01
 生まれ変わった、と思ったら、タイムスリップしていた。いや、正確には違うんだろうが、生まれた時代が、前の生で生きていた時代より昔だった。大変バブリィな時代である。

 前世の僕は平成生まれ。生まれた時から景気は低迷していて、それが当たり前の世の中だった。その頃の感覚からすると、好景気な世の中は大変なカルチャーショックの連発である。ちょっとバイトをすれば、学生だろうとブランド物のバッグや宝石が買えてしまうって何だ。
 ふざけんじゃねえぞ、と平成生まれの僕も、バブル世代の遺物のような上司に怒りを抱いていたものだが、今生でも、あまりに順風満帆な生活とイージーモードな世の中に、人格否定をされ続ける前世の就職活動の日々を思い出してはふざけんじゃねえぞという思いと共に涙がこみ上げてくる。

 何が悔しいって、もう直ぐバブル崩壊の時期で、僕が就職活動をする頃にはまた景気が低迷しているってことだよ! 失われた20年。ふざけんじゃねえぞ。確実に産まれる時代を間違えた。大人になるのがこんなにも嫌になるとは思わなかった。ずっと呑気に学生をしていたい。
 高卒で就職するのなら、ギリギリ数年はバブルの弾ける前の社会人を体験できるのだろうが、その後職を変わらずに持っていられるのかが一か八かすぎる。親にも大学進学を勧められていることから、まだ暫くは学生の身分でいることになりそうだ。ああ、僕も一度くらいは、花金な薔薇色生活を送ってみたかった。

 そんなどうしようもないこと以外は、概ね順調に進んでいる。今生で上手くいかなかったことなんて、友達付き合いくらいじゃないだろうか。
 そう、友達。僕は普通の友達付き合いというのが、上手くできなかった。
 きっとそれは、前世の記憶のせいで、幼い頃から僕がどこか子供らしくあれなかったからだろう。子供というのは、そういったことに聡いらしく、いくら僕が子供を装っていても、何かしらの「違い」を感じ取って僕から距離をとっていってしまった。
 それでも、僕は一人ではなかったのだけれど。そう、それも、僕が他の人とは違うところ。僕の側には、常に「緑の友達」がいた。普通の人には見えなくて、普通は居ないものらしい。イマジナリーフレンド、なんて言葉が浮かんだけれど、それは確かに僕の側にいて、いつだって僕に寄り添ってくれていた。確かにそこにいる。空想ではない。例えるなら、もう一人の自分。

 中学、高校と歳を重ねるごとに、同年代の者達から距離をとられるようなことは無くなり、表面上の付き合いは支障なく出来るようになったが、それでも。僕の理解者、というのは現れなかった。当たり前だ。前世の話なんて、できようはずもないし、自分と同じ「転生者」なんて存在が、そうほいほいいるはずもない。「緑の友達」の見える人間となれば、尚更だ。少し仲良くなれそうな子に、そこに居るんだよと話してみたこともあったけれど、気味悪がられて嘘つき呼ばわりされただけだった。まあ僕も、自分がそんな話を振られる側だったら同様の反応をしただろう。彼らには、「緑の友達」の姿が見えていないのだから。
 ただ少し、寂しい。

 自分が世界にひとりぼっちになったような気分になるのは、そんな時だった。




 世界といえば、気付いたことがある。有名企業名やメーカー名が、自分の記憶と微妙に違うのだ。某コンビニなど、ロゴはそっくりに頭のアルファベットだけ無くなっていた。お節介焼きのあの人の名を冠した財団のことを、ところどころで耳にするのも、気になることの一つだった。創設者はジョジョラーなんだろうか。いや、財団の創立された時代は一世紀近く前だというから、それはあり得ない。そもそも、ジョジョの漫画自体が存在しないのだから、ジョジョラーも何もない。週間少年ジャンプはあるが。
 財団創設者の名前は、スピードワゴン。案外、本人だったりして。
 ま、そんな荒唐無稽な話があるわけないね。ファンタジーやメルヘンじゃないんですから。


