話「古椿」



 祇王寺からの移動中。未だに険しい顔で、周囲を警戒する形兆をしげしげと見つめる椿姫は、昨日とは異なりセーラー服という出で立ちだった。こうしていると、普通の女の子に見えるな、などと思いながら、昊希は彼女に声を掛ける。

「格好いいだろう、自慢の友人なんだ」
「えっ、……ッああぁ」

 自身が形兆を見つめていたことに気付いたのだろう。赤面する椿姫は可愛らしい。一方、昊希は己の発言で形兆に殴られていた。褒めたというのに殴られるとは、理不尽である。
 昨日の件があるにも関わらず、椿姫に向けられる彼の笑みは眩い。椿姫は昊希との会話で、既にその笑みが、「仏像楽しみだなあ」くらいにしか意味のないものだと知っていたが。椿姫は仏像見学引き換え券なのである。

 こうして窮地に陥った先で、奇跡的な偶然で遭遇した彼らに、椿姫は助けられた。
 昨日己が害した相手である。彼らに対する罪悪感と、拘束を解かれたことによる安心感で泣きついた椿姫に、昊希は安心させるように椿姫の背を撫で――前置きも何もかもをすっ飛ばして、仏像見学の話を切り出してきた。犬まっしぐら、餌に食いつく鯉のようであった。
 なんというかもう台無しである。椿姫は彼らに恩こそ感じていたが、純な心を裏切られたような気がしていた。

 形兆に関しては、椿姫に無関心。昊希に巻き込まれたことが丸わかりであった。この二人、下手に取り繕った相手より分かりやすいといえば、分かりやすくていいのかもしれないが。椿姫の乙女心は酷く傷付くことになった。


「そういえば、昨日の爆発。怪我はなかった?」
「ケンロウが庇ってくれましたし、それに、建物に移った火もすぐ消せましたから」

 この人に心配する心があったのか、と軽く衝撃を受けながら、椿姫は答える。余談だが、「ケンロウ」が忍者の名だと昊希が気付くまでには数秒の間があった。
 あの爆発の割に、椿姫を含め、御堂にいた者のうちに重傷者は出ていない。そのことを話すと、昊希は少し考える節を見せた。

「彼、建物を倒壊させられるだけの爆発は起こせたはずなんだよね」

 椿姫が顔を青くする。昊希は目を細めた。
 前世の彼は、敵対した相手には容赦のない印象があった。まるで、そう在らなくてはならないと、自分に課すように。その必要が、ないからだろうか。いい変化なのだろうと、昊希は思う。
 叶うならば、穏やかさの中で、癒されてほしいと思うものがあった。風化してしまえと思うものがあった。訝しむ形兆に、昊希は何でもないと首を振り、遠くに見える京都御所に視線をやった。








 離れていく京都を、名残惜しそうに眺める昊希。一方、早く離れたい形兆は、正気を疑うような目で、そんな彼を見ていた。

「楽しかったね」

 昊希の口から零れ出た言葉に、形兆は耳を疑う。形兆の中には、厄介ごとの記憶しかないのだが。アレが楽しかったとでもいうのだろうか。
 ――いや、だが。旅を振り返れば、全てが全て、「楽しくなかった」というわけでもなかった。

「また旅行にいくとしたら、今度はどこにしようか」
「まだ帰ってもないのに、次の話か」

 形兆の口元が緩む。一瞬、目を見張った昊希は、すぐに満面の笑みを浮かべて、次の旅先の提案を始めた。
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