4部生存ルート



 矢をつがえた形兆に、しかし彼は少し困ったように眉を下げただけで、逃げようとはしなかった。正面から放たれた弓矢は、鈍い音を立てて彼の胸部に突き刺さる。

 心臓を貫かれている筈の彼は、呻き声を殺すと、まるで獣のように歯をむき出しにして、好戦的な笑みを浮かべた。
 いつだって、どこか一歩引いたところにいた彼の澄ました顔からは、想像もつかないその笑みに、形兆が警戒を強める。

 噎せるように彼が血を吐いたと同時に、矢が床へと落ちる。血に濡れた服から覗く、彼の胸部には傷ひとつない。それを確かめるように、彼は自身の胸元に触れると、一言、「なるほど」と呟いた。
 その瞬間、まるで憑き物がとれたかのように、彼の表情から険がとれる。そこにいるのは、いつもの――あまりにいつも通り過ぎる、彼の姿だ。先程までの、獣のような彼は影かたちもない。
 兎も角も、形兆は矢の選別に生き残った彼に、祝福を述べる。

「生きてたな、おめでとう」
「死んだよ!」

 変なことを言う奴だ。まあ、彼が変なのは今に始まったことではない。そのことは形兆も知っているし、それなりに慣れている。
 唇を尖らせた彼は、すぐに妙案を思いついたとでもいうような顔をした。……嫌な予感がする。形兆は身構えようとして――自身の身体が動かないことに気が付いた。
 形兆の足下には、いつの間にか彼から伸ばされたスタンドがある。してやられた、というわけだ。
 形兆は彼を睨みつけるが、彼は全く堪えていない様子で、笑みを浮かべる。そうして、まるで気軽な頼みごとでもするかのように、彼はそれを述べたのだ。


「なあ形兆、『お願い』があるんだ。――その弓と矢を、僕にくれないか?」








 目を覚ました昊希の視界に入ったのは、知らない天井だった。白いシーツの敷かれたベッドは少し硬めで、側の水色のカーテン共々、見慣れないものだ。
 ――保健室、いや、病院か。

 ぼんやりとした頭で、自分がこうなる前のことを思い出す。
 あれは、形兆にスタンドの矢で射抜かれた日から数日後のことだった。

「……再会して、即ミサイル爆撃って酷くないか」

 いや、原因を作ったのは昊希だったのだが。スタンドに目覚め、直感的にその能力を理解した昊希が、まずはじめにしたのが、形兆から弓と矢を奪うことだった。
 彼が命を落とす切っ掛けだと、思っていたからかもしれない。一刻も早く手放させなければならないと思った。その前に、昊希の命の方が、危険に脅かされることになったが。
 そもそも、自分は何故生かされているのだろうと昊希は首を傾げる。怪我の原因も、その規模こそ抑えめだが、そうそうある物ではない火薬の絡むものだ。刑事事件になりそうなものだったが、それらしい人物は見られず、それどころか、見える場所に医者や看護師の姿がない。
 考えても分からず、すぐさま答えを出すことを諦めた昊希は、点滴のうたれている腕を動かし、ナースコールを押した。




 昊希は道端で、塀を背にして血塗れで倒れていたところを、巡回中だった仗助の祖父に発見され、病院に運ばれたらしい。怪我は爆風で身体を打ち付けたものが多く、それらは投げ技を食らうなり体当たりを受けたと判断され、火傷は花火か何かが原因だと予想が立てられていた。……まあ、スタンドによる小型のミサイル射撃だと、この怪我の状態から気付けという方が難しい。
 この件は、どうにも昊希が、タチの悪い不良に絡まれたという形で片付けられるらしかった。あながち間違いでもない気がする。取り敢えず、その不良については「顔も覚えていない」で通しておいた。

 入院は、検査も含めて半月ほどになるらしかった。仗助の力を借りれば、今すぐにでも治療可能なのだろうが、あまり急に治るような真似をして、形兆の警戒を誘うのは望ましくない。
 殺さなかったということは、形兆が昊希の能力に、何らかの利用価値を見出したということだろう。その彼が、昊希に傷を負わせたということは、形兆は今、昊希に行動されることを望んでいないということだ。弓と矢を、何処かへ持ち運ばれることを危惧したのかもしれない。


