01
 カコン、と耳に入ってきたのは鹿威しの音で。
 ハッと意識を抱いた時には、私は畳の敷かれた和室にいた。庭の桜は咲ききらぬ様子で、枝に止まった鶯がほけきょと鳴いている。
 どこか古風で、何故だか妙に現実感がなかった。何故だろうと首を捻ったところで、物という物の匂いが全くしないことに気付く。

「……夢?」
「近いな。精神世界という奴だ」

 気付けば私はその人と座卓を挟み、向かい合って座っていた。白陶のような肌、抹茶色の少し癖っ毛ある髪は彼の片目を隠している。籠手もどきが腕に付いた、奇妙な服装。

「俺は鶯丸。ここに間借りさせて貰っている」

 そう私に告げた彼は、いつの間に用意したのか、先程までは無かったはずの湯呑みで茶を飲んだ。多分、緑茶だ。そんな匂いがする。

「私は――」

 己の名を告げようとして、その語が出てこないことに驚いた。息をするように、当たり前のように、出てきていたはずの己の名が、分からない。

「君も鶯丸だ」

 目の前の彼に告げられて、私は二度瞬きした。一体どういうことだと不思議に思う私と、言われてみれば確かにそうだったと思う私がいた。
 ――いつの間にか、私の姿は目の前の彼と同じになっていた。

 いつ、変化したのかは分からない。元々この姿だったのかもしれない。手を開いたり閉じたりした後、目にかかる前髪が邪魔で横に除ける。

「貴方のことを、知っているような気がします」

 鶯丸。その容姿に、記憶を刺激される。私の知るそれは創作物だったはずだけれど。

「本当は、私の方が間借りしているんではないですか?」

 根拠はない。けれども、そんな気がした。目の前の彼はゆるりと微笑む。

「まあ、細かいことは気にするな」

 それって細かいかなぁ……?
 鶯丸さんは私に茶を勧めて(いつの間に湯呑みが出てきたのか、またしても分からなかった)、それから、彼自身のこと――ではなく、大包平という名の刀についてを語った。知ってた。どうやら私の認識として、創作物中の彼と、目の前の彼はそう大差ないらしい。

「私は今、どうなっているんでしょうか……」
「分からない。互いに眠っている状態だからな。まあ、近いうちに起こされるだろう」
「顕現待ち?」
「そういうことだ」

 そう言って、鶯丸さんは湯呑みを一旦机に置き、大福餅に噛り付いた。その大福餅どこから出てきたんだ。私の眼の前にも現れたので、ひと口かじる。……美味しい。ちゃんとお米と小豆の味がする。匂いも、ある。その香り高い茶の渋みは、素朴でちょっぴり上品な味の大福餅とよく合った。
 なんとなく、鶯丸さんをクンと嗅いだら、春の始まりにも似た、新緑の匂いがした。なに、この爽やかなの。イケメン効果か、そうなのか。
 試しに自分の服も嗅いでみたが、そっちは何の匂いもしなかった。いけめんぱわーがたりない。

 そうして二人で、のほほんとチャァをしばく。静かで、何処までも静かで、これからもこれまでも、ずっとこうしているような。悠久の時の中に二人ぽっちで過ごしているような気がした。
 不意に、その時を終わらせるように、鶯丸さんが口を開く。

「……顕現されたとして、表に出るのは君だけだろう。まあ、俺はいるから心配ないさ」
「んんッ??」

 その意味を私が問う前に、身体の芯を揺すられる。熱いものに触れられて、内にあった己の熱を呼び覚まされるようだった。
 どうして忘れていたのか、こんなにも美しく研ぎ澄まされている、これを。
 手に掛かる重みは、実にしっくりと己に馴染んだ。構えてみれば、その刀身には己の――鶯丸の顔が映る。
 私はその刀を、いつの間に着けたのかも分からない腰の鞘へと収めた。直ぐに時が来る。

 ――来た。
 確信を得ると同時に、視界を桜の花弁が埋める。ふわりと舞い散った、その美しさに息を呑んだ。

 そこは、私の知る例のゲームの鍛刀部屋を、現実に再現し作ればそうなるだろうなと思うような場所だった。
 狩衣のような装束を着て、顔を白い布で隠しているのは、私を顕現した審神者だろう。その隣には雅を愛する自称文系名刀、歌仙兼定の姿がある。近侍かな?

 私の心の中で、小宇宙が囁く。違う、鶯丸さんが喋る。ああ、表に出ないというのは、身体の操作は私担当で、私だけが鶯丸さんと会話できるということか。私も鶯丸なのだから、彼との会話は自問自答のようなものかもしれない。ハロー、もう一人のボク。

 ええっと。鶯丸さん曰く、名乗りと自己紹介をするようにとのこと。
 口上を思い出す必要もなく、自然と口が動き、私は名乗りを上げた。

「オオカネヒラ! オーカネヒラッ、カネヒラァ!」


 ちょい待て。


 私は確かに、『俺は鶯丸。大包平とは同じ古備前派で作風を同一にする』と言ったはずだ。言ったつもりだ。
 なのに、何だこれは。大包平しか言ってないぞ。白い鶴爺さんもびっくり案件だよ!

「オオカネヒラ……」

 ぼやきですらも大包平と化した。何だこれは。(二回目)
 審神者と歌仙はぽかーんとしてるし、私の中の鶯丸さんはやたらと笑ってらっしゃるし!
 まあ、細かいことは気にするなって、いやこれ気にしない方が無理ですよ鶯丸さん!?

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