想定外



朝起きて、出会い頭に一言。
「おはよう、主。好きだよ」
「おはよう、髭切。ありがとう」
言われた最初こそ驚いたものの、すぐに我に返ることが出来たのは、言われた場所が執務室な上、あたかも朝の挨拶のついでみたいなさらりと言われたからだろう。
現に動揺しつつもお礼を言えば、髭切はニコニコと笑みを浮かべていただけだった。
だから審神者は然程真面目に受け止めなかった。
それからの日常で髭切がことあるごとにそれを口にし始めても、「ああ、挨拶の延長戦か」と軽く流していた。
ある時までは――――。
「主、手紙が届いたよ」
「ありがとう」
「ふふっ、恋文かい?」
「まさか。戦績の通知だよ」
「そう。正直な君も好きだよ」
「はいはい。どうもありがとう」
いつもならそこで会話は終わり、仕事へと戻る流れになるはずだった。
「んー…やっぱり違う、かな?」
「何が?」
そこで聞き返してしまったことを、審神者にとっての転機となる。
審神者が傍に立つ髭切を見上げると、考え込む素振りをしていた髭切が視線に気づき彼女へ目を向ける。
じいっと一人と一振りが見つめ合うこと数秒、審神者の瞳の奥に他意が全くないことを悟った髭切は、「うん、やっぱりそうだね」と、一人納得して頷いた。
「髭切?」
「あのね、僕が言う好きは食べちゃいたいくらい大好きって意味だよ」
「えっ……?」
困惑する審神者を余所に髭切は彼女の髪を一房手に取ると、くるくると捻ってみたりさらりと流して遊んでいる。
かと思えば、もう一度手に取るとその一房へそっと口づけた。
これには流石の審神者も彼の意図に気づいたようで、呆けていた顔から瞬時に口を引き結ぶとさっと顔を髭切から目の前の液晶へ目を背けた。
一心に注がれる視線を受けながらも、審神者は彼と目を合わせない。
瞳を見ればきっとその熱に捕らわれることを知っていたから。
「私は食べられるように食べたいかな。お菓子とか」
審神者自身苦しい言い訳を並べている自覚はあるが、それでも何か…断りを入れなければ流される不安があった。
「私、料理が上手に出来る相手が“好き”だよ」
苦し紛れの言い訳は続く。
確か髭切は然程厨当番を任されておらず、どちらかと言えば率先して食べる側に回っていた。
料理はあまり得意ではないと髭切自身以前言っていたこともある。
であるが故の遠回しの断りだった。
そんな審神者の心情を当の髭切が察する気はないらしく、ふうんと抑揚のない声で相槌を打つだけ…かと思うや。
「それじゃあ僕が美味しい料理を作れば良いんだね」
「それは……」
「そうしたら君の言う好きと僕の言う好きは一緒になるし、晴れて君は僕のものってわけだね」
決まり、だね。
告げられた言葉に慌てた審神者が漸く髭切を見上げると、やっと捕まえたとばかりに髭切がうっそりと微笑んだ。
後日、膝丸より告げられた事実に審神者はまんまと彼の術中に嵌まったことを知る。
「君、言っておくが兄者の『得意でない』は苦手ではないし、ましてや出来ないという訳ではないぞ。それに頂ける機会こそ少ないが、兄者の手料理は身内贔屓抜きにしても絶品だ。あの燭台切も太鼓判を押しているぞ」



【完】


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