 ――その形兆はというと、平然と昊希の見舞いに来ていたりするのだが。
 形兆の手の中では、昊希の母が見舞いに持ってきた林檎が、手際よく切り分けられ、シャクシャクと剥かれている。ウサギに飾り切りされているのは、彼が弟に林檎を剥いてやる時の癖か何かなのだろうか。うさぎりんご。昊希はほっこりしてしまった。

「それで、弓と矢は何処へやった」

 林檎を咥えた昊希に、核心に切り込むように形兆は問う。すっかり見舞いに来られたつもりで、彼の本来目的とするところを忘れかけていた昊希は、数度瞬きしてからそれを思い出し、合点した。

「退院したら教えるよ。……半月くらい、休んでいいだろう」

 口の中の林檎を咀嚼してから、昊希はそう告げた。形兆の顔に険しさが増す。

「さっさと場所を言え」

 スタンドを出し、暗に実力行使も厭わないことを示した形兆に、昊希は口元を緩ませた。

「……ふふ」
「何を笑っているッ!」
「いや、青春してる気分になってね。喧嘩なんて、今生初めてだ」

 激昂して襟首を掴む形兆に、昊希はナースコールを握る手を見せる。だが、形兆も譲れない様子で、昊希に迫った。

「あれはてめえが持ってていいもんじゃねぇ!」
「じゃあ、君なら持ってていいのかい?」

 言葉に詰まった形兆に、昊希はほのりと笑って告げた。

「皿まで食らう覚悟はしたよ。だから、僕を巻き込んではくれないか」

 襟首から手を離され、昊希に聞こえてきたのは舌打ちだ。一瞬浮かべた苦々しい表情を、すぐに隠した形兆は、昊希に何も告げぬまま、病室を出て行ってしまった。
 なるほど、振られてしまったらしい。そのことを理解した昊希は、ゆっくりと息を吐く。

「……きつい」

 誰かといがみ合うというのは、なかなかにエネルギーを使うらしい。気付かぬうちに緊張していた胃が、一気に弛緩したためか、今は調子の悪さを訴えていた。
 昊希の視界に入るのは、皿に残ったうさぎの林檎たち。正直今の胃に何かをいれるのは、胃の負担にしかならなさそうなのだが、このままにもしておきたくなくて、昊希は黙々と林檎を口に運びはじめた。




「誰にやられたんスか」

 病室に訪れ、開口一番に仗助が昊希に尋ねたのがそれだった。いつもなら、先に怪我の状態を心配するであろうところを、彼にしては珍しいことだと、昊希は僅かに首をかしげる。仗助はそんな昊希に、呆れの混じる顔色で、さも当然というように告げた。

「覚えてないなんて嘘でしょう。コーキさん、こういうとこちゃっかりしてますもん」
「……おおう」

 しっかりバレていた。

「俺、怒ってるんスよ」

 昊希の目には、しょげているように見えたが、それは口にしない。その頭をかいぐり撫で回したい気持ちは、彼の髪型で断念する他なかった。無念だ。

「僕のこれは、自業自得みたいなところがあるからね」
「怪我させた方が悪いに決まってんじゃないっすか!」

 仗助の言葉に、眩しさとおそろしさを覚え、昊希は身を竦める。心配してくれるのは昊希としても嬉しいが、怪我をさせられるまでの己の行動が、胸を張れるものではなかったのも確かで、どうにも後ろめたい。弓と矢を、スタンド能力で無理矢理譲渡させたのだ。窃盗と言い換えてもいい。普通に昊希が悪かった。
 クレイジー・ダイヤモンドを出す彼に、昊希は実際のビジョンを見るのは初めてだ、なんて思いながら、怪我を治すのは待ってほしいことを告げる。仗助の祖父も、昊希のこの状態を知っているのだ。急に治れば、不審に思われるに違いない。
 仗助は目を見張った後、渋々といった様子で頷いた。








