「おおーい、無事かー!!」
団員の個室エリアは、何階にも分けられているのだが、一番下の階から一番上の階まで中央部分が吹き抜けになっており、全ての部屋が吹き抜けに面した通路を挟んで作られている。
その為、どの階も自室の部屋のドアを開け通路に出れば、正面には大きな吹き抜けを通して別の人間の部屋の扉が見えるように設計されていた。
そして、縦にも高く、横にも広いこの吹き抜け部分は、宙を浮く昇降機が稀に上がって来ても問題ないほどだった。
そんな吹き抜け部分をヴォンッ・・・と音を立て上がって来た昇降機には、恐らくは定員以上の人間が乗っていて、彼らはアンジェたちがいる階まで上がって来たと思えば真っ先にアンジェたちに声をかけて来たのである。
そして、昇降機に他の科学班の人間や、事の発端とも言えるコムイが乗っていることにいち早くリーバーが気づき、彼はすぐに昇降機へと声を返した。
「室長、みんな!」
「班長ぉ、速くこっちへ!」
「あ、アレンとトマとも帰ってたの?」
「おい、元帥もいるぞ!」
「リナリィーーーっ、まだスリムかいーー!?」
じたばたと慌てながらこちらへ声をかけてくる彼らに対し、リーバーは呆れるように「落ち着け、お前ら・・・・」と彼らに落ち着くように促す。
漸く仲間たちと合流できたとリーバーが安心したのもつかの間。
アンジェは何かに気付いたように素早く背後を振り返り、そしてリナリーを背負ったままいち早くその場を離れるように動き出した―――その瞬間。
「来たぁ」
「チッ」
今しがたまでアンジェもアレンら同様に背を預けていた壁を、いともあっさり簡単に突き破り、『そいつ』は現れた。
自身の全長も重量も構いもせず壁をぶち壊し姿を現した巨大ロボ『コムリン』は、周りの通路や部屋を破壊するように手足を伸ばし、決して狭くはないが巨大な体躯には広くもないこのフロアに、その存在をありありと主張する。
直前にコムリンがくるのを察知して避けていたアンジェは、背負っていたリナリーごともちろん無事ではあるが、アレンたちもがれきと共に吹き飛ばされながらもなんとか無事な通路に逃げ果せた。
すると、すぐに昇降機から巨大な大砲が出現し、大砲はコムリンへとターゲットを絞った。
「科学班(インテリ)を舐めんなよぉ!!」
ボロボロの姿ながらに大砲を操作しコムリンを破壊せんと意地を見せるのは、科学班に所属する、リーバーの部下たちの一人―――ジョニー・ギルであった。
そして、そんなジョニーの意気込みに、背後では他の科学班の人間たちが「壊(や)れーー!!」と殺気立ち叫んでいる。
そんな様子を見て、あの大砲を食らえばあの巨体だってひとたまりも無いだろうと考え、アンジェはこれでコムリンがくたばるかと踏んだのだが。
「!!」
反逆者は、思わぬところにいたらしい。
「ボクのコムリンを撃つなあ!!!」
「!?」
科学班同様、ボロボロの姿のコムイが、大砲の操作をしようとしていたジョニーに泣きながら抱きつき、ジョニーの操作を妨害したのである。
すると、コムイに妨害されたことで、ジョニーは誤って握っていたレバーを動かしてしまい―――。
「なっ!?」
「どわわわわっ!?」
ぐるぐると回転し始めた昇降機は、まさかのまさか―――フロアのあちこちへと無造作に発砲し始めたのである。
躊躇いもなく飛んでくる大砲の弾は、見事にフロアの団員の部屋をいくつもぶち壊していき、更にはアンジェたちの立っている通路まで破壊していった。
「クソが、お前ら何してやがる!?」
「そうだ、殺す気か!!」
「は、反逆者がいて・・・」
幸い、すぐに弾丸(タマ)切れを起こしたので、そう長く昇降機の大砲の暴走は続かなかった。
しかし、短期間だったとはいえ、無造作に撃ちまくられた側からしたらたまったものではない。
すぐにアンジェもリーバーも昇降機に乗っている者たちへ怒鳴りつける。
すると、昇降機からは反逆者がいたのだと声が返ってきて、よく見ていれば昇降機の上では「コムリンーー」と泣き叫ぶコムイと、そんなコムイを取り押さえようと「押さえろ」「縛れ」と声を上げながら科学班が奮闘しているのが見えて、一部始終を見ていたアンジェは当然のように「チッ!」と盛大に舌打ちをこぼした。
「コムリン・・・・」
やがて、ぐすぐすと泣きながら体をぐるぐるに縛られて大砲の上を歩かされたコムイが、大砲の目前まで迫っていたコムリンへと話しかける。
