お姉ちゃんと一松


夜の10時を回った頃だろうか、いつものように社会のゴミらしくダラダラと非生産的に兄弟6人でくっちゃべっていた時に
ふと時計を見上げた三男があれ?なんて声をあげた

「姉さんまだ帰ってないよね。少し遅すぎないかな」

クソニートな俺たち六つ子の唯一の姉で、クズだらけの松野家唯一の希望である社会人の姉がそういえばまだ帰宅していない
いつもなら遅くとも8時を過ぎる頃には会社に対してあーだこーだ文句を言いながら帰ってきているはずだった
上司のオッサンの言いぶんがどうのだとか、同僚に仕事の成果を奪われただとかいう話を姉から聞くたびに俺は社会なんて出られないと思うし、姉もそんな所やめてしまえばいいなんて思っている。頑張ってる姉の足を引っ張る想像ばかりしている俺はやっぱりゴミなんだろう

「ざんぎょーッスか!」
「えー?そんな連絡来てないよ」

常にスマホをいじっている末弟は姉から連絡が来る確率がダントツに高い
いつも唐突な残業が決まったときなんかは必ずトド松に何かしら連絡がきている
姉からの連絡もなく、外を見れば真っ暗で頼りない街灯がポツポツと暗い夜道を照らしているだけだ
こんな時間にあの人どこほっつき歩いてんの
いつも快活で俺たち六つ子を転がしている姉だけれど、見慣れた野郎6人と比べるまでもなくその姿は細く頼りない。あんな生き物がこんな夜遅く外を出歩いているなんて危ないに決まってる

「……誰がいく?」

ちゃぶ台に頬杖をついたままおそ松兄さんが口火を切った
姉が帰らない時は誰かが迎えに行く。それは俺たちにとって当たり前で、決まりきった、松野家のルール
だがそれでも、床に根をはったような今の状態から積極的に動き出すような気力があるニートは存在しないのが松野家のニートだ

「フッ……俺はこの間行ったぜ」
「僕は明日早いから無意味に外歩き回ったりしたくない。誰か行ってよ」
「何それ、姉さんが心配じゃないわけ?」
「ならトッティーいったらー?」
「僕はか弱いから無理」
「姉さん!?川で泳いでっかな!?」
「違うからね十四松兄さん」
「えーもー誰でもいいから早く行ってきなよ。兄ちゃんもう眠い〜」

松野家ルールその2
六つ子が揃ってなくても全然気にもしないけど、姉が帰宅しない限り六つ子は床に入らない
別に明確にルール付けされてる訳でも何でもないけど、1日最低でも一度は姉の顔を見ないと落ち着かないってそれだけの話
誰もかれも姉の帰りが遅いのを心配して、早く帰ってきて欲しいと思いながらも決して動こうとはしない
根っからのクズニートたちだ。安心する

「ふへ」
「うわキモ!闇松兄さん何笑ってんの。今笑うとこあった?」
「別に……俺が行ってきてもいいけど」
「めっずらしいな一松。どしたの」
「なんとなく……気分いいから」
「ふーん?」

滅多に動かないゴミが動こうとしてるのに驚いた兄弟たちはみんな不思議そうな顔はしているものの、顔面にデカデカと自分が行かずにすんでラッキーと書いてある
ほんと、クズだ。流石俺の兄弟

「なら一松さっさと連れて帰って来てよ。どうせ駅前かチビ太んとこで飲んでるんでしょ」
「フッ……闇に飲まれないよう気を」
「一松兄さんいってらっしゃい!!」
「えっ……」
「早く帰ってきてね〜。僕ももう眠たいや」

自分勝手な発言が次々飛んでくるのを背中にうけて、いつものサンダルを引っ掛けてから家を出た
春も過ぎたといっても夜中にシャツ1枚はまだ冷える。上着を取りに戻ろうかと一瞬だけ考えて面倒だとそのままアスファルトをすり足で歩き出した
晴れた夜空に月がぽっかり浮かんでいて、あちらこちらで友達の気配がする。なんだかいい夜だ
俺の兄弟は俺と同じようにクズでニートで。俺みたいなゴミと一緒にいてくれる
姉さんも、俺みたいな可愛くもなんともないクソ弟をどうしてかかわいがってくれる特殊性癖な変な姉だ。あんな人他にいやしないよ

