01
 どうやら俺は、刀になったらしい。正確には、『刀剣男士』というものに。
 ……そう、あの人気ブラウザゲームに登場する、刀の付喪神様のことである。
 かくいう俺も、あのゲームはお船のゲームのかたわら遊んでいた。確か、妹との話題作りのために始めたのだったか。それがいつしか純粋にゲームを楽しむようになっていき、妹に勧められ二次創作物にまで手を出す始末。ぶっちゃけ嵌ってました、ハイ。

『ある日突然山の中』なんて、俺の今の状況も、成り代わり勘違いモノじゃあよくあることだしね。きっとここ厚樫山なんだぜ。
 ちょーっと予想外だったのは、今の俺は顕現されていない、刀の状態だってことか。何故だ。まあ、勘違いものを読むのなら未だしも、勘違いされるなんて御免だったから、変に虫刺されを作ったりする心配がない姿でいられるのはいいことかもしれないけれど。夜伽跡疑惑回避だぜやったね!

 ちなみにこんな姿だから、動き回れたりはしない。山の中にぽつーんだ。
 そして今の姿が刀なものだから、俺が何の『刀剣男士』なのかも分からない。鞘や拵えを見たって、それだけで分かるほどのオタクではなかったんだよなあ。形的には太刀だとは思うんだけど。
 そもそも、自分の姿や周辺の景色を認識できている原理が謎なんだけどな。そこに突っ込んだら、俺が刀になってる状況にも突っ込み入れなきゃいかなくなるし、泥沼な気がする。

 おおっと、何やら気配が一つ近付いてきた。いやもう本当、どういう原理なんだろう。これが偵察値効果か。
 その気配は、真っ直ぐ俺に向かってきて、俺をひょいと拾い上げた。

「鶴か」

 なるほど、俺は鶴丸国永らしい。そして、拾い上げた主の麗しき顔(かんばせ)は、彼の天下五剣が一振り・三日月宗近のものだ。

 野郎の顔だというのに、なんとも綺麗なもんだなあと、ぼけーっと見惚れていたら。掴まれた部分から突然、身を焼く痛みにも似た熱が、衝撃と共に雪崩れ込んできた。
 あっつ、うぇ、あっつ! ええっ?! 何してんのこの爺!

「聞こえておるのだろう。人の姿(かたち)をとれるほどには霊力を注いだはずだ」

 俺が疑問符を浮かべていると、三日月爺が語り出す。曰く、審神者が顕現させるのと原理は似たようなもので、契約を伴わず霊力(エネルギー)だけを俺にぶっ込んだのだと。
 ヒイッなにそれ三日月さんしゅごい。そんな事普通できるもんなの? やっちゃっていいものなの? 流石は二次創作内じゃ、格の違う刀剣もといラスボス扱いされてるお方である。

 それで、肝心の人の姿になるにはどうすりゃいいんだ? と、俺が悩む前に、ぶっ込まれた熱がムニョっとなって、かたちを作り出した。
 次いで、視界が開けるような感覚。――見える。急に世界が色鮮やかになったような気さえした。
 自身の服装は白い。真っ白だ。流石は見た目だけは儚い吃驚爺である。きっと今の俺の瞳は人外じみた金色になっていることだろう。

「随分と乱暴に起こしてくれたな」

 俺が苦笑気味に伝えれば、三日月爺はほの笑んだ。

「すまんな。今ばかりは、ちいと力加減が効かんのだ」
「そりゃまた、時機が悪かったか」
「否、渡りに船であったよ」

 成る程、分からん。この平安生まれ、ものを婉曲に言い過ぎである。

「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる」

 ホワッ。突然名乗られたことに内心動揺しつつ、「鶴丸国永だ」と名乗りを返す。

「それで、俺は三日月と呼べばいいか、それとも、兄上様などと呼んだ方がいいか?」

 確か、三日月宗近を打った刀工と、鶴丸国永を打った刀工は師弟関係にあり、鶴丸国永という刀も大きな括りでは三条派となるのだった。原作じゃ、イマイチ関係が見えてこない二人だから、俺の彼への態度もどうすべきかよー分からんのだが。

