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じりじりと容赦なく照りつける日差しを障子越しに感じつつ、今日も今日とて審神者は日々の業務をこなしている。
冷房を稼働させているだけあって、屋外よりも多少は過ごしやすいものの、如何せん、一度部屋から出れば…灼熱地獄。
故に冷房の設定温度は健全な28度。
と、まあ快適には程遠い環境ではあるが、体を崩すよりはマシだと審神者は考えている。
それに、空調設備が整っている部屋には限りがある。
いくら増改築自由とはいえ、その設備投資や維持費については審神者の出費だ。
限られた予算内でやりくりするのだから、使いたい放題という訳にはいかない。
よって、冷房設定やら使用時間などは各部屋ほぼ共通の決まりとなっている。
「今日も暑いなあ。きみ、ちゃんと水分は摂っているかい?」
「見れば分かるでしょ。こっちの様子を伺う暇があったらさっさと内番行けっての」
「心配せずともこちらの進捗は上々だぜ」
「はいはい。口数の減らないことで」
「ん?きみは寡黙な男が好みなのかい?成程、それで伽羅坊を指名したって訳か」
「鶴という生き物は物忘れが激しかったっけ?ああ、鳥頭か」
「相変わらず冗談が通じないなあ」
「何時でも通じるとでも?」
鶴丸から向けられた視線など気にするまでもなく、審神者は今もなお液晶に映し出された文字を追いながら手をしきりに動かしている。
彼女の指先がキーボードに触れる度、カタカタと打ち込む音が静かな室内に響く。
このキーボード、彼女が慣れ親しんで現世から持参した数少ない物の一つである。
政府支給備品の入力機器は文字を打っている気がしないというのが彼女の意見だった。
彼女にとっては仕事を進めるのに便利だからというただそれだけの理由だが、付喪神である鶴丸からすれば、わざわざ現世からここへ持ち込まれるだけ愛用されている時点で羨望の対象となる。
いや、こうして出陣やら内番やらで、しっかりと使われているのだから申し分はないのだが。
そんなことをぼんやりと考えながら鶴丸が頬杖をついて審神者を眺めていると、漸く一段落着いたのか、審神者が大きく息を吐き出して肩の力を抜いた。
「ふう、ちょっと休憩…って、まだいたの?」
「いや、こっちも一休みってわけだ」
「ふーん。口数に見合うだけの進捗?」
「ああ、勿論だ。主殿の仕事ぶりに負けない勤めを果たしたつもりだぜ」
「へー、それじゃあ倉庫整理も追加で。最近手を付けていないから、やり甲斐は十分にあるかと」
「こりゃ驚いた。きみ、そうくるのかい?」
「優秀な戦力にはそれ相応の務めを与えなくては」
「ははっ、それじゃあ主の期待に応えるとするか」
「十二分に期待しているので、よろしくお願いします」
「調子が良いねえ」
「それはお互い様かと」
ああ言えばこう言う。
鶴丸にとってこの一連のやりとりが飽きないのだ。
己が投げかけた言葉を素知らぬ振りして受け止めないかと思えば、さらりと受け手は投げ返してくる。
ぽんぽんと続く会話の掛け合いが堪らく面白く、次はどう出るのかを考えては、返って来た反応を素直に楽しんでいる。
返答が予想通りであれば想定通りと満足し、思わぬ変化球であればこうきたかと感心する。
少なくとも一日中話し続けていたいくらいには気に入っていた。
そう、彼女の手元で使われている“奴”には一生出来ないことである。
ふとその事実に気づくと、鶴丸の中で先程感じた小さな嫉妬心が幾分か和らぐような気がした。
「無言でニヤつくのは止めて。傍からみるとヤバい奴にしか見えないから」
