話「face」
メロンソーダのストローから口を離した間田は、目の前でコーヒーカップを傾ける昊希を上から下まで眺めて、またストローに口を付けた。
前世、同じクラスで過ごしていた頃の彼は、たまに理屈屋なところが出るとはいえ、とっつきやすい人間で、多くの人に受け入れられるタイプだった。だからこそ前世の間田は、彼をいけ好かない男だと思っていたし、自分とは縁のない人間だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
まさか、前世の彼への評価がこうして覆されようとは、思ってもみなかった。今では、彼は普通の皮を被った変人という認識である。それでいて間田は、仲間意識のようなものを、彼に感じてしまっていた。
――彼との話を、楽しんでしまっている自分がいる。
間田はメロンソーダに入ったさくらんぼを口に含むと、茎を引きちぎった。
口の中で転がしていたさくらんぼも咀嚼し、種を吐き出したところで間田は、ふと口を開く。
「お前、そんなに賢かったっけ」
スタンド使いと判明すれば問答無用で入学させられる特別科とは異なり、SPW学園の普通科は、編入試験もそれなりの難易度のはずだ。前世の彼の成績は、悪いともいいとも聞かない、いってみれば並というようなものであったはずだった。
ひとつ、瞬きをした昊希は、次いで困ったように微笑んだ。
「僕が『それ』を思い出したのは、小学一年生の頃だ、というのは、先程も話したが」
間田が頷く。はじめ、間田は彼も自分と同様、今年の冬の終わり頃に前世のことを思い出したのだと思っていた。彼の失踪は、虹村形兆の弓と矢によるものだと考えていたのだ。その間田の勘違いは、昊希の口から訂正されたが。
前世を思い出すのは、スタンドと関わり出した時期であるようだ、という間田の話に、彼は幼い頃から東方仗助と――スタンド使いと関わりがあったことを語った。出てきたその名に、間田が思わず渋面を作ってしまったのは仕方がない。
「思い出してすぐの頃の僕は、いわゆる一時的発狂であるとか、精神を病んだ状態にあったらしくて」
「えっ」
思わぬ話が飛び出し、間田から間の抜けた声が出た。ぎょっとしたように、昊希に注目するが、彼はというと「今となってはあまり思い出せないし、大丈夫だよ」と、なんとも呑気に笑っている。聞いた間田は一切笑えなかった。確かに間田も思い出した当初は少しは混乱したが、発狂とまではいってない。
「その時期に、何を思ったのか僕は大学受験の勉強をし始めてね」
何故だ。本当に何故だ。脈絡のなさすぎる、受験勉強という行動に間田が真顔になる。当時の昊希が小学一年生であることも加味すると、その行動の唐突さが際立つ。
「心残りだった、のだろうか。正直よく分からないんだ。前世の僕は、新潟の大学を志望していて。……ああ、だから、来るはずもない明日を、続きを、欲しがったのか」
自己完結されたところで、間田にはさっぱり分からない。疑問符を頭上に並べる間田に、昊希は気を取り直したように話を再開する。
「兎にも角にも、当時の僕は、勉強してると、心がものすごく落ち着いたんだ。逆に、していないと不安に駆られたりしてね。その状態で二、三年ほど」
「頭がおかしい」
「そう、おかしかったんだよ」
昊希は何が楽しいのかくすくす笑って、「それが今生で学力向上した理由かな」と話を締めくくる。間田は、はじめのうちに口にしそうになっていた「羨ましい」という単語を奥まで引っ込めた。
【こぼれ話】
「なあ、やっぱり、前世でお前を殺したのは、虹村形兆なんじゃないか?」
間田の口をついた疑問がそれだった。昊希と形兆は前世からの知り合い・友人であったと聞かされて、一度はその可能性を否定したが、「友人だから殺さない」というのは、間田の中では別に成立していない。
昊希は唇に人差し指をあてて、しい、っと静かにするよう、間田に示し微笑む。その仕草はごく柔らかいものだが、これが迂遠に、間田に口を閉ざすよう告げているのだと、間田には分かった。彼の態度は、黙れと命じるようでもあり、幼子を嗜めるようでもある。
その答えは、結局分からなかった。
【更にこぼれた話】
これは、昊希のひとの呼び名が話題となった時の話。ポルナレフはふと思いついたように、昊希に尋ねた。
「仗助のことは?」
「仗助君」
「億泰は」「億泰君」
スッ、とポルナレフが花京院を指差す。
「花京院君」
ポルナレフが自身を指差す。
「ポルナレフ君」
この時点で花京院は半笑い。
ポルナレフが承太郎を指差す。
「承太郎君」
吹き出す二人。ギャハハ、だとか、ノォホホホ、なんて笑い声が、昊希の耳には聞こえてくる。何かがツボに入ったらしい。昊希にはわからないツボだ。
承太郎は眉根を寄せ、昊希に告げた。
「呼び捨てでいい」
「え、やだ」
そんなやりとりが、あったとか、なかったとか。
40/84
< 戻る [bkm]