「フヒッ」

思わず漏れた笑い声にすれ違ったサラリーマンが肩をびくつかせて足早に去っていった。ごめんね不審者が夜中に徘徊なんかして。
自分から言い出したものの、早速面倒くさくなってきた。さっさと回収してさっさと帰ろうと駅前より近いチビ太のおでん屋へのたのたと歩いていく

薄暗い川沿いのそこにチビ太のおでん屋につけられた提灯の明かりがやけに目立って見てた
離れた場所からもすでに聞こえている呂律の回ってない姉の声に、面倒くささからため息が落ちる
ここまで来て回れ右して帰ったら兄弟から何を言われるかわかったもんじゃない。本当に嫌々ながらもチビ太のおでん屋の暖簾をめくりクダを巻いてチビ太に絡んでいる姉に声をかけた

「姉さん」
「……あー!イッチだ!いっち〜お姉ちゃんだよお」
「今日は一松か。おっせーぞ!バーローチクショー」

声をかけた瞬間目を輝かせた酔っぱらいがタックルのような勢いで首にすがりついてきた
普段から十四松とじゃれてるんだから酔っ払いの姉くらいなんてことないと避けもしなかったけれど、六つ子の姉を舐めていた
思ったより強い勢いに軽くむせながらチビ太の言葉を聞き流す

「いちまつ〜。チビ太ったら大根に切れ目入れないの。ひどいれしょ?」
「そーだね」
「おでん屋のおでんの大根に切れ目なんていれられっかバーロー!ツケとくから早く帰っちまえ酔っ払い」
「ひよこと玉子って黄色いの十四松がよろこぶからあ」

俺の首に抱きついたまま、何やら意味不明な発言をし始めた姉の肩を軽く叩く
ここまでグダグダに酔っ払うとこの姉は自力で歩くことは難しい。社会人らしい大人のお姉さんみたいな服装をしたこの人が見た目よりはるかに子供っぽいのは俺たち六つ子やチビ太を含めた昔なじみは皆知っていることだ
それでもクズなニートの俺たちと違って大人として社会で生きていこうとしている姉だから
こうして時折、限界値を越えて深酒するのを強くとめられないでいる
耳元で、もはや日本語にもならない言葉をしゃべり続けてる姉の肩を再度叩いて促す

「姉さん、離れて。背負ったげるから」
「…………やーだ〜」
「……姉さん」

離れるどころかますますぎゅっと強く体を寄せてくる姉に無理に引き剥がすことも出来ず狼狽える
細い腕が首に絡まり、姉さんのおっぱいが僕の体に押し付けられて形を変えているだろう感触がする
姉に欲情する趣味はないけど、この人がいなければ一生味わうことがなかっただろう感触なわけだし今くらい堪能してもいいだろう
いいだろうが!チビ太なに見てやかんだコラァ!

「お前ら姉弟でイチャついてねーでさっさと帰れ。こっちは店じまいなんだよ!」
「いちまつー、抱っこ〜」
「ちょっと嘘でしょ」
「だっこだっこ」

今どき小学生でも言わないような我が儘を口に全く離れそうにない姉に、仕方が無いと諦めてベンチに座ったままの姉の腰に手を当てる

「持ち上げるから、ちゃんと捕まっててよ」
「うふふ、ぅうん」

上機嫌になんだか妖しげな吐息まじりの返事をする姉の腰を支えて前かがみになり腰を使ってベンチから姉を抱き上げた
ベージュ色したズボンをはいた姉の足が僕の胴体に絡まってコアラみたいな体勢になっているのに気づきながらその姉のおしりに手を当てて落ちないよう支える

「ほら姉ちゃんの荷物も持ってけ」
「どーも」
「一松お前思ったより力あんだなあ」
「ヒヒッ、姉ちゃん1人持って帰れなきゃ格好悪いデショ」

チビ太から姉の荷物を受け取ってそれを肩にかけてから、もにゃもにゃ言いながら眠りかけている姉を抱いて来た道を引き返す
暗い夜道で、時折知らない人や猫とすれ違う
酔っ払いを連れて歩いてるのなんて珍しくもないのか思ったよりもジロジロ見られることも無い

