みんなで買い物


アルバイト組の集まりは今週の土曜日。
その日の仕事が終わり次第、李典の家に集まることになっている。

幸運にも土曜日が休日の伊智子は、同じくその日が休日の張苞、関興、景勝、朱然と共に少し早めに集まって買出しと準備を担当することになった。

仕事以外で皆と顔を合わすのは始めてかもしれない。
伊智子はとてもワクワクした気持ちで数日を過ごしていった。






そしてやっときた土曜日の夜。

夜8時頃にビルを出た伊智子は、待ち合わせ場所として李典の住むアパートがある駅で皆を待っていた。
もう既に皆着いてると思っていたが、どうやら誰も来ていないらしい。
指定された場所で道行く人々をぼうっと眺めていると、ポンと後ろから肩を叩かれて振り向く。


「みなさん」
「よっ、お疲れ。遅れてごめんな。早速だけど行こうぜ」


申し訳なさそうに言う張苞の後ろには朱然、景勝の2人が少し疲れた様子で立っていた。
伊智子は張苞の言葉にはい、と頷き、一行に加わる。

「今から近くのスーパーいくんだ。伊智子、喰いたいものがあったら今のうちに考えておけよ」
「は〜い」
「てか本当、遅れてごめんな。待っただろ?」

隣を歩く張苞がもう一度謝ってきた。
確かに待ったけど、ひどい待ちぼうけを受けたわけでもないし、別に全く気にしてない。
伊智子はふるふると頭を横に振った。

「全然待ってませんよ」
「関興のせいだよ。アイツ、いくら電話かけても出やしねえんだ」

一人先頭を歩いていた朱然がパッと振り向いて少し怒ったように言った。

「…あ、そういえば、関興さんも一緒に準備するはずでしたよね」
「うむ。わしら3人で先に集まっていたので、関興を連れてから来ようと思っていたのだが…」
「あいつ、ぜってえ寝てやがる。それか予定すっぽかした上にスマホの電源切らしてるか…」

反対隣を歩く景勝が頷きながらそう言い、張苞も困ったようにため息を吐いた。
張苞の様子を見る限り、このようなことは初めてではなさそうだ。

クリニックでも大分マイペースな関興は、プライベートでもその威力を発揮しているようだった。

その時、伊智子はあることを思い出して前を歩く朱然の背中に話しかけた。



「ねえ、朱然さん。陸遜さんは?」

「陸遜?」


朱然は振り返ると、きょとんとした顔で伊智子を見つめた。

「朱然さんって、いつも陸遜さんと一緒のイメージがありましたけど。今日は一緒ではないんですね。事務の皆さんって大体この時間退勤してますよね?」
「あ〜。なんか抜けられない家の集まりがあるって。あいつ、お坊ちゃんだからなぁ」
「えっ、そうなんですか。じゃあ、今日は来られないんですか?」

思いがけない陸遜の事情に、伊智子は思わず驚愕の声を上げた。
両隣の二人が動じてないところを見ると、割と皆が知っていることなのかもしれない。

「いや、その集まりが終わってから来れたら来るって言ってたけど」
「へえ…」
「まっ、俺がいるからいいじゃん!行こうぜ!」
「えぇ…」

「なんで朱然がいるからいいってことになるんだよ」
「朱然も相変わらずだ…」

会社帰りの社会人の流れに紛れ、4人はこうこうと明かりのついたスーパーへ足を踏み入れた。
閉店間近の店内は少しの客がいるだけで、心なしかがらんとしているようだった。

「よっしゃ、とりあえず酒だ、酒!景勝、行こうぜ」
「うむ、任せておけ」

「あっ、ちょっと、二人とも…」

伊智子と張苞がカートを用意しているうちに朱然と景勝がお酒コーナーへと駆け出していってしまった。
気付いたときには既に手遅れで、止めようと伸ばした手は空を切る。

朱然だけでなく、景勝まで行ってしまうなんて。
お酒が絡むとこうなってしまうのだろうか。
困った顔で張苞を見ると、あきれ返ったような顔で力なく首を横に振っていた。

「はあ…酒は重いから最後に見てえのに。馬鹿かあいつら」
「ま、まあまあ張苞さん、とりあえずついていきましょう」

上下にカゴを設置したカートを押した張苞の後ろをついていく。
やがて、楽しげな店内BGMをかきけす勢いでお酒コーナーを物色している朱然と景勝の姿が見えた。
ケース売りの棚からビールケースを何箱も担ぎ出している姿を見て伊智子と張苞は思わずサッと顔を背けたくなったが、これ以上好き放題されては困ると思い、二人に近づいた。


「ビールはこんなもんでいいかな。あとはワインだろ、それから…」
「日本酒もこの一升瓶を買おう。焼酎も何本か…」

「おい、待て待て待て待て!そんなに飲む奴いねえから!」

まさかこの店の酒を買い占めるんじゃないだろうか。
あせった張苞が二人を止めると、朱然は勢いよく振り返った。


「馬っ鹿何言ってんだ!ここにいんだろ!!」


朱然は隣に立つ景勝の背中をバシンと叩いて言った。


「うむ。越後一の酒蔵で軍神に鍛えられた肝臓だ。心配には及ばぬ」

「いや別に心配してるわけじゃねえよ…」

がっくりと肩を落とす張苞と、何故か誇らしげに自身の胸を叩く景勝。どうやら相当酒には自信があるようだ。
そういえば前、景勝と景虎は毎日お酒を呑んでいるとかいう話を聞いた覚えがある。

それにしても、二人の前に積み上げられた酒の量は尋常じゃない。
未成年で、酒には詳しくない伊智子でも少しおかしいなと思うほど。

「あの〜、そんなに買って…帰りに持って行けるんですか?」

「当たり前だろ、全部持つよ。景勝が」
「うむ。任せておけ」

「…もう知らねえ。伊智子、こいつらはほっとこうぜ。俺達は喰いモン見に行こう」
「えっ、はい」

あきれ返った様子の張苞は、お酒コーナーで再び物色を始めた二人にとうとう背中を向ける。
ガラガラとカートを押す張苞の後ろを伊智子は追いかけていった。




張苞と食品売り場に進んだ伊智子は、きょろきょろと周りを見渡した。
閉店間際のため、生鮮食品の棚は少し品揃えが悪いように見える。
その中でも良さそうなものを選び、張苞はぽいぽいとカートにいれていく。

「伊智子、何が喰いたい?」
「え?」

野菜を物色していた張苞が、伊智子のほうを向いてにこっと笑った。

「喰いたいもん、考えておけって言っただろ。何かないのか?」
「え〜…」
「そんな深く考えるなよ。あ、難しすぎるのはナシな。時間がかかりすぎるのもダメ」


「え、う〜ん…私、皆さんと集まれるのが楽しみで、それしか考えてなかった!ご飯なんて、全然考えつきません!どうしよう、張苞さん」

そう言うと、張苞はくりくりした目を見開いて伊智子をじっと見つめた。

「伊智子…。お前って奴は…いい奴だな」

「え?ち、張苞さん?」

「お前みたいな妹が欲しかったぜ…」

え?妹?
伊智子が頭にハテナを浮かべていると、背後からがやがやした声が近づいてくる。


「あ!張苞が伊智子のことイジめてる」
「張苞。やめよ」
「イジめてねーよ!馬鹿!」

両手にそれぞれ酒を抱えている二人に張苞は怒り出し、それぞれが抱えてる酒を見て更に眉をつり上げた。

「それ、絶対カートに乗せるなよ!重いんだから」
「えー!なんでだよ!ケチ」
「ケチじゃねーよ!」

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