どうにでもなれ!






エナガからの唐突な贈り物をもらった翌日、示し合わせたわけでもないのに幸村・兼続・左近・慶次は三成の屋敷に集まった。
無論話は昨日の菓子のこと。


「私がいただいたのは、はちみつぷりんというもので、実に甘くて頬がとろけそうだった」
「そうか。それは良かったな…先程から話を聞くだけで胸焼けを起しそうな菓子のようだが」
「なんだ三成。お前の方こそ勿体ぶらずに教えてくれてもいいだろう?」
「……くっきーという焼き菓子だそうだ。然程くどくはなかったからな。食えるものだった」
「そうですか。それにしてはきちんと全部食べていたじゃないですか」
「左近…そういうお前はどうなのだ?まさか食していないわけであるまい」
「勿論有難くいただきましたよ。らすくってヤツでしたが」


大の男五人揃って話す話とは凡そ思えない話題だが、菓子の物珍しさもあってか暫く会話は菓子談義が続く。
話から察するに、菓子の正体を四人は知っているらしく、幸村が尋ねたところ、菓子とともにその菓子の名前を書いた紙切れが入っていたことが分かった。
問題なのは、幸村の木箱の中に菓子の名前が書かれた紙などなかったという事実。

エナガが単に入れ忘れただけならまだしも、四人以外の者もきちんと菓子の名前を知らされていた可能性は高い。
現に今朝、くのいちと甲斐姫に出くわした際、彼女らは自分たちが食べた菓子の名前を知っていた。
逆に問い返されて返答に困ったのは記憶に新しい。


「そう言う幸村。お前は一体何をもらったのだ?」
「わ、私は……」


三成の投げかけに幸村は二の句が継げない。
皆が皆菓子の名前を知っているのだから、自分も言ってしまえばいいのだ。
ただ、エナガが幸村の菓子に菓子の名を添え忘れていたことに気づいていたら―――――。
迷わず返答できたこと自体不審に思うだろう。
何故知っているのだ、と。

幸村が、昨日が何の日であるか知っていることを、エナガは知らない。
そして、別れる手前で交わした会話。
他の者の菓子の名前をあっさり口にした割に、幸村の菓子になるとエナガは慌てて口を噤んだ。
単に本人を目の前にしてネタバラしをすることが躊躇われただけかもしれないが、それだけではないと感じてしまうのは願望だろうか…。

そもそもエナガが菓子の名を入れ忘れたこと自体気づかなかったなら何の問題もないのだが、今日はまだ彼女に出会ってすらいない。
出会ったところでいつものように平然と会話ができるかと言えば…それはそれで難しいのだが。
とにもかくにも、幸村が予想外の問題に直面しているのは確かで現実だった。
正直に名前を知る手がかりがなかったと言えばいいだけのことなのだが、生憎知っているのに友の前で素知らぬ振りができないのが、幸村が幸村たる所以だろう。

困り果てた幸村に救いの手を差し伸べたのは、慶次である。


「もしかして菓子の名を知らないのかい?」
「え、あ、それは……」
「なんだ。そうならさっさとそう言えばいいものを。あいつは見た目通り鈍くさいからな。紙切れの一つや二つ入れ忘れることくらいあり得る話だ」
「ははっ、それは残念でしたね。後で嬢ちゃんに聞いてみるんですね」
「左近殿……」


この流れで実は知っていますなど、言えようはずもない。
背中に嫌な汗を流しつつ、幸村が何も言えないでいるうちに、兼続の爆弾発言が投下される。


「それにしても昨日は“ばてれんたんい”というものだったそうだな」
「えっ?」
「兼続、それを言うなら“ばれんたいん”だ」
「そうだったな。まあ存外変わらぬだろう」
「そうか……?」


幸村以外の皆、驚く気配もなく、三成に至っては兼続の間違いを正確に指摘している。
よもや四人が昨日の日について知っているとは思わなかった幸村は、一人固まったまま思考が停止した。
硬直した幸村にいち早く異変を感じた三成が問いかける。


「ああ、そうだな。幸村、お前は知らないのだったな」
「え、あ…それはですね……」
「どうした。もしや知っているのか?」
「その…菓子を渡す日、ですか?」
「正確には女が好いた男に物を贈る日のことらしい。…が、世話になった相手や友にも贈ることもあるそうだ」
「は、はあ…そう、ですか」


菓子の答えを知っていると、昨日が何の日か知っていると、迂闊に言わなくて良かった。
この時点で幸村は思った。


「その…三成殿たちはどなたからお聞きになったのですか?」
「ああ、独眼竜からだ」
「政宗殿ですか?」
「そうだ」
「ですが昨日、私とエナガ殿が伺った時、政宗殿は屋敷におられませんでした」
「それはですね。兼「友の恋路の為、我らが足止めをしていたからだ」


要するに拉致監禁、と言ったところだろうか。
堂々と言ってのける兼続に、慶次を除く二人は嘆息していた。
「この不義者めが!」と声を大にして罵る政宗に、兼続は「不義ではない。愛だ!」と大真面目に反論していたと言う。


