「あ?神田が怪我した?」
「そうなんですよ!それも、今回は結構派手に怪我をしたらしくて」
「・・・・・・・・」
慌てた様子で科学班フロアにやってきたコムイが、探してたと言わんばかりにアンジェに駆け寄ってきて、神田が任務先で怪我をしたのだと話した。
普段ならば「それがどうした」と突き放すところなのだが、コムイの口ぶりで神田がどれほどの怪我をしたのか理解したらしく、アンジェは溜め息を吐いて立ち上がる。
「あいつの任務先はどこだって?」
「南イタリアです」
「・・・・すぐに出る」
「すみません、お願いします」
「謝るな。それも私の仕事だ」
途中だった仕事を他の者に引き継ぐと、アンジェはすぐに科学班フロアを出て自室へと向かった。
自室に戻る途中で着ていた白衣を脱ぎ、自室に着くなり白衣をベッドへ雑に投げ捨て、代わりにかけてあった真っ赤なロングコートを手に取る。
手にしたコートに袖を通せば、扉近くに置いてあった鞄を引っ掴みアンジェは部屋を出た。
部屋を出て、地下水路まで降りていけば既に出る準備はなされていたようで、アンジェはすぐに船に飛び乗った。
これから向かうのは、南イタリア某所。
珍しくエクソシストとしての仕事かと思われたが、実はそうでもない。
南イタリアにあるマテールとう古代都市へイノセンス回収の任務でアレンと共に向かった神田が、任務中に派手に怪我をしたという。
アンジェは、そんな神田を看る為に、これから神田のいる南イタリアへと向かうのである。
実は、エクソシストでありながら科学者でもあるアンジェは、医師としての資格も持っていた。
そして、そんなアンジェは、特殊な理由があり少々普通ではない神田を科学者と医者の二つの視点で診れるとあって、彼女は神田ユウの主治医としての一面も持っているのだった。
船で教団から出て行く最中、神田たちを帰還させるのではなく自分を向かわせるということは神田には回復し次第次の任務に当たらせるのだろうか、とアンジェは考えていた。
そうして教団から離れて市街地へと出てくれば、アンジェはひとつ息を吐き、コートのポケットから何かを取り出した。
「さて・・・・南イタリアまで最短距離で行くぞ―――クロユリ」
アンジェのコートから出てきたのは、手のひらサイズの真っ赤なゴーレムであった。
背面から伸びる二対の羽、正面には黒い百合の花のようなシルエットマークが描かれている。それは、アンジェが自身で作ったゴーレム、クロユリである。
クロユリは、背面の羽の下あたりから伸びる百合の花を模したような形の尻尾のようなものをひらひらと遊ばせ、ふわりと宙に浮いた。
そうして―――
「お前は人の言葉が理解出来ないのか?」
南イタリア某所、とある病院。
訪れたアンジェは開口一番、ベッドに横わる人物に対して「このクソガキ」と悪態をついていた。
すると、ベッドに横になっている人物は気まずそうにアンジェから目を逸らしたまま。
「・・・・・・どうせすぐ治る」
ベッドに横になっていた人物―――神田ユウのそんな言葉に対し、アンジェは「はぁ・・・・」と深くため息を吐いて近くに置いてあった椅子に腰掛けて、「やっぱりバカだな」と小さな声で呟いた。
「すぐ治らなくなってきてるから私が診に来たんだろ」
「・・・・別に頼んでねえよ」
「まずそもそも、お前の意思なんて聞いちゃいない」
相変わらず目を合わせることなく話してくる神田に、しかしアンジェは神田の態度も気にすることなく椅子に座ったまま足を組む。
そして、自身が持ってきた鞄を膝に乗せ中に手を入れながら、アンジェは改めて神田の様子を見つめて「それにしても」と言葉を続けた。
「お前にしては意外とやられたもんだな」
「・・・・・・・・」
「聞いた話だと、たかがレベル1二体とレベル2一体だったんだろ」
「・・・・うるせえな」
「珍しく油断でもしたか」
殆どアンジェが一人で話しているような状況であったが、それでも、アンジェの話を聞いてはいるらしい神田は、面倒臭そうに舌打ちを零すと、睨みつけるようにして漸くアンジェへと目を向ける。
すると、口調や話の内容とは打って変わり、楽しそうに笑みを浮かべるアンジェの表情が視界に映り、神田は分かりやすく蔑むような目をしてアンジェを見た。
しかし、アンジェはそんな神田からの視線も全く気にすることはなかった。
「まあ、私としては貴重なサンプルを診る事が出来てラッキーなんだけどな」
にやにやと笑みを浮かべ、アンジェが掲げて見せた注射器。
神田は感情の籠らない視線を向けた後、呆れるように息を吐いて点滴のつけられた右腕をアンジェの方へと差し出した。
「お前、マジでクズ野郎だな」
「ふふ・・・・さあ、今回の傷はどのくらいで治るかな?」
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