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こんなことに、なんの意味があるのか。そう自分に問い続けながら、私は今日も五条悟に繋がっている赤い糸を切っていく。
どうやらこの糸は私の術式のようで、よく目をこらすと、赤い糸以外にも色々な色の糸が見えるようになった。
便利なもので、赤い糸以外は見ようとしなければ見えない仕様になっている。呪力の残穢みたいな感じで。赤い糸も見えない設定に出来れば、他人に繋がる糸を切るなんて、こんなことも、しなくていいのになと思う。…いや、うん。違う、違うんだ…言葉を変えよう。しなかった。……かも、しれない。

ほんの、出来心だった。五条悟の赤い糸を大量にぶち切ったその後。この赤い糸にどんな効果があるのか知りたくて、近所にいた仲良しカップルの赤い糸を切ったことがある。すると、カップルは突然喧嘩をしだし、破局するまでに至った。
怖くなってしまった。少しパニックになって、その時は何とかできないのかと、焦りながらも赤い糸を結び直した。そしたらまた、突然カップルが仲直りをして、そのままデートに歩いていった。
糸1本で人と人との縁を踏み荒らすことが出来てしまう。そんな力に、恐怖を覚えた。
しかし、私は五条悟に繋がる赤い糸を切っていく。誰かも知らない人との縁を切っていく。
そもそも、五条悟のあの運命の赤い糸は何!?なんなんだあの量は!何股する気だあれ、

「う………」

吐き気がした。
うえぇっ!自分が気持ち悪い!推しは推しであって恋だとかそういうのでは無い!はず!なのに!
大好きな父と母を繋いでいるあの糸と同じものを、疎ましいと感じてしまうのが…嫌だ。
どんどん面倒臭い人間になっていってるような気がして、自分が嫌になる。推しは推し、応援してるだけでいいんだって。
2次元の…ままなら…、そう、それでよかった。なのに、同じ次元にいて……隣にいて。

「これ以上何を望んでんの……強欲か」

「なにぶつぶつ言ってんだよ」
「!?」

頭の上から降ってきた声に驚いて喉に唾が詰まる。咄嗟に口を抑えて声の主を見上げると、黄色いパーカーに手を突っ込んでこちらを見下ろす五条悟がいた。下から見上げるとまつ毛の上向き具合がよく分かって最高オブ最高。パーカーかわい〜〜!毎秒新規ビジュありがとうございます!!じゃなく、今の…口に出てたか?どこからどこまで?いやもう触れないが吉ってことで。

修行編はまだまだ続き、稽古稽古な日々。学校で分数を詰め込んできた所なのにと、文句を言ってもボコボコにされるだけ。
術式の性質に合わせて、私の武器は断ち切りバサミだ。呪力を込めれば手でも糸は切れるが、呪霊は別だ。ある程度の殺傷能力があった方が便利。力のある人間でもないので必然的に刃物になった。そう、別にハサミの方が切ったった感があるとかそういうことでは、無い。……無い。

「というか、若様はどうして私なんぞの稽古に付き合ってくれるんですか?」

毎回と言っていいほど、五条悟は私の稽古に顔を出す。そして、私をボコボコにしては去っていく。あれ?これ付き合ってる訳じゃないな?普通に雑魚をボコってスッキリしたいだけでは……?雑魚いじりはモテなさそうだけど、雑魚いじりをしてもモテる五条悟、最高だな。

「お前がまたゲロ吐いてんのを笑ってやろうと思って」
「は〜〜〜〜」

なんですかその答え〜〜!!オタクはすぐ喜ぶぞ??五条悟が喜ぶならゲロの一つや二つ…吐きませんが、こんないじられてあのときゲロ吐いて良かったな私!いや良くないけど!ゲロを吐くという恥を捨て、推しにいじられるキャラという地位を勝ち取った!
ちなみに、あの時から私の食生活は腹八分目までとなった。育ち盛りには少し物足りない。しかし、これもゲロを極力吐かないため、許してくれ身体。

「あ、そういや。お前みたいなのがまた来るとか、女中が噂してたな」
「へーーー」

ワタシミタイナノ??
噂してたってことは、その噂を話を立ち聞きしてる五条悟が存在してたってことですかね?それは可愛い。井戸端会議に混ざる五条悟の線もある?どちらにせよ可愛いな。風に吹かれてるだけで可愛い。出来ることならその場に居合わせたかった。くそぉ……!!

