階段でうずくまる君


黒服の仕事っていうのは、思ったよりもとても多い。

患者を医師までエスコートすること、注文されたフードやスイーツ、ドリンク(アルコールもある)の調理、配膳、片付け、終了時間の通達、お会計、再び出口までのエスコート。
それに加えホールのそうじ、迷惑客がいたときの対処。医師や他の患者に危害がないようにしなければならない。

その他書ききれないくらい仕事があるが、ここでは割愛する。

そのくらい黒服は覚えることがたくさんで――大変なんだ!


「…そうなんだ」

「いやいやいや、そうなんだよ。ホント、いい客ばかりじゃないしさ」


なんてことを、伊智子は休憩室奥の階段に座りながら聞いていた。

ふんふんと頷きながら話を聞く伊智子の隣には、少し小柄な――でも、筋肉はしっかりついた青年が座っていた。
彼の名前は夏候覇。このクリニックの黒服だ。小柄な見た目と相反してとても力持ちで、伊智子は何回お世話になったかわからない。

それに、入社時期が伊智子が入った少し前ときた。
お互いに親近感が湧いたこともあり、顔を合わすと軽い話しをして笑いあう関係にあった。
夏候覇の屈託のない性格もあり、お互い敬語なしで、という気遣いも伊智子には嬉しかった。


そんな二人がなぜ今一緒にいるかと言うと。
洗濯物も干し終わった伊智子は、朝礼まで時間があるしなあ…とぷらぷらしてたら、階段にうずくまっていた夏候覇につかまった。

「…伊智子。聞いてくれよ」
なんて具合に。

どうやら先日の仕事でちょっとしたヘマをしてしまったらしい。
その目尻にはうっすら涙が浮かんでいた。

伊智子はつい「私のほうがたくさん怒られててダメダメだよ!だからファイト」的なことを言いそうになったが、そんなの当たり前だし、新人にこんな雑ななぐさめはされたくないだろう。
そう思い、伊智子は黙って夏候覇の隣に腰掛けた。

「張遼殿ってばさ、部下がミスするとすげえ怖いんだ。普段は顔が怖いだけの厳しい人って感じなんだけど…まあ、当たり前だけどさ」

「わかる…石田さんも小十郎さんも蘭丸さんも、私がミスしたら鬼になる…」

思い出してぶるりと震える。夏候覇はそれを聞いてほんの少し元気になったようだ。


「だよな?やっぱり…。怒ってくれるのは俺のため、ひいてはこのクリニックのためってわかってるんだけどな」

「うん…自分が悪いのはわかるんだけど…」

「あんなにがみがみ言わなくたって…いいのにな…」

「わ…わかる……」

あれ?おかしいな…なんか…涙が…

夏候覇はひときわ大きいため息をついた。


「はあ〜〜……、夜の下ごしらえ…マジ今から憂鬱だよ」


どうやら罰として、夜に使用する食材の下ごしらえを全てまかされてしまったそうなのだ。
夏候覇の顔色から察するに、とんでもない量なのだろう。
どんよりオーラを発する夏候覇の背中に手を添える。かわいそうで見てられない。

「…よかったら私、なんか手伝う?」

「……本当か!?」

夏候覇の顔色がパッと明るくなった。

「うん。外来受付まで大分時間があるし。朝礼終わったらでよければ」

「いやいやいや!勿論だよ!ありがとう、伊智子!」

「力になれるかどうか分からないけど…とりあえず、石田さんに言ってくるね」


「おう!よろしくなーー!」


ぶんぶんと手を振る夏候覇を残し、三成に許可を得ようと腰を上げようとした、その時。



「…階段をふさがないでもらえます?邪魔なんですが」



突如頭上から声がした。それもひどく不機嫌そうな。

するとそこには、明るくて少しくせのある髪の毛を指でくるくるとあそばせた美青年が立っていた。
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