道路と歩道の境目、段差の所にちょこんと座った小さな姿が何故か目に入った。何故あんな所に人が座っているのか、浮かんできた疑問はそれだけだった。
街の巡回中、ふと目に入った少女に声をかける。ただの、気まぐれだ。
少女に近づくと、遠くからでは分からなかったが花束やジュースの缶、コンビニで売られているスイーツなどが綺麗に並べてあった。まさかこんな少女が、こんなところでおやつを楽しんでいる。そんな訳はないだろう。
少女は大きな目をぱちぱちと閉じて不思議そうに伏見を見ていたが、暫らくすると、目を輝かせて伏見に詰め寄ってきた。
「みえてるの!?」
「………………は?」
たっぷりと間を開けて、少女の言葉に返せたのは音もまともに乗っていない吐息だけだった。
みえてるの、そう言った少女はじっと伏見の目を見つめ、伏見の言葉を待っている。
2人の視線はかっちりと合っていて、でも、どこか違和感を覚えた。
「みえてる、けど…」
ようやく返した言葉は不安定に揺れ、少女の視線に耐えられなくなった伏見は花束達が置かれているガードレールにもたれ掛かった。
「わぁ〜おにーちゃん、ほんとにわたしのことみえてるんだぁ。あのね、あのね、みーんな名前のことみえてないの、名前、まほーつかいになっちゃったのかなぁ」
「魔法使いって…」
膝を抱えた名前という少女は寂しそうに、「ママもパパもわたしのことみえてないの」と呟いた。
それを見て、伏見はポケットに入れていたタンマツを取り出す。
「お前、いつもここにいんの?」
「そうだよ!さっきね、ママとパパがきてね。おはなとおかし持ってきてくれたんだよ!!」
「あっそ」
「でもね、でもね、このおかし、たべれないの…これもまほーがかかってるのかなぁ」
少女が、花束と一緒に並べられているプラスチックの中に入ったケーキを触ろうとすると、その手はするりとケーキをすり抜けていく。
伏見は確信した。あぁ、こいつは…。
「いつからここにいんだよ」
「いつ?んー…きのうの、きのうの、きのうの、きのう!」
「四日前、……事故か」
タンマツに表示された文字を目で追い、伏見はため息を吐いた。面倒なのに関わってしまった。恐らく、この少女は自分が死んだことに気が付いていないのだろう。無知は罪とはよく言ったものだ、自分が死んでいる事に気が付いてないなんて…、とそこまで考えたところでやめた。何故自分がこんな子供に同情しているんだ。
「じ?おかし?」
「ちげぇよ」
「ねえねえ、おにーちゃんはどうしてあおいおようふくきてるの?」
「制服だから」
「せーふく?わたしもようちえんのせーふくきるよ!」
「そーかよ」
「ねえねえ、おにーちゃんはどうしてメガネしてるの?」
「目が悪いからだろ」
「おにーちゃんはなんでもしってるんだね!!」
ねえねえ、ねえねえ、と少女は伏見に質問を投げかける。それは、昨日の夕飯はなんだったか、好きな食べ物は何か、自分の好きな物はハンバーグ、などと、伏見にとってはどうでもいい情報ばかりを一人で喋っている。それを大事な時間を使って聞いている自分もどうかと思ったが、少女はまだ目をキラキラさせながらまた違う話をしている。
この四日間、この少女はきっと何人もの人間に聞こえない声を届けていたのだろう。そして、ようやく自分と言う話し相手を得た。
ボーっと少女の話を弾に相槌を打ちながら聞き流していると、聞きなれた電子音が鳴り響く。チッと舌打ちを打って、横目で少女を見やる。不思議そうな顔をして伏見の手に握られていたタンマツを凝視する少女。
小さい頭に手を置いてから、タンマツを耳に当てる。伏見の予想していた通り、淡島からの電話だった。
『伏見?一体今どこにいるの?巡回は終わっている時間のはずだけど…』
「あー…ちょっと厄介なのに絡まれただけですよ」
最初に少女に声を掛けたのは伏見だが、それを棚に上げ伏見はしれっと淡島の言葉を躱していく。はい、はい、と面倒くさそうに答え、タンマツをきった。
「おにーちゃんおこられちゃったの?」
「お前のせいでな」
「うぇっ!?ごめんなさい……」
シュンと叱られた子犬の様に頭を下げた少女に伏見は舌を打ち、居心地悪そうに首の後ろを掻いてそっぽを向く。
「…明日もここにいるんだろ?」
「う、うん…」
「じゃあ明日、気が向いたら来てやる」
「え、いいの!?」
「気が向いたらな」と言うと、さっきまで沈んでいた顔が一瞬にして明るくなる。単純なガキ、伏見は僅かに口角を上げ少女の頭に手を置く。
「また明日ね!おにーちゃん!」
そんな言葉を背中に受けながら右手を少し上げる。
明日は花でも持って行ってやるか。なんて、自分に呆れた。
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