「いちまつう」
「なに」
「いちー」
「なにって」

酔っ払いの戯言だ。いちいち返事なんかしなくても気にしやしないだろうけど
この人の言葉を無視するなんて事は俺には、俺たちには出来やしない

「いちまつはあ、いつもいい子だねー」
「……は」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんの言う事きいて、弟と猫に優しくできるいい子だよお」

酔っ払いの癖に、抱き上げあげられて自力で歩くことも出来ない癖に、俺を慰めるようにいたわるように首に回されていた腕がいつの間に背中を優しくたたく

「お姉ちゃんはー、いちまつがだいすきよ〜」
「……姉ちゃん」
「んー?」
「ねぇちゃん」
「んふふー」

1人で意味不明ににやつきはじめた姉は絶対完璧に間違いなく酔っている
迎えにいって抱き上げて持ち帰られる。その運搬費くらい貰ったっていいはずだ
いいよな

「姉ちゃんもっと褒めて」

尻のしたで組んだ腕に少し力を込めて、肩に乗っている姉の頭に自分の頭を剃り寄せた
いつも家に来る友だち達が甘える時のように

「んう〜、一松はいい子!お姉ちゃん自慢の子!半目で猫背で笑い声が不気味で」
「ちょっと」

褒めてと言ったのにどう聞いても褒めてない単語を羅列しだした姉に酔っ払いに頼みごとをした自分を情けなく感じ始めるも、俺に抱き抱えられた酔っ払いは急に姉みたいな声色で僕の後ろ頭をくしゃくしゃにかき混ぜだした

「家族を大事にしてくれて、小動物に優しく出来る。誰かに寄り添える優しい子だよ」
「……何それ、誰の話」

どう聞いても俺の話だなんて思えない
俺は姉さんが言うような人間じゃない。いくら姉さんでも、酔っ払っててもそんな風に言ってもらえるはずない

「んふふふ、かあわいい」

姉が猫だったら喉をゴロゴロ鳴らせてたんじゃないかというほど上機嫌に、酔っ払いが俺の頭から首から肩からベタベタと触り撫でてくる

「ちょっと!落とすよ!」
「いちまつはあ、かわいいからお姉ちゃんだーいすきよ」
「……あ、そ」

くふくふ笑いながらそんな事を言われるとなんだかどうでも良くなってくる
ため息を吐いて、何人か玄関の外にでてギャーギャーと騒いでいる松野家へサンダルをひっかけたつま先で進んでいく
酔った姉は面倒くさい。面倒くさくて、甘えやすい
俺は時折酔った姉が迎えに来た弟だけをこうして甘やかしてくれるのを知っている
だって迎えに行く時は面倒くさそうな兄弟が、全員帰った時には上機嫌になってる
本当は、みんな少しだけこの人を迎えに行くのを楽しみにしてる。みんなが知っててこの人だけが知らない六つ子だけの秘密だ。

「ちょっと遅いよ一松兄さ」
「うわ!なんかエッチな体勢だな一松ぅ」
「ヒヒッ、対面立位」
「ぎゃあ!姉さんで馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」
「ほら一松疲れたろ。変わる」
「……別に、平気」

クソ松が出してきた手を避けて、姉さんを抱いたまま玄関の敷居をまたいだ
今日だけ、もう少しだけこの人に甘やかされていたい
迎えに行った俺だけの特権だし。いいでしょ
腕の中で姉さんは多分間抜けな顔で眠っている。明日になればきっと全部忘れてる
でもそれでいい。この人が俺たちの姉さんで、俺たちを可愛いなんて馬鹿みたいな事考えているのを、俺たちは解ってるんだから

「ほら馬鹿な姉さん、家ついたよ」
「んん、おかえりいいちまつ」

帰ってきたのはアンタだよなんてチョロ松の言葉と、当たり前に迎えてくれる気できる姉に珍しく含みなく笑えた
馬鹿な姉さん。俺の姉さん。俺たちの姉さん。


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