いまでも鮮明に

 朝からずっと雨が降りしきっている街の外れ。
 長時間続けて雨に降られてしまっている土の地面はぐちゃぐちゃとぬかるみ、その上で少し足を動かすだけでも足元が汚れた。
 おぞましい機械の残骸が散乱している一帯は、木々は倒れ、地面もえぐれ、ひどい有様であった。
 その中に囲まれて独り立っていたのは赤黒い刀身のサーベルを片手にぶら下げる、赤い髪の女。

「はー・・・・」

 悪臭も酷い一帯の中で空を仰ぎひとつ深呼吸をした女は、暗い瞳で雨粒を降らせ続けている雨雲に覆われた薄暗い空を見上げる。
 そして、ゆっくりとまぶたを下ろし、全身雨に濡れるのも気にせず女は雨に打たれ続けた。
 すると、雨に打たれて5分も経たずにぐちゃ、ぐちゃ、とぬかるんだ地面を踏んで近付いてくる足音が聞こえてきた。

「そんなに雨に打たれては、風邪を引くぞ」

 すぐそばまで来て止んだ足音。そして、次いで頭上に傘を差し出され、雨を感じることが出来なくなってから、女はまぶたを持ち上げ気の無い視線をそちらへと鬱陶しげに向けるのだった。

「アンジェ」

 アンジェと呼ばれた女は、背後に立つ優しげな表情を浮かべながら自身に開いた傘を差し出している老人をじとりと睨みつける。

「・・・・団服はどうしたんだい?」

 「寒いだろう」と肩に触れた手を秒で叩き落とし、女は老人から顔を背け、再び雨に濡れるのも気にせず傘の中から出て行ってしまう。
 そして、濡れたサーベルを一度空で振るうと腰に下げていた鞘へと納め、女は街の方向へ向かって歩き出す。
 歩き出してすぐにぐちゃぐちゃの地面の上に捨てられている銀色の装飾が目立つコートを見つけるも、女は雨と泥に汚れたコートを拾い上げることもなく、なんの躊躇いもなくそのコートごと泥濘んだ地面を踏み付け何事もなかったかのように歩き続けた。
 そんな女の行動を見てか、背後で老人はひとつ息を吐き、もう一度「アンジェ」と女の名を呼んだ。

「君は何のために戦っている?」

 老人の問いかけに、しかし女が足を止めることも振り返ることもなかった。

「君はほんとうに―――」

 女は、ひとつも老人の言葉を聞くことなく、全身を雨に濡らし街へと戻って行くのであった。
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