「せっかく俺が話題を提供してやったのに、なんだその薄い反応」
「いひゃいれす、わひゃ」
「若呼びもやめろっつったのに」
「で、れも、ごりょうけのごひしょくしゃまでふし」
「滑舌悪くて何言ってんのかわかんねー」
「うぇぇ……」

上手く喋れないのは、頬を摘まれてるからなんですけど!何だこの幸せ空間!一生掴まれたままでいい。
五条悟を名前で呼べ。という無理難題を押し付けられ、いくらか経ったが、私は頑なに若と呼んでいる。推しの名前とか恐れ多くて口に出せない。口に出すなら、名字から名前まで全てを言いたい。そう五条悟と!ええ!そう私は推しをフルネームで呼びたいタイプのオタク。五条悟。なんて素敵な響きだろうか。漢数字の五が2つもある可愛い名前。
悟さん?くん?呼び捨て……うん。

「無理ですね」

想像するだけで顔から火が出そうだ。力いっぱい掴まれた顎を擦りながら、常温の手で熱くなった頬を冷やす。
五条悟がお坊ちゃんで良かった!名前呼びを回避しなくちゃいけない機会があるとは思わなかったし!若って便利!

「じゃあ、もうお前とは話さねぇ」
「んん……」

そうくるか〜〜〜!!!拗ねたように唇に力を入れてそっぽを向く姿が愛らしい〜〜!!斜め後ろから見える丸いほっぺが犯罪級に可愛い。最高の曲線美。斜め後ろからの絶景なのに、あれは、まさか、まつ毛が見えっ長い!まつ毛なっが!長いなー長いなーって常日頃から思ってたけど、改めて感じるまつ毛の長さ!はーーーー最and高。

「わ、若…」
「ふん」

ふん。ふん、か……鼻息ですか?今の?えっなに?可愛い?可愛い鼻息?可愛いということしか分からない。
五条悟は頑なで、若と呼ぶ限り、話も聞いて貰えないらしい。それでも、私のいる場所から離れないということは、名前呼びを待っているということか?それは、可愛いが過ぎる。えーー!えー!ツンデレ系?ツンなんですか五条悟!?いやデレがあるかは分からないけど!ツンだけでもお可愛いが過ぎますわよ!!??
だがしかし、だがしかし!!名前呼び、名前…推しを目の前に発狂しないよう平然を装っているオタクには、如何せんハードルが高すぎる!本当に申し訳ない五条悟!脳内ではもう何百回と呼んではいるが!口に出すのはほんとマジで照れが、ヤバいのです!

「若、本当に申し訳ないのですが、わ、私には若のお名前をお呼びする事が出来なくて…」
「……なんで」
「恐れ多いこと、なので……」
「……誰に言われた」

誰!?だれ???誰ですか誰って!??誰に何を?言われた??何を!?誰に??!
誰は気になるけど、ちょっと低いお声に心臓がギュッ!!ってなる!えっ!?幼いお声での低い声、あまりにも良すぎる!!録音させてくれ声変わりする前に。

「えっと、誰に、とは…?」
「誰かに言われてんだろ。誰だ」
「何を言われて?」
「俺の名前呼ぶなとか、そういうの」

あ、あーーー!!!そういう感じ!と言うかおしゃべりしてくれてるー!!ありがたき幸せ、拗ねた様子も可愛いの塊でしたが、やっぱりおしゃべり出来ると健康になる。五条悟が何してても私の健康に繋がりますけど。
脱線しすぎる脳内は良くない。はい。
つまりおうちの誰かに嫌がらせとか、そういう感じで呼ばないようにさせられてるとか、そういう感じですかねそういう感じで、うん?うん。私は頭が良くない。オーケー。
とりあえず、お家の方ごめんなさい!それは冤罪なんだ。

「違うんです。わ、私がその、あの…」

個人的な恥のせいで呼べないんです。本当にごめんなさい!要らぬ疑いをかけてしまった。いや本当に申し訳ない。
言え、いえば済む話、あなたの名前を呼ぶのは照れるんだと!?いやこれもかなり恥ずかしくないか!?