「あの、承太郎さん」

 仗助は数日前に顔を初めて合わせた、歳上の甥に、彼と出会ってからずっと気になっていたことを尋ねた。

「スタンドはスタンド使いにしか見えないって、ホントっすか」
「基本的にはそうなるな。稀に、スタンド使いの素質を持つ者が、能力に目覚める前から見えていることもあるらしいが。……どうかしたか」
「やー、その……この間、知り合いに見えてたみたいだったんで、気になって。今まで、目の前でスタンドを使う機会は何度もあったんスけど、この前はこっちが能力を使うって伝える前に、スタンドに気付いたみたいで止められて」
「仗助」

 半ば言葉を遮るように、承太郎が仗助に呼び掛ける。その瞳は鋭い。

「其奴のことを詳しく話せ」




 明後日に退院を控えた昊希を訪ね、病室に現れた人物に、昊希は「案外遅かったな」などという感想を抱きつつ、にこやかにその人物を迎え入れた。

「空条承太郎さんですね。仗助君から、お話はかねがね聞いています」

 昊希の居るベッドの側までやってきた承太郎は、ただそこに居るだけで威圧感がある。その服の色では、周りの壁の白さから埋もれてしまいそうなものを。

「何故、私が空条承太郎だと分かった」
「知らない人が、訪れるとすれば貴方かと。仗助君にも、よく似た顔立ちをしてらっしゃいますし。
 申し遅れました、棚夏昊希といいます。どうぞよろしく」

 握手を求める昊希の右手を、承太郎は握り返す。その手の大きさに、昊希は少しだけ驚いた。仗助も身体のパーツは大きいが、やはりあれは成長途中なのか。節の太い指は、いかにも男の手といった印象である。
 昊希が変なところで感心していると、承太郎は側にあった椅子に腰掛け、ベッドの上の昊希と目線を合わせた。

「単刀直入に訊こう。君が片桐安十郎をスタンドの矢で射抜いたスタンド使いか」
「――えっ?」
「ん?」

 何か盛大な勘違いを予感して、昊希は冷や汗を垂らす。承太郎が昊希を訪ねてくるとすれば、仗助の話から、昊希がスタンドの矢に射抜かれたと推測し、その射抜いてきた人物について尋ねる時だと予想していたのだが。謎の等号が変な位置についていないか。
 だが、昊希のこの反応で、その等号も取り払われたらしく、承太郎は何かに納得するように「成程」と頷いた。なお、目の前で理解力Aを発揮された昊希は、何が成程なのかさっぱりわからない。

「君が現在の弓と矢の持ち主か」

 昊希の目が驚愕に見開かれた。承太郎はどうやら、先程のやりとりで、弓と矢の所持者が昊希へと移り変わった――つまり、元の持ち主がいるという事実に辿り着いたらしい。彼の頭の中では、その元の持ち主が片桐安十郎を射抜いた人物として式が立てられていることだろう。正解である。
 昊希としては、現在自身が弓と矢を所持していることは隠す気でいたのだが、承太郎にはどうやらばっちりお見通しだったらしい。これを否定したところで、どうにもならないのだろう。自分には、策謀が向かないことを理解した昊希は、素直に訊いてしまうことにした。

「どこまでご存知なんですか」

 その言葉は、昊希が弓と矢の所持者であることを認めると同義だ。承太郎は口角を上げ、狙いを定めたように昊希を見た。

「その話をする前に、てめえの知ってることを吐いてもらおうか」




 承太郎の凄みに押されつつ、昊希は半月程前にスタンドの矢に射抜かれスタンド使いになったこと、その際に相手から弓と矢を奪ったことを明かす。その相手については「義理があるので言えない」で押し通したが。
 流石の承太郎も、治りかけの怪我人を殴るほどの非情ではなかったらしく、頭を下げる昊希に渋い顔をしながらも、昊希が素直に弓と矢を渡すと聞いて、それ以上の追及をやめた。なお、それで弓と矢の元の持ち主についての調査が止められるわけではなく、それについては昊希も納得していたが。
 昊希のこの態度で、昊希の入院理由となった人物が、その元持ち主であることも知られただろう。つくづく、物事は昊希の考えたように進まない。
 ひとしきり話した昊希に、口調が若干マイルドに戻った承太郎は一つ訊ねた。

「『スタンド』という名称については、元の持ち主から聞いたのか」
「そんなところです」

 前世がどうといった話より、余程納得のいく理由である。都合のいい誤解を訂正しないことに決めた昊希は、後ろめたさから零れそうになる謝罪の言葉を飲み下した。代わりに、さり気なく話題を変える。

