決心

「・・・大丈夫か、なまえ」

右手にあった痛みが消え、気がつけば誰かの背中で守られていた。否、誰かなんて声だけでも十分に分かる。

「焦凍くん・・・」

焦凍くん、だ。焦凍くんが助けにきてくれたんだ。
こういう窮地に陥ったときに真っ先に思い浮かべる人物が自分にとってどんな人なのか、分からない。それでも、私にとっては焦凍くんしか思い浮かばなかった。
偶然かもしれないけれど、彼は本当に応えてくれた。ヒーローのようだった。

「鞄だけ教室に置いてあったからまさかと思って来てみて正解だったな。・・・お前がなまえの下駄箱に紙入れたのか」
「そうだよ。ついさっき僕はそこのみょうじなまえちゃんとめでたく恋人関係になってね。睦まじくしようとしていたところなんだ」

そうなのか、と聞きたそうな焦凍くんの瞳と目が合う。否定の意志を込めて首を左右に振った。

「・・・・・・少なくともなまえはそうは思ってねぇみたいだぞ」
「・・・うるさいな。君みたいな"個性"持ちには興味無いんだよね、さっさとどいてくれる?」
「・・・分かった。行くぞ、なまえ」

先程まで仮谷に掴まれていた右手を優しく取って私と共に講堂裏を去ろうとする焦凍くん。彼の言葉の意味はそういうことではないと言い出してしまいそうだったけど、今はそうも言ってられなかった。それに、同じ場所を掴まれているはずなのに焦凍くんだとずうっと安心できた。左手で掴んでくれているからなのかもしれないけれど温もりがあって、救いの光のようだった。
然し、それを逃してくれるほど仮谷は甘くはなかった。

「僕はそこの"無個性"に用があるんだ、よっ!」

ぶんっ、と風を切る音が耳元で響く。それと同時に右腕をぐんっと引っ張られるのと、焦凍くんの右腕が仮谷の右腕を食い止めているのはほぼ同時だった。

「・・・っ、おい!危ねぇだろ!なまえに何しようとした、」
「何って・・・実力行使?君、邪魔」

・・・それとも。君に怒りのままに"個性"使わせてそれを引き起こしたのが自分のせいだって"無個性"ちゃんを絶望させるのも悪くないかもね? なんてあっけらかんとして言う男にはもはや狂気しか感じられなかった。一体何が彼をそこまで動かすのだろうか。

「焦凍くん・・・早く逃げて。私は大丈夫だから!」
「っ、大丈夫じゃねぇだろ・・・!大事なヤツが危ない目に遭ってんのも守れねぇ人間はヒーロー志望失格だ」
「っ!」
「・・・それに、"個性"一辺倒じゃねえ。ちゃんと護る術がある」

ーだから、俺の傍から離れるな。
という言葉を皮切りに焦凍くんが仮谷をねじ伏せるのは一瞬だった。
"個性"の公共利用禁止(正当防衛を除く)において今ここで"個性"を振るうことが過剰防衛だと咄嗟に判断した焦凍くんが、武術を以て身動きを取れなくしたのだ。一辺倒じゃない、とはまさに武術のことだった。

「・・・・・・おい。どこのどいつか知らねぇがこれに懲りたら二度となまえの前に姿、見せんじゃねぇ」
「・・・はっ、この"個性"がものに出来た日には復讐してやる・・・」

伏せられても尚くつくつと笑みを浮かべる仮谷にどこかおぞましさを覚えつつ。抵抗する気がないと判断した焦凍くんは今度こそ私の手を引いて講堂裏を去った。
教室に戻ってきてみると、もう自分と焦凍くんの鞄以外は何も無く真っ赤な夕陽だけが差し込んでいた。ここまで来てようやくずっと手を繋いでいることに気づいた。

「焦凍くん、ありがとう・・・」

もう手、大丈夫だよという意味を込めて手を何となく振りほどこうとしたのだけど、余計にぎゅうっと握り込められてしまい離せなくなってしまった。

「・・・悪ぃ。もうちょっと俺が早かったら、」
「何、言ってるの。焦凍くんはちゃんと来てくれたよ。かっこよくて、安心できて・・・私のヒーローだよ」
「・・・ちゃんと、守れたのだって今日が初めてだ。今まで"無個性"のことで酷いこと言われてるなまえのことだって、」
「焦凍くん、私なら大丈夫だよ。こういうのは、慣れてるんだ」
「・・・・・・慣れていいもんじゃねぇだろ」

悪ぃ、という言葉をぽつりと漏らした焦凍くんが壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめてきた。悪い、とは今まで守れなかったことへの謝罪なのか、今抱き締めていることへの詫びなのか。そのどちらでもあるような気がしたし、そうではないような気もした。
ただ、あまりにも心の声が悲しそうだったから。

「なんで、焦凍くんが泣いてるの・・・」
「・・・泣いてねぇ」
「心が、泣いてる」
「・・・・・・。じゃあ、お前が泣かねぇから泣いてる」
「・・・そっか、」

そういえば、心が鈍くなってしまってから泣き方なんて忘れてしまった。私のことを自分のことのように捉えて、悲しんでいる焦凍くんを慰めるようにぽんぽんと頭を撫でる。
もう、同じ高さにあった頭もあっという間に抜かされてしまって少し撫でづらい。これから先も焦凍くんはだんだん身長も伸びていくだろうし、ますます撫でづらくなってしまいそうだな、なんて呑気なことを考える。そもそも、その未来に私が近くにいるのかさえも不明瞭だけど。

【守ってやりたい、大事なこいつを・・・】

【他でもない、俺が】

ヒーローを目指す彼と、そうでない私。
いずれにせよ道が分かたれるのは時間の問題だ。焦凍くんの将来に自分がいないことが悲しいのかもしれない。分からない。ただ、こうして守ってもらえるのも今だけなんだと、否いつまでも彼に守ってもらってばかりだと重荷になってしまう。

強く、ならなきゃ。