話「xxi」後



「周囲に人影は見当たらなかった。おそらくそいつは、遠隔操作型か自立型のスタンドだろう」

 形兆の告げる内容に、昊希はそうかと頷いた。

「こちらは、事情を一通り訊いたところだ」
「会話が成立したのか」
「ああ、まあ……そうなるのだが」

 歯切れの悪い昊希を、形兆がせっつく。昊希は諦めたように口を開いた。

「こちら、京都東軍の椿姫に仕える忍者のケンロウさん。現在京都ではスタンド使い達が東軍と西軍にわかれて、京都の覇権を巡り争っているらしい。椿姫はその東軍総長・烏さんの一人娘、つい先程西軍の狐の一派に攫われたらしい。彼が怪我をしているのは、椿姫の誘拐に抵抗し、西軍の者と戦闘したため。彼は、僕達に椿姫奪還の協力を願い出ている」

 忍者が形兆に頭を下げる。形兆は伝えられた情報を咀嚼し、一言昊希に告げた。

「ゲームは、程々にしておけ」
「言うと思っていたよ……」
「昊希殿の仰せになったことは真にございます」

 話し出す忍者に、形兆が思い切り眉根に皺を寄せている。昊希も苦笑を浮かべるほかなかった。
 事あるごとに「姫様」の単語の出てくるケンロウは、忍者の装いなだけあって、顔は隠れ目元しか見えないにもかかわらず、感情表現に長け、やけに人間臭い、実に奇妙なスタンドだった。
 そのケンロウ曰く、昊希達が魔王殿に辿りつけなかったのは、ケンロウを逃すまいとした西軍側のスタンド使いの仕業で、昊希達はそれに巻き込まれたようであるのだとか。昊希も形兆も、関わり合いになりたくない・切に帰りたいという顔をしている。しかし、帰ろうにも、この領域を出ようとするならば、そのスタンド使いとの戦闘は必至だということだった。

「そのスタンド使いは何処にいる」
「存じ上げませぬ。空間認識に錯覚を起こさせるスタンド使いだと聞いています。おそらく、通常の手で捜索するのは不可能かと。姫様の能力ならば、或いは」

 椿姫のスタンドは、人や物を探し出すことに長けた「導く」能力であることをケンロウは述べた。

「……その椿姫とやらがお前の本体ではないのか」
「仕える主は姫様でございます。しかし、それを命じたのは烏様です」

 スタンドが彼の精神そのものであることを考えても分かるように、その烏という人物は、余程一人娘が可愛いらしいとみえる。形兆は腕を組んだ。

「力を貸す謂れはない」
「お頼み申し上げます。理由が必要とあらば、御礼も用意致しましょう。価値あるものは仏像ひとつ、家宝ゆえにお譲りできませんが、かの逍遥の作がお屋敷にはございます。私から言えばご観覧頂くことができるでしょう」
「知らんな」

 素知らぬ顔で突き放す形兆に、側にいた昊希の方が、その『逍遥』の名に反応する。

「逍遥といえば、平安時代中期以降の踊り念仏師の名だね。庶民の救済を目的としていて、貴族や権力者の類は毛嫌いしていたと伝えられている。彫り師としても名を知られ、念仏を唱える傍ら、仏像を彫り各地を行脚したという。彼の死因は、当時の権力者の仏像依頼を蹴った後、それでも逍遥の仏像を望んだ権力者が逍遥を幽閉したことによる衰弱死だといわれている」
「よくご存知で。それでは、彫った仏像を堂におさめる、ということをしない人であったがために、逍遥の作が殆ど現存していないことも、彼が『誰かに頼まれて彫る』ということをしない人物であったこともご存知でしょう。個人蔵の『逍遥の作』は概ね贋作を意味しまする。しかし、お屋敷にあるものは国宝認定を受けた真作――」
「まさか、『救世観音坐像』!」

 昊希は目を見開く。その瞳はきらきらと輝いていた。

「け、形兆……どれだけお金を積んでもみられない個人蔵の国宝を見せてもらえる機会というのは、本当に貴重なんだよ……」
「お前がその仏像を見たいということはよぉーく分かった。分かったからその手を離せ」

 形兆の上着をつまむようにして引っ張る昊希の手を、形兆は鬱陶しげにトントンと叩いた。昊希は動作も遅く手を離すと、真剣な顔で形兆に問いを投げる。

「なあ形兆、これはごく単純な疑問なんだが。力を貸さず、その椿姫という人を助けないとすると、僕達はどうやってここから出るんだい?」
「その真意は?」
「観音像が見たい」