「心外だな。俺は今あることに気がついて気分が良いんだ」
「ねえ、否定して。ヤバいってところ。普通に引く。その笑みはヤバいから、引く」
「ほお、どんな笑みなんだい?教えてくれないか?」
「遠慮するし知る必要もないから。とりあえず仕事再開して。ほら、仕事」
この話はこれまでだとばかりに審神者は手を振ると、僅かばかり鶴丸へと向けていた体を正面の液晶画面へと戻した。
そんな審神者の言動がどことなく面白くて、今度はくすりと一笑する。
そして、鶴丸もまた新たに追加された仕事に取り掛かるかと思えば―――。
「時に主。きみは夜伽を命じないのかい?」
「……………は?」
唐突に、そう、本当に唐突に口にされた言葉に、審神者は一瞬意味を理解しかねて固まった。
暫しの硬直の後、ゆっくりと鶴丸に向けられた顔は、至極不審げなものだった。
「暑さで頭が逝かれたの?折れるの?」
「まさか。俺は至って正常だし、折れる気もないぜ」
「………ならいいけど」
憮然とした表情を崩すことなく、審神者は再び視線を鶴丸から液晶へと戻す。
黙々と手を動かすその背中からは、これ以上その手の会話はするなという雰囲気が漂っている。
鶴丸は無言の圧を発し続ける主へ視線に暫くの間視線を注ぐも、彼女の纏う雰囲気を察して口を閉ざした。
鶴丸とて今更彼女の人柄を試すつもりで件の発言をしたわけではない。
単に興味本位で問うてみただけの話。
それくらいの程度であった。
敢えて付け足すのなら、先の、彼女が仕事で良く触れる“奴”から連想して、とでも言おうか。
触れる触れない云々から、そう言えば今の主は人と物との交わりについてどう捉えているのだろう、と。
単純に“そちらの方向”へ捉えてしまうあたり、鶴丸自身、前の主とのやりとりに毒されているのかもしれない。
政府がどのように過去のこの本丸を見ていたか知らないが、少なくとも鶴丸にとっては前の審神者に別段敵意や憎悪がある訳ではない。
ただ手のかかる人の子ぐらいの気持ちで、仕事に躓き拗ねている時は頭を撫でてやったりしてあやしたものだ。
無論鶴丸以外にも、振るわない戦績や思い通りにいかない鍛刀に拗ねてしまった元の主に対して、慰めたり宥めたりしていた刀はたくさんいた。
そうした延長線と言うと些か語弊があるものの、周囲が優しくしていると次第に彼女の求める行為が過度なものへと変わっていき、行き着いた先が男女の“それ”だった。
思い通りにならない現実に、打ちひしがれた彼女がとった逃避方法だが、誰彼かまわずに手を出したという訳でもなく、行為を良しとしないものに対しては無理強いをしなかったため、彼女なりに最低限の分別はあったらしい。
それに、ある程度慰められて落ち着けば、また放棄していた職務と渋々ながらも向き合っていた。
だから不満を持つことはあっても、謀反を起こそうと考える男士はいなかったし、危ういながらもギリギリのところで本丸の運営が保たれていた。
少なくともその当時の段階では。
政府が成績不良という判定を下した段階で、客観的に見たら、遅かれ早かれ駄目だったのだろう。
思っていた仕事と違う。
私には向いていない。
前の審神者が不貞腐れて涙目で何度も愚痴を溢していた言葉だ。
人にも物にも向き不向きはある。
物の場合、不向きと人が思えば使われなくなるだけの話だが、人の場合はどうだろう。
たとえ自分に向いていなくとも、課せられた役目を全うしなければならいこともある。
己が能力を把握し不得手ながらも何とか乗り切れる者、乗り切ろうとする者はいい。
しかし、それが出来なかった者、それが前の審神者だった。
では、今の主はどうだ?