 そう思っていた時期が僕にもありました。ところがどっこい、家族旅行先のエジプトで、出会った吸血鬼はDIO(ディオ)だったのです! なんてこったい!
 おろろろろ。邪悪極まり無いディオを前に気分が悪くなって、つい吐いてしまった。ひゃーっ、ゲロ以下の臭いがプンプンしやがるぜ〜!
 えっ、本当にジョジョなの? 僕第一部しかアニメ観てないよ? 原作に至っては読んだことすらないし。そもそも、ディオって死んだんじゃなかったか?

 そんなことを考えた僕の頭に、蘇る記憶。
 そういえば、なんか、あれだ。あのままジョナサンと一緒に海の底行きだと思ってたディオが、三部になってまた出てくるってジョジョ好きのA子チャンが言ってた! まさか、今がその三部だとでもいうんだろうか。

 こうなると分かっていたのなら、漫画だってちゃんと読んでおいたのに!! ――いや、分かるわけがないわ! ふざけてるな本当に!
 なに? 前世の記憶があるまま転生してるだけでも意味分からないのに、転生先が漫画の世界って! ないわ! ないわー。
 あっちには、何故か緑の友達が見えてるみたいだしさあ! ディオも黄色いの出してきたんだけど。仲間って何。へえ、これ、スタンドっていうんだ。初耳だ。

「花京院くん、恐れることはないんだよ。友達になろう」

 いや、ディオさん。友達はいいんすけど、お前そんなキャラじゃないでしょ。この汚らしいアホがーって言って泣いてたお前をこちとら知っとるんだぞ。
 駄目だ。さっきから混乱して、冷静な花京院典明君が家出してる。前世の口調もポロポロ出ちゃう。このままじゃ、モテたいがために丁寧口調を心掛けているのがバレてしまう。
 えっ、やめてよそのよく分からない気持ち悪いのどうする気、あっこっち近づけんなあああああアーーー!

 ……………。

 あっ……? どうしよ、ディオがなんかすげえイケメンに見えるトゥンク。足の親指レロレロしたい。なんかすげー充足してる。満ち足りちゃってるよ。


 ぼーっとした頭では、まともにものも考えられない。ディオ様には、ジョースターの子孫の抹殺を命じられた。
 ジョースター……! 明らかに主人公じゃねーか! ああだめ身体が言うこと聞かない「ハイヨロコンデー!」頭もいうこときかない! ディオ!ディオ!デーブ、デーブ! ディオ様のためじゃー! いけっ、ハイエロファントみどり! しねしねこうせんだ! 空条承太郎、貴様は殺す!




 ……はっ!

 唐突に、はっきりとした思考。僕は、ディオの支配から逃れたのだ。
 随分と長い夢をみていたような気がする。みていたときは、幸福感に占められていたはずなのに、今となってはそのことがおそろしい。

 どっこいこれが現実です! ムギャーーっ! 歳の近いスタンド使い仲間と会うのなんて初めてで、はっちゃけてスタンドバトルしかけちゃったよー! ウワァァァ黒歴史確実! っていうか、あの気持ち悪いの! 肉の芽! 抜いてくれたの承太郎! 敵だったはずなのに!!

「なぜ、お前は自分の命の危険を冒してまで私を助けた…?」
「そこんとこだが、俺にもよう分からん」

 ぶっきら棒に言い放つ、不良な出で立ちの彼は、僕の知る「ジョジョ」――ジョナサン・ジョースターの人の良い正義然とした姿とは違ったが、それでも僕はその姿に、「ジョジョ」を、「主人公」を見ずにはいられなかった。

 果たし状の誤字に突っ込まないでくれてありがとう。あの時から、君とはいい友達になれそうだと思っていたんだ。
 花京院典明十七歳、今生で初めて友達ができました。やったね!
 近日中に出産を控えているママンに友達の家に泊まると連絡したら、泣いて喜ばれてしまったよ。……いつも心配かけて、すまぬ、すまぬ。お兄ちゃんになるからには、もうちょっとしっかりしたいものです。