科学班たちは、そこまで言うなら製造者であるコムイが説得して止めてこいと、コムイを大砲の先まで行かせたのだが、そんなコムイが取った言動は説得なんかではなく―――
「アレンくんの対アクマ武器が損傷してるんだって―――治してあげなさい」
「え゛?」
ターゲットをリナリーからアレンへとすり替える為の言動であった。
〔損(ケ)、傷(ガ)・・・・・・〕
コムリンの顔が、ゆっくりとアレンへと向けられて―――
〔優先順位設定!アレン・ウォーカー重症ニヨリ最優先ニ処置スベシ!!〕
見事に、コムイの思惑通り、コムリンの中での優先順位がリナリーからアレンへと変更された瞬間であった。
コムリンから伸びてきた細い腕のようなものが、素早くアレンの足を掴み、アレンを『手術室』と文字が光る入口の中へと引きずり込もうとする。
「さあ、アンジェ元帥、コムリンが餌に喰いついてるスキにリナリーをこっちへ!!」
「お前もとんだクソ野郎だな・・・」
アレンが必死にコムリンの手術室に引きずり込まれまいと踏ん張り、リーバーやトマもアレンを必死に引き止めているというのに、コムイはアンジェへアレンを餌呼ばわりしながら昇降機の方へリナリーを連れてくるように声をかける。
そのコムイの行動には、流石のアンジェも呆れるほどだった。
けれど、「とにかく手術」と小さなコムイのようなロボットたちがドリルやらを手に歌っている姿まで確認してなお、アレンが大人しくコムリンに捕まるわけもなく。
「う・・・・っ」
イノセンス発動!!!―――と、アレンは銃型に新しく進化したイノセンスを発動させた。
「おぉっ、新しい対アクマ武器!」
「ほう・・・・あの短期間でもう進化させたのか」
新たに形を変えたアレンのイノセンス武器に、リーバーもアンジェも興味深そうにアレンの武器に姿を変えた腕を見る。
しかし、その瞬間、またしても身近な反逆者が牙を向くのであった。
「っ・・・ふにゅら?」
昇降機から上手すぎるコントロールで吹き矢を吹いたコムイのお陰で、吹き矢の針が命中してしまったアレンはすぐに身体の痺れを感じ、しかし、痺れに気付いた時には痺れは全身へとまわり、イノセンスの発動も続けられなくなってしまった。
そして、すぐに「しびれるる」と言ってアレンは倒れてしまい、リーバーとトマは叫ぶようにアレンの名を呼んだ。
「室長ぉーっ!!!」
「はぁ・・・・・・・・あ?」
二度目となるコムイの反逆に、流石のリーバーもコムイを怒鳴りつける。
そして、昇降機の上では再度、コムイを取り押さえようとする動きがはじまった。
その様子を見ていたアンジェはもう舌打ちどころか呆れるしかなく、深い溜め息を吐き出した―――と思えば、アンジェはなにかを発見してしまったらしく、思わず背負っていたリナリーを下ろし、通路から身を乗り出すようにしてそちらを凝視した。
「おい、あれ・・・私の部屋・・・・」
アンジェが見つけてしまったのは、自身の部屋のようだった。
教団を出る前まではいつも通りの姿だった筈のアンジェの部屋。しかし、今は、扉どころか扉周りの壁までぶっ壊れており、まさかの部屋の内部が丸見えとなってしまっていた。
中まではここからでは無事かどうか確認することは出来ないが、扉周りの壁でさえ破壊されてしまっているのだから、恐らくは中も無傷ではないだろう。
部屋の中には着替えなんかだけでなく、大事な研究資料や薬品、実験器具、発明道具なんかも存在していた。それらなんかも、恐らくはぐちゃぐちゃになっているに違いない。
容易に自身の部屋の内部の現状を予想できてしまったアンジェは―――
「はぁー・・・・」
コムリンが〔エクソシスト二名、手術シマス〕とターゲットをアンジェとリナリーに再度絞り、コムイが「(リナリーが)マッチョは嫌だー!!!」と泣き叫んでいる最中、ひとつ、落ち着いて大きく深呼吸をすると。
アンジェは着ていた真っ赤なコートを脱ぎ―――腰に下げていた真っ赤な鞘から淡い薄ピンク色のサーベルを引き抜いた。
「起きろ―――エフロレスンス」
サーベルが引き抜かれたと同時に、コムリンがとんでもないスピードで迫ってくる。
しかし、迫ってきたコムリンが二本の大きな腕を振り上げ、アンジェとリナリーのいる場所へ勢いよく叩きつけようとした瞬間―――アンジェの『起きろ』の声に反応するように彼女のサーベルの刀身が薄ピンク色から、赤黒い色へと変化して。
その同じタイミングで、コムリンによって30分ほど前に麻酔針を受け眠っていたリナリーも、ゆっくりとまぶたを持ち上げたのであった。