せんたく日和
従業員が寝泊りしている2つのフロアにはそれぞれ洗濯場がある。
一見するとコインランドリーのようなそこに何台か設置された洗濯機は誰でも自由に使用することができて、ほぼ全員が自分の衣服の洗濯に使用している。
溜まってからでいいや、と洗濯物を沢山ためていると、その情報をどうにかして入手したねねが勝手に部屋に侵入し、勝手に洗濯物を拝借し、洗濯を済ませてきっちりアイロンもかけて綺麗に畳んだ状態でベッドの上に置かれていることがあるようだが…それについては一部の従業員が嫌がっているらしい。
そうならないためにもこまめな洗濯が必要みたいだ。
伊智子も例に倣い、2,3日分の洗濯物をカゴにつめて洗濯場へやってきた。
洗うものと言えば、下着を含む肌着とワイシャツ、パジャマ代わりのTシャツなどなど数少ないものなので、数日分といえど量はそれほど多くない。仕事用のスーツは一着しかないし、普段は消臭剤をかけるだけで済んでいる。
カゴを軽々と持ち上げて、丁度空いていた洗濯機に洗濯物をつめこむ。
洗剤や柔軟剤は従業員なら誰でも使用可能の備え付けのものがあるので、有難くそれを使用させてもらう。
ちなみに、この洗剤類はねねが用意してくれているのだけれど、たまにものすごいフローラルなものが用意されていることがあるらしい。(多分在庫処分とかで安売りされているもの)
今あるものがなくならないと新しく補充されないため、従業員は必死に洗剤を消費するのだが、その時だけ皆の衣服や布団、タオル類の備品に至るまで、ビル全体をとても華やかな香りが包み込むという事態が起こった…らしい。
ここで働いている人でお花の香りが似合いそうな人なんてそうそういないよな…かわいそうに。と思いつつ。
【さわやかなミントグリーンの香り(香りひかえめタイプ)】を一粒いれて、無香料の柔軟剤を手にとったところで、洗濯場ののれんがひらりと舞い、新たな人物の来訪を知らせた。
「…失礼する」
「あ、于禁さん。おはようございます」
「伊智子か。おはよう」
伊智子と同じように洗濯カゴをかかえて現れたのはクリニックの黒服、于禁だった。
時刻はまだ午前10時前。始業時間にはまだまだ時間があるため、いつも頭のてっぺんからつま先まできちんと身だしなみを整えている于禁も今はなんだかとてもラフだ。今起きたのだろうか。
やはり共同生活をしていると、勤務時間とは違う姿が見られてなんだか面白い。そんなことを思いながら、伊智子はぺこりと頭を下げた。
軽く礼を返した于禁は、唯一空いていた洗濯機を使用するため、伊智子の隣へと歩いてきた。
そのまま洗濯物をつめ、洗剤を入れようとした手が――止まった。
隣で洗濯機のスイッチをいれていた伊智子は何ごとかと思い于禁の手元を覗き込む。
「どうしました?」
「…伊智子。良ければ、そちらの洗剤を使わせてくれ」
そう言う于禁の手元には、何故か残っていたらしい【おひさまとフローラルの香り】…うん、フローラルが似合わない人がここにも一人。
伊智子は苦笑いして洗剤を渡す。次に洗濯するときは積極的にフローラルを使おう。
伊智子は洗い動作の始まった洗濯機から離れ、洗濯場の中心に設置されたベンチに腰をかけた。
表示時間は「30分」。この時間じゃ戻っても仕方ないし、ここでボーッとしていこう。
「…于禁さん、朝はそんな格好なんですね」
目の前に立つ于禁になんとなく声をかける。すると、于禁が上半身をひねって肩ごしにこちらを向いた。
その格好と言えば、ラフで柔らかそうな服装に足元はつっかけ。(サンダルともいう)髪の毛も所々ハネている。
「…どういう意味だ?」
「えっと…于禁さんって、いつも髪の毛から靴まで完璧なので、なんか意外だなと思いまして」
そう言って于禁を見上げる伊智子。