 なんとも、己の欲望に正直な昊希だった。形兆の目には、色々なものへの諦めが見える。
 兎も角も、そうして二人は、忍者ケンロウの主にして、東軍総長の一人娘・椿姫の奪還に力を貸すこととなった。








「おっと、ここから先は通さんよ」

 そんな台詞を口にしながら、刀を構える浪人風の出で立ちの男の頭には丁髷が乗っている。襲いかかってきた男を、ケンロウは投擲した手裏剣で真っ二つにした。瞬間、ヒトの形をしていたはずのそれが、藁の束に変わる。

「案山子にござるな」
「いつからここは太秦になったんだろう……」

 次々と襲い掛かってくる、浪人風の男達。ケンロウが『案山子』と呼んだ簡易の見張り達は、皆同じ顔をしていた。何がどういう絡繰りか、藁束を元に作られているらしい。『サーフィス(うわっ面)』の木製人形と似たようなものなのだろう。
 時代劇の殺陣のような、ケンロウと案山子達の立ち回りに、時折『極悪中隊』からの援護射撃が飛ぶ。昊希は出来ることもなく観戦に回っていた。
 木々の合間を抜け、道無き道を行き、いよいよ辿り着いた先には古びた御堂があった。

「中から、姫様の気配が致しまする。其の外、複数の気配も。恐らくは西軍の者共でしょう」

 ケンロウは、二人に小声で囁いた。なんとも高性能なセンサーのついた忍者である。
 踏み込む前に、形兆は昊希に声を掛けた。

「後ろは任せる」
「……OK,任された」

 ケンロウ、形兆、昊希の順に並び、いよいよその戸が引き開けられた。
 部屋の中央には、艶ある黒髪を腰ほどまでに垂らした和装の少女。彼女が椿姫だろう。周囲には狐の面をつけた人影が四つある。

「ケンロウ!」
「姫様ッ」
「動くな! 動くと斬る」

 椿姫の一番近くにいた小柄な狐面が、匕首を彼女へ向ける。狐面の言動の陳腐さに、椿姫が人質にとられたにも関わらず、昊希は芝居でもみている気分になった。画面の向こうでありふれた、現実ではなかなかお目にかかれない光景である。
 兎も角も、そうして制止をかけた狐面に、昊希は告げた。

「不思議なことを言うんだね、既に誰もが動けない・・・・のに」

 その言葉で、狐面達は自分達がいつの間にか身動き一つとれなくなっていることに気付いた。言葉だけが、辛うじて発せられる。彼らの足には、床を這うようにして、昊希の足下から伸びたスタンドが触れていた。
 生憎、動きを止めることに関しては、昊希の得意分野なのである。

「さて。――その匕首、僕にくれないか」








 凶器回収により人質も意味をなさなくなり、不利とみえるや、狐面達は逃げ出した。後を追うようなことはない。ケンロウが椿姫に駆け寄る傍ら、昊希は手にした匕首に困ったような顔をする。

「どうしよう銃刀法とか」
「捨てろ」
「えぇ……」

 昊希は迷ったように匕首を見つめた後、己の触れた部分を薄手のハンカチで拭き、それを御堂の壁に立て掛けた。息を吐く姿には、少しの疲労が覗く。あれだけの人数を相手に、昊希が能力を発動するのは初めてだった。

「お二人がケンロウに力を貸してくださったのですね」

 まるい瞳をとろりと細め、椿姫は一歩、昊希らの方へ近付き、深々と頭を下げた。

「貴方方のお力添えに感謝致します。東軍総長が娘、古椿。身の回りの者達からは、椿姫と呼ばれております」
「語尾に『のじゃ』ってついてない」
「黙って話も聞けんのか」
「ごめんなさい」

 形兆に後頭部を掴まれて、昊希は謝り、大人しく口を閉じる。なんというか、幼くも貫禄ある言葉を紡ぎそうなオーラが椿姫にあったのである。
 くすくすと笑った彼女は、「仲が宜しいのですね」とどこか眩しいものを見る表情で二人を見ていた。

「さて、ケンロウ。戦況は」
「姫様が東軍陣営に戻ることで、少しは良くなるでしょう。とはいえ、未だ厳しい状況であることには変わりありません。二条城周辺は西軍の手に落ちました」
「そう、ですか」

 沈んだ表情を見せたのは一瞬。椿姫は決意したように、神妙な顔つきで昊希らに向き合った。

「お二人に、お願いがございます。どうでしょう。こちらに滞在する間だけでも構いません。これからも、私ども東軍に力を貸しては下さいませんか」


「――なるほど、目的はスタンド使いの勧誘か」

 形兆のその一言で、空気が張り詰めた。彼の突き放すような物言いを宥めようとした昊希は、しかし、睨み合う形兆と椿姫を見て引き退る。

「生憎、観光計画は既にこいつが立てている。俺は予定を変える気はない」

 語気こそ荒くなっていないが、形兆の表情は鬼のように険しい。予定を狂わされ、相当気が立っているらしい。
 椿姫の視線が昊希へと移るが、昊希も形兆に同意するように頷いていた。