「まあ政宗殿も他の者から知らされたと言っておりましたがね」


左近の言葉に幸村は漸く得心する。
心当たりがある。
エナガ以外に昨日の日を知る者は、幸村が知る限り彼しかいない。
その彼の意図は分からない。
問い質したくとも彼が今どこにいるのか不明故、それも叶わない。


「政宗の菓子はふぃなんしぇだったそうだぜ。良かったな、幸村」
「あの、慶次殿。一体何が良かったのですか?」
「エナガの本命が独眼竜でなかったことが、だ。だから態々エナガの菓子配りに付き合っていたのだろう?その様子だと皆の中身までは知り得なかったようだがな」
「あ……」
「全く鈍いにも程がある」
「まあまあ殿、そう言わずに」
「言いたくもなる。おかげでこちらは丸一日潰れたのだからな」
「それは申し訳ありませんでした」
「幸村が謝ることなどない。全ては友と愛のためだ。三成も承知している」
「兼続…お前はつくづく恥ずかしい奴なのだな」


それでも兼続の言葉を否定しないのは、三成もやはり彼に同意しているというわけで。
友たちの心遣いは幸村にとって非常に有難く心強い。
嬉しいのだが………。


「それにしても驚きました。まさか…その、気づかれているとは思わなかったので。お恥ずかしい」
「「「「………………」」」」


何を、とは皆まで言うまい。
そして、何を、が分からないから一同絶句しているわけでもない。


「あの、どうかされたのですか?」
「幸村、俺たちは気づかれていないと思っていたお前に驚きなのだよ…」
「え、あっ、それは……」


心底呆れたという含みで言い返され、幸村は己の想いを周囲に悟られていた羞恥と相まって居た堪れなくなった。
幸村は四人の憐れむような、呆れるような視線から逃げるように視線を庭先へと移した。
…ら、何やら外が騒がしい。


「何かあったのでしょうか?」
「さあな。全く人の屋敷の傍で…煩いのだよ」
「だがこの声。どこかで聞き覚えがあるんだがねぇ…」
「奇遇だな、慶次。私もそう思っていたところだ」
「これはひょっとするとひょっとしますかね」


左近の言葉に一同、なんとなく予想がついた。
耳を澄ませて外の音を拾うと、聞こえてくるのは男女の声。
慌てる男の声に、女は泣きも混じった怒声。


「…エナガ殿」
「おお、やはりエナガ殿だったか」
「こりゃ嬢ちゃんだな」
「あの馬鹿女…」
「どれ、一つ様子を見に行こうじゃないか」


慶次に促され、外に出てみれば、案の定、エナガが両手で得物を振り回して泣きながら男を追いかけている。
男は…幸村も良く知る人物で、件のバレンタインデーなる知識を植え付けた彼でもある。


「こんの馬鹿〜〜〜大馬鹿野郎〜〜〜〜!」
「うわっ、ちょっ、タンマ。マジ落着け。そんな物騒なモン通りで振り回すな!通り魔かよ!」
「馬鹿馬鹿馬鹿ふざけるなーーーー」
「ふざけてねぇよ!折角人が良かれと思って教えてやったのに誤魔化すのがわr「問答無用ーーー!」
「問答しろって!これじゃあバレンタインが台無しじ「それは私の科白だってば馬鹿ぁ〜〜〜!」


事情を知らない者からすれば、ただの痴話喧嘩でしかない。
阿呆らしいと思いつつ、よくよく会話を聞けば…なんとなくではあるが、今し方幸村たちが話していたことと合致しているような。


「一遍死ね死んでしまえーーー!」
「出来るか!」
「なら殴らせろ馬鹿ぁーーー」
「おまっ、さっきから熊ちゃんになってんぞ」
「誰が熊だゴルアァ!!」
「げっ、本物の熊が出た!」
「待てい!誰が本物だ誰があぁーーー」
「もうやだーーー!どうしてくれるのーーーー!!」
「知るか。自分で考えろ!てか、もう勘弁してくれ!」
「「無理!!」」


何時の間にやら甲斐姫まで乱入し、事態は混沌を極めていく。
呆然と見ていた中で我に返った三成は、「馬鹿らしい」と溜息をついた。

いつになく取り乱すエナガを見て、幸村は何を思うのか。
これ以上眺めていてはこちらも馬鹿になると思いつつも、三成はちらりと幸村を見る。

幸村も皆と同様、最初こそ呆気にとられていたものの、今ではのほほんと、それはもう柔らかな微笑を浮かべている。


「幸村、いいのか?」
「何がでしょうか?」
「いや…何でもない」


あいつらを止めなくて、など、エナガから視線を外さない幸村の顔を改めて見た三成は諦めた。
あれはあれで可愛いのだ、とでも言わんばかりだったから。

傍からみれば物騒極まりない光景も、恋は盲目と言うべきか。
兼続を除く他の面々も、また三成と同じような心境のようで、苦笑だったり渇いた笑みだったりを浮かべるばかりだった。






(完)
=====
はい、後日譚こと続編です。
この後どうなるか(話が続くのか)は未定ですが、とりあえずVDで書きたいシーンはひととおりかけたので満足しています♪


2015/2


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