それでも笑う


双子岬の旧診療所。
偉大なる航路の入口に吹く風を頬に受け、にこやかに海を眺める少女がいた。
時折鯨の声を聴きながら、長いまつげを揺らす。

「キキよ。お前さん、いつまでここにいるつもりだ?」

そんな彼女に灯台守のクロッカスが声を掛ける。
キキは、困った様に微笑んだ。

実のところ、彼女には行く宛も帰る場所もない。
故郷は無くなり、今のところ夢はない。

「もう1度、海に出る気はないのか?」

そう言われても、首を横に振る他ない。
クロッカスが複雑な表情を浮かべるのを横目に、キキは、偉大なる航路の水平線を眺める。
時は静かに流れていた──。






もうすぐ日中を迎えるという頃。
アイランドクジラのラブーンの治療に出掛けていたクロッカスが、数人の客人を連れて現れた。
見覚えのある麦わら帽子に、キキは目を見開く。

(あれは、船長の、シャンクスが言ってた子…?)

少年、麦わらのルフィ率いる一行がキキを見付けると、彼女は顔を隠すようにしてフードを深く被った。

「キキ。客人だ。海賊だが悪い奴らではなさそうだ」

優しい声を上げたクロッカス。
キキは、そろりと立ち上がって、ぺこりと頭を下げると持っていたメモに‘わたしはキキ。よろしくね’と素早く記して手渡した。

「なんだおまえ。しゃべんねェのか?」
「キキは生まれつき声がないのだ。耳は聞こえているが、自分は話せないから、そうして筆談している」
「ふーん」

興味のなさそうな顔をしたルフィ。

「おれはルフィ、海賊王になる男だ。よろしくな!」

にかりと笑った彼に、キキもふわりと微笑む。

「あたしはナミ。そこにいるのがゾロで、長っ鼻がウソップよ。で、あっちがサンジくん。よろしくね、キキ」

微笑むキキに、子どもに話しかけるように優しい声をして話すナミ。
キキが頷くと、満足そうな表情を浮かべる。

彼らは東の海からやって来た海賊。
偉大なる航路の最果てを目指して、今日偉大なる航路に入って来た新米の海賊。
キキは、ルフィを見て懐かしんでいた。

(船長にそっくり)

「しかし50年もこの岬でね」
「まだその仲間の帰りを信じてるのか」

不意に始まったのは、ラブーンの話だった。
彼は50年間、世界を1周して帰ってくると言ったまま戻らない仲間の海賊達を待ち続けている。
ルフィはずいぶん待たせるな、と呑気に言うが、キキは首を横に振った。

「バーカ。ここは偉大なる航路だぞ。二・三年で戻るっつった奴らが50年も帰らねェんだ」

サンジの言葉を聞き終える前に、キキは立ち上がってラブーンを見上げた。

(ラブーン、死んじゃだめだよ)

悲しげな表情がラブーンの目に映る。
彼は鳴くのを辞めて、静かに少女の顔を眺めた。

「キキは私がそいつらを探しに出た時に乗った船の船員でね。…色々あったが、その時のその縁で私がラブーンを治療する間は灯台守を任せている」

一味は切なげな少女の背中を見つめる。
その表情は複雑そのものだったが、直ぐにそれは驚愕のそれへと変化を遂げた。

「どういうことだよ?キキってまだ子どもだろ?おっさんがそいつらを探しに行ったのってそんなに最近なのか?」
「ああ、いや。キキは少し特殊でな。悪魔の実の能力のお陰で不老なんだそうだ。年はもう数えとらんそうだよ」

悪魔の実、と言えば自分達の船長もそうだが、そんな実があるのかと一味は神妙な顔をしてキキの背中を眺める。
いったいどれだけの時間を経験して来たのか、彼らには想像さえできなかった。