あの出来事があってから暫くして。
仮谷は知らぬ間に学校から居なくなっていた。転校したという噂もあるけれど、それにしてはタイミングが良すぎる気もするし、私としては少し不気味だった。けれど受験期だったことも相俟って彼のことはだんだん忘れていってしまった。そんなことを漏らすと焦凍くんには、『あんなことがあったんだからもう少し危機感持ってくれ』みたいなことを言われてしまった。
たしかに、そうだ。
自分の身を自分で守れるようにしないといけない。そのためにも"個性"を何とか上手くコントロールできるようにすることは先決。
"個性"を知る一環でなんとなく読んだ"個性"研究雑誌によると、精神に関する"個性"持ちで暴発する例は、心が動揺しなければ暴発することはあまり無いらしい。研究結果でも暴発のリスクが完全ではないけれど減ったと報告が挙がっているので大きな正解筋だろう。
中学三年、夏。
いよいよ本格的に志望校を決めて受験勉強に本格的に取り掛かる時期。私は、将来も決まっていないことからとりあえず視野が広く持てるようにと、教育環境が整った県内屈指の進学校を第一希望として提出した。
焦凍くんはきっと、ヒーロー科で有名な雄英を目指すのだろう。夏休みに入ってめっきり会う機会が減ったため、本人の口から志望校を聞いていないのだけど焦凍くんならそこを第一希望として出しているという自信がある。
受験勉強と並行して、"個性"を抑える訓練を始めた。朝は坐禅から始まり夜は瞑想に終わる。揺らがない心を持つためには芯のある心と肉体が必要だと判断し、勉強に行き詰まった際の気分転換に走り込みもした。
将来のことを考えずにぼんやりとしているのも良くないと思いつつ、自分の"個性"を活かせるような仕事に興味を持つようにもした。この"個性"をコントロールできるようになったら、きっと大きな武器になる。
ーこの"個性"を上手く使って罪を着せられる人をなくしたい。無罪の振りをしてのうのうと生きる罪人を放っておきたくない、という理由で警察関連を志すようになったのもちょうどこの頃だった。
〇
冬が終わりを迎え、さくらの蕾が膨らみ始めた頃。
今日は卒業式だ。
焦凍くんとは春から通う学校が分かれる。小学校からかれこれ9年間の付き合いもここで終わる、というわけだ。全寮制ではないにしても、焦凍くんの通う雄英と私の通うところは方角が真逆で、さらに私はバス通学となってしまうので朝出会うなんてことも無くなってしまう。
受験期にぴりぴりしていた焦凍くんも少し棘が抜けたような気もするけど、相変わらず他人を寄せ付けないオーラを放っていた。
そんな彼に構わず、最後だここぞとばかりに女子からの一世一代の告白を受けているであろう、人混み外れた場所にいる焦凍くんを遠目に見る。
焦凍くんが雄英に合格してから、おめでとうの言葉を掛けられていない。私の合否がつい先日出たばかりなので受験の話がなんとなくタブー化していたことと、なかなか時間が無くて一緒に話す機会も減っていた。
最後、一言くらい声だけでもと思って、焦凍くんを待ってみる。
その間桜の木の下で各々別れを惜しむ光景を遠目に見やっては鼻の奥がつんとするのを感じた。
("個性"の暴発が抑えられてるのがこんなにいいものだなんて・・・、)
あれから紆余曲折経て、"個性"の暴発が抑えられるようになった。もちろん意識さえすれば"個性"は発動するけれど、世界はこんなに静かで穏やかなんだと感じることが出来る。
"個性"が抑えられたことによる感動から、人と関係を持つのも怖くなくなった。今までは怖くて人にあまり近づけなかったけれど、高校ではきっと・・・。
(焦凍くん、人気だなあ)
自身の変化としては、あの初夏の出来事以来焦凍くんと話しているとふわふわした気持ちがついてくるようになったこと、焦凍くんのことが視界に入ることが多くなった気もする。今だって、無意識のうちに視界に入れてしまっている。
(まだ時間かかりそうだし、また後で出直そう・・・かな)
幸い家が遠いわけでもなし、連絡先は知らないけれど(私が携帯を持っていないのだ)何だか会えそうな気がした。
