結論として、ひとまず日が暮れるまでは優雅気ままに探すていを装って街をぶらついてみてもいいだろうと決断し、アンジェはその通りに行動した。
やがて日が暮れて、夜が耽ける。アンジェは自身が泊まるための宿をさっさと見つけ荷物を部屋に放ると、ご機嫌な様子を隠しつつ、極めて不機嫌そうな様を装って部屋の外の廊下に備え付けられていた電話で教団へと連絡を入れるのであった。
「ジジイの宿が見つからないんだが」
<<・・・・はい?いや、え、そんなはずは、>>
「そもそも、行き方も宿の名前も聞いてない」
<<・・・・・・・・あんなに何回も教えたのに、忘れたんですか!?>>
「あぁ?忘れたも何もそんなこと言ってなかっただろ」
<<いやいやいや、何度も僕言ったじゃないですか!!なんで忘れちゃうんですか!!>>
確かに、アンジェの記憶の片隅には、何度も何度も執拗いほどコムイが宿屋の名前と行き方を伝えてきたは覚えている。しかし、言っていた内容までは覚えちゃいない。
けれど、それをそのまま素直に言う気にもならず、アンジェは変わらず『聞いてない』の一点張りで通そうとする。
すると、暫くしてコムイも諦めたのか、電話の向こうで深い深い溜め息を態とらしく吐き出すのが聞こえてきた。
<<分かりました。じゃあ、もう一度言いますよ。今度こそちゃんと覚えてくださいね!>>
「わかったよ・・・・今度こそも何も初耳だけどな」
<<元帥!!>>
「あー、わかった、わかった」
再度聞いたところで、もう何をする気もないのだが。
そもそも、こんな夜更けまで街中を探し回ったことを褒めて欲しいくらいだというのに。
コムイから情報を聞きつつ気のない返事を返してさっさと電話をきる。
そして、心底面倒くさいといった様子で部屋へ戻ると、そこには先程まではいなかったはずの人物が、我が物顔でベッドに寝転び暇を持て余していた。
いつの間にか部屋に勝手に入ってきていた人物は、アンジェが部屋に入ってくるなり、満面の笑顔を浮かべてアンジェへと駆け寄ってきた。
「アンジェ久しぶりぃ〜!!」
「なっ・・・・ロード!?」
不法侵入の人物、ロードと呼ばれた少女に抱きつかれ、アンジェは柄にもなく驚いた様子で「なんでここに!?」と少女に尋ねた。
すると、少女は。
「えへへ〜、ティッキーから聞いて飛んできちゃった」
「ティッキー・・・・ああ、あのもじゃもじゃの毛玉か」
「もじゃもじゃの毛玉って、アンジェひっどぉ〜い!」
酷いと言いながらもゲラゲラと笑う少女。
少女の名は、ロード・キャメロット。
『ティッキー』と親しげに愛称でティキ・ミックの名を口にした彼女の姿は、確かに普通の人間のよう。しかし、その肌は普通らしからぬ灰色に染まり、そして額には十字架の聖痕が7つ浮かんでおり、その姿は正に彼女がティキの仲間であることを示していた。
要するに、エクソシストにとっては敵であるはずの人物。
けれど、親しみを持って抱きつくロードにも、不意に抱きつかれながらも引き剥がしたりはせず、寧ろ見たことも無いような優しげな手つきでロードの頭を撫でてやるアンジェにも、敵意の欠片も見られない。それどころか。
「そういえば、アンジェにお知らせがあるんだぁ」
アンジェにとっては大変喜ばしい情報を、ロードはいい知らせだと言って伝えてくれた。
「神狩りのスタートだよぉ」
「・・・・なるほどな、確かにそれなら元帥から狙うのも頷ける。それも、一番狩りやすそうな老いぼれを手始めに狙うとはな」
「いまごろ、きっとティッキーがお仕事してるよぉ」
にこりと悪そうな笑みを浮かべたロードは「いく?」とアンジェに可愛らしく誘いをかける。
どこに、とは聞かずとも理解はできていた。
だとすれば、アンジェの返答なんて最初から決まっている。
「案内してくれるか、ロード?」
「もちろん」
語尾に音符でもつきそうな勢いで頷いたロードは、アンジェの手を引くと、どこからともなく現れたゴシック調の扉の中へと消えていった。
そうして部屋の中に残されたのは、アンジェが電話をしに行く前に放っていった荷物のみとなる。
いまさっきまでアンジェと連絡をとっていた教団の人間たちは思いもしないだろう。
まさか、絶対の信頼を置いているエクソシスト元帥のアンジェ・マリアンが敵であるはずのノアの一族と親しくしているだなんて。