引継ぎ当初より近侍を置く気がない、言葉で以て距離を取る態をみるに、男士たちと極力関わる気がない、もしくは、関わりたくないという意思を持っていることは分かる。
そういう方針だと言われてしまえばそれまでだが、彼女を観察していた鶴丸が思うに、恐らく彼女は審神者という職に望んで就いたわけではなさそうだった。
前の主のように言葉でこそ口にしないものの、纏う雰囲気や言動から察せられた。
少なくとも就任当初は。
変わったのは最初の演練の頃からだろうか。
彼女の中で何かしらの折り合いがついたのかもしれない。
言葉も態度も当初より砕けたことで、鶴丸たちとの距離も縮まった気がした。
それでも彼女の中にある一線は明確にあるようで、完全に心を許したと言うわけでもないことは、日々のやりとりから感じられる。
これもまた鶴丸の憶測だが、彼女の言葉で言えば、仕事における線引き、とでも言うのだろう。
「命じる気はさらさらない。全くもってないし、そう聞かれること自体が心外」
「ん?」
「さっきの問いの答え。自分の性欲処理のために本丸の誰かにそれを強要する気は更々ないってこと。だからみんなもしたきゃ花街にでも行けばいい。まあ戦いに身を置いている以上、最低限の節度は持ってほしいけど」
視線こそ向けられてはいないものの、審神者の口調はいつもの軽口を叩く調子ではなく、至極真面目なものだった。
突拍子もない問いを投げかけた自覚があるだけに、これには当の鶴丸も面を食らった。
ぽかんと、呆気にとられた表情のまま、暫く彼女の背を凝視していると、反応が戻って来ないことに痺れを切らした審神者がくるりと体ごと鶴丸に向き直る。
「まだ不満?」
「あ、ああ、いや、全然ない…が」
「『が。』?」
「ああ、悪かった。全く不満はない。十分だ」
「溜め込まれて後で『実はありましたー』なんて言われるくらいなら、今さっさと吐き出してくれた方がマシだけどね。まあ後出しするなら罰として…」
「罰として?」
「一週間光忠さんと畑当番コースご招待。自然と対話しつつ生存値もあがるかもしれない特典付き」
にやり、とあくどい笑みを浮かべる彼女のまあ楽しそうなこと。
恐らく真面目な心情を吐露した照れ隠しも含まれるのだろう。
問いに答える気はない素振りをみせるも、結局、無視しきれずに審神者なりの言葉で応えてくれる。
それが鶴丸たちにとって無性に嬉しいことだと、きっと彼女は知らない。
「全く、これだからきみって奴は…」
「良い性格してる、でしょ?褒め言葉として受け取っておきます」
「まだ最後まで言っていないぜ」
「どうせ碌な内容じゃないなら、言われる前に言うっての」
「おっと、聞いてみなきゃ分からないだろ?」
「そこまで言うなら、さっさと続きをどうぞ」
「堪らなく愛おしいんだよなあ」
どこからどうみても盛大な愛の告白以外の何物でもない言葉に、流石の審神者も固まった。
先程の夜伽云々でも言葉の意味は理解して冷静に対処できた彼女も、今回ばかりは思考が停止した模様で、いつになく目を見開いたまま、返すべき言葉を見失っている。
…が、数秒すると、平静を取り戻したようで、ポカンと半開きだった口がヒクヒクと片側だけ引き攣るように動かし、目には呆れと苛立ちを含んだ色へと変わっていた。
よくよく腕を見れば、冷房は適切な温度のはずなのに夥しいまでの鳥肌がたっているではないか。
「うわっ…引く。ヤバい。鳥肌たった。寒い」
「酷いな。ここは頬を染めて恥じらうところだろ」
「自分の容姿の使いどころを自覚した上でヤッてるとか…キモいし殺意沸くわこれ」
「ははっ、いいねぇ。そんな顔も出来るんだな」
「性格悪すぎ。余所の子に言ったら誤解道まっしくらだから勘弁して」
「お、嫉妬かい?」
「悪いけど、本気で引く。マジで引く。百歩譲って親愛の情として受け取っとくけど、言葉選びに悪意があり過ぎ。誰かに聞かれていたら本当洒落にならないから、誤解を解く身にもなれっての」
「思ったことを言ったまでだったんだがな」
「ワーウレシイアリガトー」
「きみ、もう少し心を込めて言ってくれないか?」
「演技料を貰えるなら考えてあげます。一回10万円で」
「ほお、それだけ払えば請け負ってくれるんだな?」