「ところで、何故僕が弓と矢の所持者だと気付かれたんですか」
「ああ。春休みの終わり頃と言っていたから、今から半月程前になるか。君が弓と矢を持って走る姿を、康…とある高校生が見ていた」

 康一くん、と言いかけたに違いない。フラグ回収率の高さに慄きつつも、昊希は妙に納得してしまう。あの時の昊希は人通りを避け、なるべく人に見られないようにしていたはずなのだが、彼になら目撃されても仕方ないような気がするから不思議だ。

「その弓と矢は、一体どうしているんだ」
「フードプロセッサーにかけて、お好み焼きの具にして食べました」

 もちろん嘘だが。正気を疑うような目で見る彼は、まさかこれを本当だと思っているのではあるまいか。
 すぐに「冗談ですよ」と付け加えると、少しの安堵と、昊希を責めるような目をする。悪気はなかったのだが。

「ずっと手許に置いておくのも不安で、人のあまり来ない場所に隠してあるんです」

 口を動かしつつ、昊希は天井を見上げる。まだ空は明るく、電気も付けていない。コンセントはベッドの背の部分で、今は昊希の背で隠れていることだろう。

「この町にある、もう使われていない送電鉄塔といえば伝わるでしょうか。その塔の北側の柱の側に埋めてあります。少し掘り返したところの、赤いケースはダミーで、本命の銀のケースは地中奥深くです」

 昊希はそうして大嘘を吐きながら、側にあったクラゲの模様のあしらわれた便箋に、さらさらとシャープペンシルを走らせる。

<盗聴されている可能性があるので、筆談で失礼しますね。
 弓と矢は、僕の部屋から見つかったことと思います。鏃を今お渡ししてもいいですか?>

「……やれやれだぜ」






・この後の流れ
仕事帰りの東方巡査がお見舞いにきて、着信音の鳴る携帯をその場でとろうとしていた承太郎を病室もとい病院から追い出す。電話はきっと仗助からのアンジェロを捕まえたという連絡。
昊希君退院後、弓と矢が承太郎の手に渡ったことをニキが知ってキレたのを、どぅどぅ宥めて、財団の伝手使わせてもらって父親治せそうなスタンド使い捜そうぜって流れになればはっぴーなのでは…?
ニキは納得しないでしょうし、そこは互いの主張の喧嘩です。尚、昊希君は事前に仗助を巻き込み、承太郎にお願いしに行った模様。

スタンド使いが子供化してスタンド習得前に戻るなら、親父殿が子供化して肉の芽暴走前に戻らないかな。
そういうわけで、虹村父に関しては、アレッシーぱいせんのスタンドでどうにかしてくださいっす!




・ニキとの喧嘩
ニキの主張…今更、父親を助ける道を選ぶには、人を殺しすぎている。
昊希の主張…そんなことは、知ったことじゃない。これからもニキと何でも無い時間を過ごしたい。

承太郎の意見…報いは受けるべきだろうが、ニキにも同情の余地がある。

着地点
財団によるニキの身柄の一時拘束、問題がないと判断されればその時点で解放。その後は財団を通して、ニキがスタンド被害のフォローに回るような形で、一定期間協力。昊希君はそれにくっついていくよ


・多分あったやりとり
「僕はこれからも君と、何でもない時間が過ごしたい。あと形兆の作るご飯が食べたい」
「ころすぞ」

怒ってる人の前で茶化すようなことを言ってはいけない(戒め)
尚、昊希君は本気かつ真剣だった模様。


・れっちり
形兆を監視していたこともあって、昊希が弓と矢を所持していることは知っていた。
多分承太郎さんが無敵のスター・プラチナでなんとかしてくれる。


・筆談内容、弓と矢は部屋から見つかった云々
見舞いに来る前に、一通り自分については調査されているであろうという判断で、スタンドの矢を最優先するであろう承太郎ならば、先に昊希の部屋を改めるくらいはするだろうという昊希君の考えから出てきた言葉。尚、実際は仗助の強い反対もあって、部屋には入られていなかった模様。言い掛かり、被害妄想というやつである。
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