1:始まりはいつも突然
季節は夏。
世間一般の学生は休み前に迫りくる地獄の山場に差し掛かっている頃のこと。
一学生であるエナガもまたこの難所をのりきるべく大学の図書館にいた。
「これだけあればレポートも大丈夫、かな」
分厚い参考文献を両手に抱え貸し出しの手続きを行うべく整然と並ぶ棚と棚の間を抜け出した。
通路には試験期間中にも関わらず人が誰もいない。
空いている分資料の検索や移動が快適なので不思議には思うがそれを不審とは思わなかった。
「早く終わらないかな…」
何が、とは言うまでもない。
残る試験はあと二つ。
面倒なレポートもこの文献を読んでまとめればいいだけだ。
となれば意識は自然とその先に向いてしまうというもので――。
静寂に包まれた館内で呟いた言葉は半ば現実逃避の色を含んでいる。
そんな折のことだった。
「あれ――?」
ある違和感を感じエナガはそこで足を止めた。
視線の先には一見何の変わりのない書棚に挟まれた狭い通路。
だが一つだけ不可解な点がある。
そこにはつきあたりであるはずの壁が存在しなかった。
正しくは通路がどこまでも続いているため終わりが見えないといったところだろうか。
君子危うきに近寄らず。
脳裏に過った言葉とは裏腹に足は自然とそちらに引き寄せられるように動いていった。
これには流石にエナガも動揺を隠せない。
何故なら意識ではそこに行くのを拒否しているのに、体はそれとは裏腹な動きをしているからだ。
ありえない事態にエナガは完全に取り乱し、手にしていた蔵書は乱雑に床にどさりと鈍い音を立てて落下した。
「ちょっ、止まってよ私の足!」
行きたくないと叫ぶも、何かに導かれるように足はなおも進み続ける。
あったはずの壁の場所を通り過ぎ暫く行くと次第に本独特の古ぼけた紙の香は薄れ、同時に地下の研究室では唯一の光である照明も徐々に薄らいでいく。
そして。
ある地点まで行き着くと、場は完全に闇に呑まれた。
にも関わらず足は相変わらず脳の言うことを聞かずすたすたと迷わずまっすぐ動いている。
ほとほと困り果てたエナガは怒鳴る気力もなくなり、どうにでもなれとばかりに半ば自棄になっていた。
「もういい加減に止まってよ…」
投げやりに放った言葉だったが……。
「あ、あれ……?」
まさか言葉通り足が言うことを聞いてくれるとは思わなかったため、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
その場で足を上げ下げし自分の意思で動かせることを確認すると、エナガは踵を帰すとほぼ勘を頼りに暗闇の中元来た道を急いで戻り始めた。
しかし、そうそう自分の思うようにはいくはずもない。
走り出してすぐ変化は起きた。
「へ?」
本日二度目の奇声の後、その空間からエナガの存在は完全に消え去った。
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