「まさか。あくまで考慮する機会があるだけで、やるとは言ってないけど」
「流石にあくど過ぎやしないかい?」
「はいはい、馬鹿話はここまで。残念ながら時間切れ」
ふいに審神者が視線を外へと向けると、障子越しに映る人影が。
それにさして驚くこともなく、鶴丸はやれやれと肩をすくめると重い腰を漸く上げた。
「確かに時間切れだな。伽羅ぼ……」
障子を開ける鶴丸の手がピタリと止まる。
不審に思った審神者が怪訝そうに眉を顰めるも、生憎彼女に背を向けている鶴丸の表情は掴めない。
ついでに言えば鶴丸に立ち塞がれる形となっている近侍の様子も、彼女の位置からは判断がつかなかった。
「君、その目…いや、まさかなあ…」
「…何のことだ?」
「んん?いや、ひょっとすると君、解ってないな?」
「だから何のことだ?用がないならさっさと持ち場に戻れ。邪魔だ」
「いや〜、ははっ、そうか。そういうことか。よし解った。邪魔者は潔く身を引こう」
「だったら最初から邪魔しに来ないでくれる?邪魔者さん」
「ははっ、また来るぜ」
審神者の追撃も何のその、鶴丸はからからと笑いながら執務室を後にする。
「全く、油断も隙も無い…はあ」
疲労を隠すことなく審神者は腹の底から息を吐くと、背もたれにのけぞって体を解す。
残りの仕事を片付けに戻った大倶利伽羅は、そんな彼女を横目にしながら何も追及することなく中断していた作業に取りかかるはずだった。
いつもなら。
「…何の話をしていた?」
「え、あ、ああ…しょうもない話ですね。毒にも薬にもならない不毛と言える雑談としか」
予想外の声かけに驚愕しつつも、言外に仕事のことではないと伝える審神者だが、大倶利伽羅は知っていた。
いや、聞いていたと言う方が正しい。
審神者のいる執務室は、彼女が仕事をしているせいもあってか、基本的に静かである。
だからこそ口喧嘩のように声の張り合いをしなくとも、聴覚の良ければ多少離れていても内容を聞き取れることがある。
どう言い訳をするにせよ、最終的には盗み聞いたと言われるとそれまでなのだが、聞こえてきてしまった以上致し方ない。
大倶利伽羅とて最初こそ不可抗力だったものの、部屋へと近づくタイミングと会話の流れが悪かった。
丁度無いようがはっきりと聞こえる距離に足を踏み入れたところで、鶴丸による件の問いかけが耳に飛び込んできたのだ。
如何せん前任の辞任要因の一つであり、一部の刀たちには大なり小なり不快な記憶。
該当刀である大倶利伽羅にとって、その記憶を掘り起こさせるには十分の言葉で、よもや一番の被害者である旧知の刀がそれを聞くのかと俄には信じがたものでもあった。
この数ヶ月、審神者の人となりを見ればそのような問いなど愚問ではあるが、改めて言葉にされると大倶利伽羅自身不思議と安堵したのも事実だった。
そして、安心感に替わるようにして沸き起こってきたのは、彼らに対する不満と苛立ち。
審神者が仕事を停滞させないのを良いことに、頻繁に顔を出しては介入してくる鶴丸。
度々乱入してくる鶴丸を煩わしいとしながらも、その都度相手をする審神者。
傍から見ても軽快な言葉遊びにも似た数々の会話。
これまで見聞きしていた時には、よくもまあ飽きずに続くものだと半ば呆れ気味に流していたものだが、件の、鶴丸の戯れの言葉を聞いてしまったせいで、これまでのやりとりが引き摺られるように思い返された。
幸いにして、当の審神者自身の鶴丸に対する感情諸々に特定の色がないことは、彼女との会話や仕事の合間に見せる様子で察せられるので、大倶利伽羅にとってそれが救いだった。
鶴丸からの告白めいた言葉に、虚を突かれて戸惑った空気を感じられるも、すぐに淡々と打ち返すその態度に、どこか胸がスッとした。
と同時に、ホッと知らぬうちに息を呑んでいた己に気づき、不快さを隠せなかった。
極めつけは、そう、もう一つ、不覚にも彼らのやりとりを反芻してしまったが故にポロリと零れ出た心の声。
そんなに“あれ”が良ければ近侍を代えれば良いものを――。
己が何を考えたかを理解し我に返った途端、先の感情が今度は己自身へと向けられた。
そもそも馴れ合うつもりなど毛頭ないのだから、些末なことなど気にする必要などない。