「ならば仕方ありませんね。残念です」

 椿姫が薄ら微笑むと同時に、御堂に人影が増える。その数八人、中には先程の狐面もいる。彼女の側のケンロウは、苦無を手に戦闘姿勢をとっていた。十対二の構図だ。

「そんな気はしていたけれど、こうなるのか」
「奴らが自作自演だった時点で、分かっていたことだろう」
「あら、お気付きでしたか」

 口元を袖で隠す椿姫に、形兆はフンと鼻を鳴らした。

「その忍者は、この御堂に近付くほど動きが良くなった。そいつの本体が、おそらくこの近くにいるんだろう。ここに来るまでに遭遇した案山子や先程までいた狐面が敵だとすると、その本体は何故ここにいられたのかという話だ」
「ケンロウさんの話が本当で、空間認識に錯覚を起こさせるスタンド使いが敵にいたとすれば、そもそも僕達はケンロウさんを見つけられていないだろうしね。僕達を道に迷わせたスタンド使いは、椿姫さん側だと考えるのが自然だよ」

 述べながら、昊希は肩を落とした。

「やっぱり、仏像はみられないのか……」
「あるのは本当ですよ。こちらに与して頂けるなら、おみせするのも吝かではありません」
「遠慮しておきます」

 じりじりと距離を詰めてくる相手に、スタンドを伸ばそうとする昊希を、形兆は視線で制した。一歩、二歩と後ろずさる形兆に倣って、昊希も退がる。距離を詰めようと更に動いた相手の、その足下が弾けた。

「走れ!」

 形兆に身体を押され、まろびかけながらも昊希は駆け出した。開けっ放しにしていた戸口から飛び出せば、後から出てきた形兆が、『極悪中隊』で御堂にミサイルを撃ち込んでいた。容赦がない。

「文化財を壊すのは感心しないな」
「気にしている場合かッ!」

 それより走れと形兆が怒鳴る。未だ油断ならない状況らしい。来た道を戻る二人だが、途中から見覚えのない山道に変わる。いや、覚えならあった。魔王殿に向かう途中の、あの忍者を見つけるまでの道程だ。昊希が試しに拾った小石を前方へ投げると、後方からその小石が転がってきた。

「なるほど、これが『無限ループって怖くね』というやつか」
「ノンキしてんじゃあねぇぞ」
「焦るよりはいいだろう」

 転がってきた小石を昊希が拾い、また投げようとした途端、がらりと景色が切り替わる。
 二人が立つのは檜舞台。右手奥には三重塔の屋根が見え、左手には木々の合間から音羽の滝が覗く。

「いや、なんでさ」

 清水寺だった。昊希が隣を見れば、形兆が震えている。「清水寺は三日目だろうが」と怒りの滲む声を漏らす彼に、そういう問題だろうかと昊希は首を傾げた。

「まあ少なくとも、他に人がいないところを見るに、実際の清水寺ではないだろう」
「その通りッ!」

 建物の暗がりから、複数の人影が現れる。あの御堂から追ってきたのだろう、爆風の影響を受けたのか煤けた格好をしていた。数は四人と御堂よりも少ない。

「この空間は、私の『プロジェクション』による薄っぺらな幻影だ! しかぁーし! 貴方たちはサチ子のスタンドで、この空間を現実だと錯覚した! 幻影に囚われた貴方たちはもう、ここから永遠に出られないッッ!」
「サチ子って誰だ……」
「俺達を迷わせたスタンド使いだろう。――あいつかッ」

 形兆の視線が四人から外れ、建物の陰に隠れるようにこちらを見ていた女性を捉えた。一人だけ妙に小奇麗な格好の彼女は、形兆の視線に身を竦ませる。

「『極悪中隊』ッ! 射撃よおおい!!」

 形兆の前に乱れなく並ぶ隊列が、一斉に構えの姿勢をとった。他の者達が建物の陰の女性を見る中、形兆から視線を外さない男に、言い知れない不安が昊希の中で湧き上がる。

 形兆が挙げた手を降ろすと同時に、砲撃が飛ぶ。
 同じ頃、形兆に向かって、男が右手を突き出す動作をする。男の背後にスタンド像が見えた瞬間、昊希はほぼ反射的に形兆に飛び付き、そのまま共に転がるように清水の舞台を飛び降りた。
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