洗濯機の設定が終わったのか、于禁も伊智子のそばへと歩き、隣へ腰を下ろした。
「勤務中は当たり前だ。…そうでない奴もいるがな」
「…あぁ…」
なによりも規則を遵守する于禁さんが苦々しげにそう言った理由となる人物を頭に思い浮かべる。
「甘寧さんとか結構着崩してますよね。似合ってるし、カッコイイですけど」
「…あれではただのチンピラだ」
「ぶっ!!ち、ちんぴら…」
于禁さんの発言にこらえきれなかった笑いがこぼれた。
ここに甘寧さんがいなくて良かった。いたら絶対にこめかみをグリグリされていたに違いない。
「私…ここに勤めるってなった時。契約書…とか色々見せてもらいましたけど、身だしなみについての規則って見たことないかも。…ありましたっけ?」
悩む仕草をして問えば、于禁は静かに首を振る。
「基本的にはない。最低限の清潔感があれば服装、髪型は問わないことになっている」
なるほど。
確かに、ツッパリ頭やロン毛が許されるならそうだろうなと思う。
于禁も他の従業員の服装や髪型について思うところはあるが、「一応」規則ではないため口をださないのだろうと思った。
ここで伊智子は一番気になっていたことを于禁に問いただしてみた。
「…あの〜、于禁さんから見て私は大丈夫ですか!?」
「う…うむ…?」
急に詰め寄られた于禁は若干身を引きながら、それでも伊智子を上から下まで(戸惑いつつも)見た。
「げ、厳罰対象ですか!?石田さんからはいつも口うるさく言われるんですけど…」
顔を合わすたびに難癖をつけて頭をはたかれるのだ。
普段はおとなしく従っているが、ここで于禁からのお墨付きを頂ければ当面は怖いものなしのはず…!
「石田殿はわからんが…私からは…そうだな。特に言うことはない」
「本当ですか?」
念を押すような伊智子に于禁は軽く笑う。
「…本当だ。よくがんばっている」
そう言って、于禁は控えめに伊智子の頭を撫でた。
「うへ。ありがとうございます。これからも頑張ります」
「気の抜けた声を出すな」
「へへ。嬉しいからついでちゃいました。すみません」
すこし照れたような于禁と、のんきに嬉しがる伊智子。
そんなやりとりをしていると、洗濯機が軽快なメロディを奏でた。洗濯終了の合図だ。
于禁は「終わったようだな」と立ち上がり、洗濯機から洗濯物を取り出した。伊智子もそれに続く。
お互いあまり中身の入っていないカゴを持ち、洗濯場から出る。于禁の部屋は洗濯場を出てすぐ正面だ。
「天気が良かったら屋上に干したかったんですけどねえ」
「昼から雨の予報がでている。諦めることだな」
「そうします。では、于禁さん、またあとで」
「うむ」
そう言って、于禁は部屋へと入っていった。
伊智子はそのまま自室へ戻り、部屋に備え付けのハンガーを用意した。さっそく洗いたての洗濯物を干そう!と服を取り出し、丹念に叩いてハンガーにかけるところで…はたと気づく。顔がみるみるうちに真っ青になっていく。
「こ…こっ、これっ」
手にとっていたのは、およそ伊智子が一生身に着けることはないであろう、男物の下着だった。
(于禁さんのパンツ!!)
どうやら洗濯物を取り違えてしまったらしい。ぺちゃくちゃと話しをしていたせいで…なんてこった。
于禁も伊智子も、洗濯物の色が白や黒、灰色や紺など落ち着いた色が多かったため気づかなかったのだろう。
ということは、今ごろ于禁の部屋には伊智子の洗濯物が…マズい!!
伊智子は大慌てで于禁の部屋をノックするのであった。
(于禁さんっっごめんなさーーい!!)
部屋には洗濯物をどうしていいかわからず硬直する于禁がいた。本当にスミマセン。
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