む二人、ムウとカノンに視線を向ける。
二人もまたエナガの視線とその意図を察して同時に苦笑した。
仕方がない。
苦笑しつつもそんな雰囲気だった。
「女神、そろそろお時間です。お戻りになければ我らがサガに叱られます」
「まあもうそんな時間なの?」
「エナガも早く戻らないと私たちと同じくサガに小言を言われますよ」
「そ、そうだね。沙織ちゃん、残念だけどこの話はまた今度しよう」
「仕方ありません。では今夜、わたしの部屋でゆっくりお話ししましょう。絶対ですよ?」
「え、あ、ああ。そう、だね」
「それでは仕事を終わらせないと。終えるのが遅くなったら話す時間もなくなりますよ」
嫌なら今夜は残業しなさい。
ムウの言葉の意図を察したエナガは、渇いた笑みを浮かべるしかなかった。
*****
あれよあれよという間に時間は刻々と過ぎ、気づけば日は沈んでいた。
今日やるべきことも良いのか悪いのか順調に進み、後は片づけて帰るだけ。
(さて、どうしたものやら…だよね)
椅子の背にもたれながら、エナガはそれまでの緊張を解すように背伸びする。
目先の悩みは言わずもがな、これからの女子トーク。
昼間の沙織の勢いから察するに、易々と逃してはくれないのだろう。
根ほり葉ほり尋ねられた挙句、白状させられかねない。
別に片想いというわけでもないので、問われたら問われたでさっさと白状すればいいだけのことなのだが。
(本人を目の前にして言えなかった…ってのもあるんだけどね)
想いが通じたのはほんの最近。
ただでさえ想いを口にすることが恥ずかしいのに、堂々と「彼が私の想い人で恋人です」なんて、当人を指さして言えたものではなかった。
とはいえ何かと聡い沙織のことだ。
エナガが彼女の背後に助けを求めた時点で悟られた可能性だってある。
(まあいつかは言わないと…)
親しき友人に内緒、というのはエナガ自身気が引け出したところだ。
そのいつかが今だと考えればいいのだろう。
だらりと仰け反っていた姿勢を正し、エナガは深呼吸をした。
「なんだ、まだ帰らないのか?」
「…もう帰るよ」
頭上から降って来た声にエナガは一瞬答えに窮した。
驚いたのと気恥ずかしさを誤魔化そうとした結果、可愛げのない返答になってしまった。
「早く帰るんだな。女神がお待ちかねだ」
「だろうね…ねえ、カノン」
「なんだ?」
立ったままこちらを見下ろしているカノンに視線を合わせるように、エナガは椅子から腰を上げることなく上を見上げた。
途端かち合う視線につい逸らしたくなるのをぐっと堪え、エナガはカノンを見据えたまま口を開く。
「あのさ、沙織ちゃんに言ってもいい?」
「何をだ?」
「だから……付き合ってるって」
主語がないのは口にすることが気恥ずかしいから。
それでも視線を逸らさずにいられただけ、エナガからすれば及第点なのだ。
頑張ったぞ、と、暗に訴える様に視線を相手に注げば、まあいいだろう、と、甘く見てやったとばかりに微笑が返ってきた。
「好きにすればいい。別にオレが秘密にしたいと言ったわけではないからな。どうせ遅かれ早かれ露見するのだ。さっさと言った方が良い」
「そうだね。ありがとう」
「礼なら明後日いくらでももらってやる」
「あ、それがね…明後日、用事があってこっちに来られないの」
「なに、来られないだと!?」
二人きりの静かな執務室にカノンの声が響き渡る。
カノンの驚愕も予想の範疇であるエナガは、「ごめんなさい」とすまなさそうに謝った。
この流れで明後日と言えば、無論バレンタインデー。
沙織に話題を振って置きながら、自らは所用でその日はこの世界、カノンのもとにいないと言う。
そもそもカノンとてバレンタインデーなんぞに執着などない。
ないというか、知らなかったと言うのが正しいのだろう。
沙織が得々と言い聞かせられるまでは…。
知ってしまった今となっては、そして、相手がいれば話は別だ。
だから、どういうことだとカノンがエナガに詰め寄るのも、必然と言えば必然で。
「ご、ごめん。約束しちゃったの。友だちに」
「友と内容次第によってはただではすまさんぞ」
「だ、だって、約束したのは付き合う前だから…今更反故にできないでしょ?それにカノンがそこまでバレンタインに固執するなんて思わなかったんだもん」
