雪片の別れ

 無事にベルギーに到着出来たアンジェがまず初めにしたことは、共にベルギーまでやってきたティキを撒くことだった。
 これはアンジェの立場上、ティキと行動出来ないのは当然のことなので、仕方の無いことではある。
 しかし、ティキだって物分りの悪い小さな子供じゃない。正直にそう言ってその場で別れれば良かったものの、それをしなかったのは、偏に困らせてやりたいという悪戯心が働いたからだった。
 「トイレにいく」と嘘を言ってティキから離れたアンジェは、内心『そのままずっと馬鹿みたいに待ち惚けてろ』と嘲笑う。
 そして、アンジェはティキを置き去りにしたまま、ひとり仕事の為に動き始めるのであった。

 少しして、アンジェは当初とは打って変わって軽い足取りで、コムイから聞いていたケビン・イエーガーの宿泊する宿屋へと向かっていた。
 本来ならば嫌なはずのこの道中。しかし、そんな道中も、今現在も自分のことを待っているか、それとも探し回っているだろうティキの慌てぶり、困惑ぶりを想像しながら歩くのであれば、アンジェはそれほど楽しいことはないだろうと笑みを浮かべるのだった。

「アイツは何時間、私を探し回るかな・・・」

 語尾に音符でもつきそうな勢いで楽しげに呟いたアンジェ。
 こうも愉快な気持ちにさせてくれる相手が現れたのはいつぶりだろうかとアンジェは考える。
 しかし、考え始めて少しして、アンジェは思い出したように足を止め、徐にキョロキョロと周囲を見回した。

「はて、老いぼれがいる宿屋はなんて名前だったか・・・・」

 事前に何度もコムイから教えられた宿屋の名前と、宿屋のある場所への行き方。
 しかし、教団を出てくる時からここへくる直前まで、あまりにも今回の任務が嫌すぎて、興味の欠片も唆られなくて、コムイから聞いてきた宿屋の名前も行き方も要らない情報として早くも脳内から追い出してしまったらしい。

「場所が分からないんじゃどうしようもない」

 果たして、早くも脳内から情報を追い出して捨ててしまったのか、はなから聞く気も覚える気もなく聞いた情報を頭に入れることすら拒否していたのか定かではないが。
 これは好機ではないかとアンジェは考えた。
 このまま夜が耽けるのを待って、事が起こるのを待ってみてもいいのではと。

「・・・・ふむ」
prev | next