 三部はブ男と犬とチェリーが死ぬって話は、ジョジョ沼を泳ぐA子チャンから聞いて知っている。ブ男はどれだろ、いや、すぐ察したけど。こいつら顔面偏差値高いやん。平均が高いせいでブ男に成り下がってしまったアヴドゥルさんかわいそかわいそ。
 ふふ、今世じゃ自分もイケメンに生まれて来ちゃったのよね。原作には出てこなかったであろう脇役にも関わらず、メインキャラに混ざっても浮かない己のこの容姿。謎のうねる前髪という、キャラ付けまでばっちりだ。両親に感謝である。

 ところで、犬って比喩かな? 犬並みに鼻がいいとか。それとも本当に犬? 仲間には今の所、それっぽい人はいなさそうだ。

 ああ、早いうちに確認しておかなきゃ。ジョセフさん…は、子持ちどころか孫までいることからして、……承太郎。


「君って童貞かい?」

 スタンドで殴られはしたが、その反応でよく分かった。
 どうやらチェリーは承太郎らしい。なんてこった! このままでは、ようやくできた友達が死んでしまう!
 あれ? 明らかに主人公っぽいのに死んじゃうの? いやでも、ジョナサン死んでたわ! 他ならないディオ相手に。まさか、承太郎も相討ちするかたちになるんだろうか。

「私も同行しよう」

 花京院典明十七歳、承太郎生存ルートのために頑張っちゃいます!





****



 花京院典明というひとは、空条承太郎にとって花のような人物だった。
 ……別に彼が可憐だとか、なよやかだとか、そういうモンじゃ断じてねえ。むしろ、彼とは無縁の言葉と言えよう。確かに、凜とした佇まいや、涼やかな瞳は、一輪の花とも呼べたのだろうが、その佇まいが「その方がモテるから」と単に彼の格好付けで行われていることを承太郎は知っていたし、その瞳の奥には常に、炎のように熱い心が燃えているのを理解していた。彼はクールを気取ってこそいるが、案外熱血漢なのだ。ポルナレフと気の合う様子からして、まあ、そういうことなのだろう。彼もお調子者の一人、というわけだ。
 承太郎が此処でいう「花」は、ダンシングフラワー――音に反応して陽気に揺れるアレである。突然歌うし、笑い声は普通じゃあない。承太郎にコピを奢るといって、悪戯を仕掛けてくる茶目っ気もあり、常の挙動は陽気な変人といえた。
 彼が目を負傷し、一時戦線を離脱してから復帰した際にサングラスを掛けていた姿など、正しくハイビスカスや向日葵のソレで、不謹慎ながらツボに入り、笑いを堪えるのに苦労した。あれでウクレレでも持っていれば、承太郎は耐えられなかっただろう。
 そう。花京院典明は、そんな夏の花の似合う男なのだ。

 そんな花のような男は、花の名に違わず、或いは天命とも呼べる名の如く、エジプトカイロ市内のDIOとの戦いで、美しく咲きほこり、散っていった。他ならない、DIOのスタンド能力を解き明かす鍵を最期に遺して。




 ――それが、十年ほど前のこと。
 故に、承太郎は今。死人を見たような顔をしている。

「やあ、承太郎。元気にしていたかい?」

 目の前の、ランドセルを背負った彼はにこにこと、十年前と変わらぬ人のいい笑みを浮かべている。花京院は死んだはずであるだとか、年齢がおかしいだとか、そんなことを気にしている余裕は、承太郎にはなかった。
 思わず、抱き上げた身体は己の娘よりも重い。彼の身体に触れる手のひらには、少し高めの子供体温が伝わってきた。とくとくと動く、彼の心臓。

「熱烈な歓迎だ」

 ノォホホホ、と笑った彼は、これが夢まぼろしでないことを示すように、承太郎の帽子を取り上げて、己の頭にぽすりと被った。

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