「知らなかったのと知ったとでは話が違う。それで、一体何をしに行く気だ?」
「う………」
「何だ、言えない後ろめたいものか?」
「違うけど…多分言ったら怒る」
「言わなくとも怒るぞ」
「わ、分かった。一緒にチョコをくばr―――痛っ、ちょっ、カノン。ほっぺ、抓らないでっ」
「加減してやっているだけ有難く思え」
「配るって言っても世話になっているお礼で、義理―――ッ、いひゃい〜〜〜」
「ほう、本命のオレよりも優先されるとは。さぞかし大事な義理なのだろうな」
「違うってば!さっきも言ったけど、約束したのはカノンと付き合う前なの!恋人が出来たから約束はナシってドタキャンできるわけないでしょ!」
「ああそうだな」
エナガが怒鳴るとカノンはエナガの頬を抓るのを止めた。
エナガは痛みが引いたのに安堵するも、それまでのカノンの追及具合を考えるに、やけにあっさり引いたことに不安を覚えた。
「カノン?」
「友との約束なのだろう?行くがいい」
「でも…」
「今更反故にできないと言ったのはおまえだ」
「そうだけど………分かった。ちょっと待ってて。持って来るから」
「待つことなど…………おい、持って来るだと?」
何を、と、カノンが言う前にエナガは慌ただしく執務室を後にした。
置き去りにされたカノンは、理不尽だと眉を顰めるも、何だかんだでエナガが戻って来るのを待っていた。
「お待たせ」
「ああ全くだ。何の脈絡もない上に何を持って来るかも言わんのだからな」
「でもちゃんと待っていてくれたじゃない。カノンって、本当私に甘いよね?」
「厳しいのがいいならそうしてやる」
「甘いのがいい。チョコ同様に、ね」
そう言ってエナガは後ろで隠し持っていた二つの箱をカノンの前に差し出した。
どちらも丁寧に包装されている。
何が入っているかなど、この流れでは十分察することができた。
ただ解せないのは箱が二つあること。
「どちらが本物か選べということか?」
「まさか。どちらも本物本命だよ。右が手作りで左が市販のやつ。どっちがいいのか分からなかったから」
「それこそ愚問だろう」
「ありがとう。でも折角だから両方もらってくれる?一足先で、今年最初のバレンタインチョコ」
「ああもらおう。それにしても実に用意周到だな。自分で作ったということは元々こうするつもりだったのか?」
「うん。本当は沙織ちゃんと話してからと思ってたけど」
「端から明後日はオレのもとにいる気はなかったのだな」
「まだ言う?別に不可能でもないんだけどね。カノンが一緒に付いて来てくれれば」
「オレにお前の義理チョコ配りを手伝えと?」
「手伝わなくていいよ。でも場所を問わなければ当日一緒にいられるでしょ?友だちには…うん、多分昨日の電話で大方察せられたみたいだから、カノンが来たら来たで『ああ、やっぱり』って思うくらいだと思うし」
「全くおまえというやつは……」
自覚があるのか、ないのか。
振り回される身にもなれと言いたいところだが、これもまた悪くはない。
それでも許してしまうのは、結局、目の前の存在が大切で愛おしいからだ。
甘いと言えばそれまでだが、大甘上等。
(付き合いついでに牽制とでもいくか)
義理とはいえ配る相手全てが女でただの友人というわけでもあるまい。
中にはエナガに想いを寄せる者もいるだろう。
堂々と虫退治が出来ると考えれば、丁度いい。
「あ、もちろん沙織ちゃんが許可してくれたらだけど」
「ならば話が早い。今すぐ女神に許しを請いに行けばいい。ほら、行くぞ」
「え、あっ、もう。腕を引っ張らないでよ」
エナガの腕を取り意気揚々と沙織のもとへ向かおうとするカノンに、エナガの抗議は届くことはなかった。
(完)
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とりあえずカノンとは同級生(でもちょっとカノンの方がお兄さん)感覚なやりとりをさせたかったのですが、果たして表現できているのか……謎です。
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