もう既に少し仲良くなった(と思っている)人には軽く挨拶を終えていたので、背もたれにしていた体育館の壁から背を離し中学校を後にした。もう少し惜しむべきなのかもしれないけれど、悲しさが鈍った私にはそれがうまくできなかった。
証書筒と紙袋を抱えて春の町を歩く。この通学路も今日で最後だと考えると少し惜しいのかもしれない。
「っ、なまえ」
肩を掴まれる感覚。後ろからぐいっと引っ張られるがままに振り向くと、そこには先ほどまで待っていた人がいた。
「焦凍くん」
少し息が上がってるところから走ってきたらしい。私がいないことに気づいて追いかけてきてくれたのだろうか。わりと遠くから眺めていたので気づかれていないと思っていたのだけれど。
「・・・走ってきたの?」
「・・・なまえが出てくのが見えた」
そっか、と相槌を打ってすぐに終わる会話。駄目だ、ええと、なにか話題・・・。
「あ、雄英!おめでとう」
「・・・ああ。でも通過点だ」
「焦凍くんらしい。応援してるね」
「・・・ああ、」
【絶対ぇ左を使わずに親父に勝ってやる・・・】
「えっ?」
"個性"を使っていないはずなのに聞こえる心の声に動揺してしまう。意識できるようになってからはこんなこと無かったのに。
(まさか、暴発した・・・?)
だめだ、何とかして止めないと、意識を集中させないと。
「・・・どうした、なまえ」
「・・・」
「なまえ?」
「あ・・・・・・。焦凍くん?」
「何だ」
訝しげにこちらを見つめてくる焦凍くん。意識を集中させるあまり、返事が疎かになってしまった。上手く行ったと思っていた"個性"の抑制が効かなかったことへの焦りと戸惑いから心の声に対しての返事が思わず出てしまった。
「どこ、見てるのかなって・・・」
「・・・なんか見落としてたか」
「ううん、内面的な話で・・・」
「・・・どういうことだ?」
将来の夢関連の話を今まで避けてきていたけれど、雄英に受かったことでますます執着激しい彼を見かねてつい口を挟んでしまった。
「その、執着しすぎると道を間違えるというか、えっと・・・」
焦凍くんの纏う空気がぴりっと変わる。琴線に触れてしまったみたいだった。
「・・・・・・お前に何がわかるんだよ」
「・・・・・・ごめん、なさい」
「っ、・・・悪ぃ。今の俺だとお前にもっと酷いこと言っちまう」
「・・・・・分かった」
焦凍くんの声が聞こえる動揺と、余裕がなくなって今まで話題に上がることのなかった将来の話について踏み込んで、変なことを口走ってしまったことへの罪悪感。焦凍くんを傷つけてしまったことへの謝罪を漏らして、私の方から焦凍くんの元を離れた。
(声が聞こえる、なんでだろ・・・まだコントロールが未熟なのかな)
一人で悶々と考えながら帰路に着く。たしかに、"個性"が抑制できるようになってからは焦凍くんと話す機会が無かったし、長年一緒にいたことからなる気の緩みで"個性"が無意識に出てるのかもしれない。分からない。こんなことは学術書にも載ってなかったし、憶測でしかない。
幼なじみ、焦凍くんから小学校以来の容赦ない一言に胸が痛まないわけはなかったけれど、今回ばかりは自分に非がある。焦凍くんの心に土足でズカズカと入り込むような真似をしてしまった。彼の言う通り、冷静になれるまで会わない方がお互いのためだろう。
春からお互い忙しくなるし、連絡先は知らないし、通学路だって真逆だ。これで最後なのかもしれないと思うと、益々自分のした事への後悔が募る。
それでも、どうしたってあの状態の焦凍くんを見て見ぬふりするなんて出来なかった。マイナスの執着や怨みが行き着く先はいいものではない、というのは"個性"を以て知っていたから。
もう私と焦凍くんは会うことがなくなってしまったかもしれないけれど、これから焦凍くんが歩む道がちゃんと希望のあるものでありますように。雄英でいい仲間に巡り会えて、本音でぶつかれるような友達がちゃんと上手く出来ますように。焦凍くんは人付き合いが難しい人だからそこだけが心配だった。
これが、卒業式の最後のやりとりになる。