「私が、何」
「あ…私が…」

お腹の奥がキリキリと痛む、また心臓がうるさい。顔に熱が集まって涙が出そうだ。力を入れてお腹を抑えると、少し痛みがマシになった気がした。服がシワになると怒られてしまうかな。修行編で泥だらけだから大丈夫か。
はやく、言わなければ、呼べないと。急かされている。そりゃそうだ。はやく、はやく。一言、いえば済む話。
顔を上げると、白いまつ毛に縁どられた、空が見えた。

「照れっ、て…しまう……ので、あの…」
「、……」
「若の…お名前は、呼べません。ごめんなさい!」

顔を見ていられなくて勢いよく頭を下げた。目を閉じていると、出そうになっていた涙が目の奥へと戻っていく感覚がする。泣くことは回避出来そうだ。
言えた。一瞬、噛みはしたが、伝えたいことは伝えた。あとは納得してもらうだけだ。素直に納得してくれる人だとは、思わないけど。次の言葉が恐ろしい。

自分のくだらない事情で、推しのことを傷つけたかもしれない。そう考えると罪悪感で押しつぶされそうだ。名前を呼ばれないのは辛い。分かってはいる。名前を呼べばいいだけのこと、それだけなんだ。恥ずかしいなんて本当にくだらないこと。
言ったそばから、じわじわと後悔が押し寄せてくる。でも、名前を呼ぶということは、仲が深まっていく気がして、それが少し、怖い。
この、呪いあう世界で、一体どれだけの呪術師が長生き出来るだろう。私は絶対すぐ死ぬ。
私は、私が死んだ時。私が辛くなりたくないから、五条悟の名前を呼びたくない。もちろん恥もある。
この世界で生きられた。少しでも五条悟と会えた、話せた、触れられた。それだけで満足していたい。名前を呼んで、欲張りになりたくない。もっと一緒にいたいなんて、思いたくない。
自分勝手な考えだ。どれもこれも。
満足なんてできない。出来ることならずっと一緒にいたい。この人の、隣に。
矛盾していく。自分が嫌だ。
線を引きたいんだ。そこを超えない様に、もっとなんて思わないように。ガチ恋なんて、したくない。

「じゃあ」
「……っ」

唾を飲んで、五条悟の次の言葉を待つ。
どんな言葉が続けられるのか、予想も出てこないくらい頭の中がぐちゃぐちゃになっている。心臓がうるさい。心臓の動きで全身が震えているような感覚がする。

「今、1回だけ。名前呼んだら許してあげる」
「──っ」

青空が広がる瞳が私を見ている。綺麗に切り揃えられた爪が並んだ、小さな手が私の手を掴んでいる。
心を乱すのはやめていただきたい!!!
意志が弱いんだ私ってやつは!違うんです!恋とかじゃない!そうだろ!?推しへの萌え。萌え萌えキュンとかそういう感じ!違うから、違うので、違うんです。
違うので、許しを乞う。

「ほ…ほんとに、1回だけ…なら」
「本当に1回」
「ほんとにほんとにいっかいですか!?」
「あと10秒で呼ばなきゃもうぜーーったい許さない。10.9.8.7.6」

あーー!はやっえー!ままよ!!!

「にぃ、いち、」
「さ!とる……さま………っ」

顔が熱い。さっき引っ込んだ涙が出てきている。
じわりと滲んだ視界に、満足そうな笑みを浮かべた五条悟が見えた。

笑顔100億満点。

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