「三日月でよい」
「そうか」

 そんなやり取り。そして、双方無言。気まずっ。えっ、気まずっ!
 ちら、と三日月の方を見てみるが、笑みを浮かべるばかりで何を語る様子もない。何? お爺ちゃんボケちゃってるの? でも、ボケてるにしては、纏う空気がどうにも“緩んでいる”のとは程遠い様子なんだよなあ。
 あと、この三日月。さっきから笑みは浮かべているものの、全然目が笑ってない。アレェ、俺の知ってるぽけぽけな癒し系お爺ちゃんドコー?

「なあ、三日月。きみは本当に三日月か?」

 内心怯えつつ尋ねてみれば、三日月はそれはもう美しく笑った。
 アッこれ薮蛇の予感がする。三日月が何か言おうとする前に、俺は口を開く。

「いや、すまん。変なことを訊いたな。
 しかし、驚いたぞ。刀剣男士から霊力を送り込んで刀に人の姿をとらせるなんて。俺にも出来るものなのか?」
「普通出来んな。出来れば、審神者なる者も必要あるまい」
「それもそうだ」

 別の話題に変えて、ほっと一息、つきたかったのだが、目の前の三日月がどうやら普通じゃないらしいことを、本人に告げられてしまった。もうこれどうしようね?

「どうかしたか?」
「ん? ああ、いや、」

 これからどうしたものかと思って――と、言葉を続ける前に、足元からぐにゃりと力が抜ける。うっそ、何で!? さっきから三日月爺に吃驚し過ぎて腰抜けたとかか!?
 混乱のまま、俺は地面に尻をつく。かと思えば、いつの間にやら、俺は刀に戻っていた。

「霊力が切れたか。なるほどなるほど、一度に注いで、留めておける量は少ないのだな」

 そう言うと、三日月はまた俺に霊力をぶっ込んできた。予想を裏切らない、唯我独尊のマイペースぶりである。
 熱湯を浴びせかけられ、無理矢理起こされるような気分を味わった俺が、人型になったと同時に殴り掛かるのも仕方のないことだろう。ちなみに避けられた。むぐぐ。

 そして現在。俺はそんな癒されない三日月爺と手を繋いでいる。

「こんな驚きは、決して求めちゃいなかったぜ……」

 霊力供給の都合上、三日月は俺に触れる必要がある。んで、俺の人型維持のために、俺と手を繋いでおくことになった。どこのICOだ。
 そこまでするくらいなら、俺もう刀のままでいいよと俺が告げるも、三日月はこてんと首を傾げる始末。すっとぼけやがって、こいつ絶対俺が嫌がってるって分かってやってるってー、絶対そうだってー。
 いや、だって、触れられてるとこ、痛いレベルで熱いんだもんよ。嫌だと思っても仕方ないだろ。加減できないの? あ、できない。そうすか。

「俺はやや子や童と違うのだがなあ」

 俺の手を引き、ふらふらと山の中をあっちへこっちへ歩き回る三日月の姿は、どこか幽鬼にも似ている。危うい、と思った。これじゃ、どちらが子供だろう。……どちらも爺か。じゃあ、これは介護だな。そうか、介護かぁ。
 握られている手を、俺は離れぬよう、ぎゅうと握り返した。


 あてもなく歩き回る三日月を、俺は止めなかった。無理に止めれば、気に障ったとかで首を飛ばされる気がしたのだ。
 この爺、何が相手でも平然と首チョンパしそうな雰囲気なんだもんよ。右手は空けていつでも刀抜けそうな様子だし、鍔にちょっと血がついてるの見ちゃったしさ。こわい。野生のラスボスとか遠慮したい。早くギャグ枠に帰ってくださいお願いします。
 ちなみにここが厚樫山であることは、既に三日月から聞かされていた。それもあって、こうして適当にふらついておけば、そのうちどこかの本丸の5-4周回部隊と、お約束気味に遭遇できるものとばかり思っていたのだが。今のところそうした気配はなく、山はとても静かだった。

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