近侍とて立て続けに周囲から交代を急かされ辟易していたものの、だからといってそれを理由に己から辞するのも、部隊長と兼務出来ないと思われるのも、癪だったからだ。
決してその職に拘ってのことではない。
胸の内にグツグツと消化しきれない感情が渦巻いている最中、思考を現実に戻されたのは、当の原因である鶴丸によってで、しかもこちら側の神経を逆なでするかのように、独り言なのか問いかけなのか分からない曖昧な科白を口にするではないか。
普段より幾分か棘のある声色であしらうも、相変わらず彼には通じはしなかった。
「――と、まあこんな具合にくだらない質疑応答をしていた訳ですが」
「……そうか」
審神者の解説も軽く受け流し、もうこの話に興味などないとばかりに着座する大倶利伽羅に、審神者は訳も分からず眉を顰めるばかりだった。
何となくではあるが、機嫌が悪い。
付き合いは長くはないものの、纏う空気がどことなく穏やかではないように感じられ、審神者は閉口する。
(鶴丸の馬鹿野郎…後できっちり責任を取らせてやる)
この場にはいない刀への恨み言を心の中で零すと、手元の書類に目を通す。
会議報告書。
今し方確認し終えた書類だが、どうも担当が提出先の設定を間違えたらしく、わざわざ紙で担当窓口にまで持参しなければならなくなったものだ。
締め切りにはまだ数日ほど余裕があるのだが、この何となく重苦しい空気を吸っていたくなくて、これ幸いに一人でこの場から逃れようかと審神者は考えた。
審神者不在の間に自分の機嫌は自分自身でとってくれ。
そう思いを込めての思惑もあったのだが、現実は審神者に都合良く動いてはくれなかった。
「少し出かけて来ます。政府の窓口に行くので、随行は不要です。持ち分が終わったら自由にしてください」
「なら俺も行く」
「いえ、ですからその必要は――」
「あるだろう。先日襲撃されたばかりだったはずだが?」
「そう言えば…」
大倶利伽羅の指摘に審神者は言葉を詰まらせる。
つい最近政府の防御システムの不備を衝かれて遡行群の襲撃を受けたと通知があった。
現在はシステム改修により防御を強化したとのことではあるものの、審神者の単独行動については自己判断と責任丸投げの補足があった。
結局大半の審神者が外出時に刀剣男士を伴って外出しているのが、ここ数週間の現状である。
そこを指摘されては大丈夫だからと根拠無く言える訳もなく、万が一一人で出かけた際に何らかの事件に巻き込まれでもしたら、何故審神者を単独で出かけさせたのかと彼が他の刀に責められかねない。
審神者の代替案としては、誰か他の刀を連れ立つというものがあるが、目の前にいる近侍を同伴させない尤もな理由が即座に見つけられないでいる。
審神者が答えに行き詰まっているうちに、大倶利伽羅の方は着々と出かける準備を始めているではないか。
(どうしてこういう時に限って律儀なんだか…)
これでは気まずい(と審神者一人が思っている)空気は相変わらずとなってしまう。
腹を括るしかないのかと審神者が天を仰ごうとした矢先、またも思わぬ刀が執務室へ顔を出した。
「ん?取り込み中のようだな」
「三日月…三日月かあ………」
現れた三日月を一瞥して先程とは別の意味で審神者はとうとう天を仰ぐ。
これから予期される未来を憂えて。
嘆きの審神者を横目に三日月は彼女と大倶利伽羅を交互に眺めてから、「ふむ…」と思案して見せた後、妙案とばかりに手を打つ。
審神者にとっては嫌な予感の的中音である。
「出かけるのだな。あいわかった。俺も行こう。二振り居れば主も心強かろうに」
「何故そうなる…」
審神者の心を代弁するかのように大倶利伽羅が言う。
しかし当の三日月の中では、何故の理由が既に出来上がっており、大倶利伽羅とはまた別の観点からの自己完結型である彼は、一振りで納得していそいそと彼らが準備し終えるのを待機している。
これは何を言っても無駄だろう。
ニコニコと人畜無害そうな笑みを浮かべる平安な刀に、審神者は愈々胃がチクチクと痛み出すのを無視して支度をする羽目になった。
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