話「ことの始まりは小豆」



「なあ形兆、海に行かないか?」

 そう問いかけてきた昊希に、行かないと形兆が返答したのが一週間前。

「それはなんだ」
「あずき」

 その日虹村家に遊びに来た昊希は、あずきの入ったざるを抱えていた。いや、あずきなのは見れば分かる。形兆が言いたいのは、そういうことではない。

 どういうつもりだ、と瞳で問う形兆に、昊希は何を言うでもなくざるを傾け、ざざぁん、とあずきを鳴らした。

「おい」

 ――ざざぁん。

「何をしている」

 ――ざざざぁん。

「……」

 ――ざ、ばさぁん。


 はじめこそ、このくだらない真似を始めた昊希に青筋を立てていた形兆だったが、次第に彼のその抗議姿勢の馬鹿らしさに、苛立ちよりも呆れが勝ってきて、どうにも、仕方ない気持ちになってしまった。

「海に行くぞ」

 形兆のその一言に、昊希は目に見えて表情を明るくする。なんとも分かりやすい。あまりに単純な友人に、形兆は少し息を吐いた。
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