少しだけおやすみ



張苞の両手には重そうなビニール袋。伊智子も大きな袋をひとつ抱えて、朱然はビールケースを二つ担ぎ、景勝は酒瓶やジュース、お茶のペットボトルが沢山入った一番思い布袋を下げていた。歩くたびにガチャガチャと音がする。


外灯の明かりがちかちかする住宅街を、4人は並んで歩いていた。

荷物がけっこう重たいので誰も口を開かない。そんな時、朱然がぽつりと話し出した。

「…なあ、伊智子って料理できるの?」

「え?で、できない…」

できるできないレベルではなく、禁止されているくらいだ。
荷物のせいで少しだけ息の荒くなった伊智子がそう応えると、朱然は遠慮せずに笑った。


「あはは、だと思った。見るからにできなさそう」

「クッ…」

急に話しかけてきてなんなんだ、喧嘩売ってるのか!?

初めて会ったときから思ったけど、朱然さんって本当言い方がキツい。ていうかデリカシーがない。
悪気がなさそうに見えるぶん、たまに石田さんより口がよくないって思ってしまう。

「そう落ち込むな。朱然、言いすぎだ。わしも料理はできぬ」
「俺も別にダメとは言ってないけど。悪かったよ」
「うう……」

こうやって謝ってくれるあたり優しいんだなとは思うけれど、気にしていることをストレートに言われるとさすがにダメージがでかい。
しょんぼりと落ち込む伊智子を見かね、なぐさめてくれた景勝の優しさがしみる…。
その様子を見ていた張苞は楽しそうに声を上げて笑った。

「なんだよ、伊智子、料理できねーのか」
「そういう張苞さんは!?」

「あ、こいつ超料理うまいぜ。昔っから関興のお守してただけあってすっげえの」
「…張苞のつくる酒のアテはどれも美味いぞ」

「ええっ…」

半分八つ当たりのように返した伊智子の耳に飛び込んできたのは思いがけない言葉。

スーパーで慣れた手つきで食材を選んでいたのはこのせいだったのか。
伊智子は料理のできない自分が急に恥ずかしくなり、つい声が小さくなる。

「そ、そうなんですか…」
「まぁそんなたいしたもんじゃないけどな…っと、このアパートだな」


話しているうちに李典の住むアパートについたようだ。
夜も遅いのでアパートの他の住人に迷惑をかけないよう、階段をそうっと上がる。
お目当ての部屋の目の前についたとき、張苞は困った顔をして伊智子のほうを見た。


「悪い伊智子、前のポケットから鍵とって開けてくれないか?」
「はい、わかりました」


買い物袋で両手が塞がっている張苞の頼みに頷いて、ポケットからキーホルダーのついた鍵を引きずり出す。
この日のために前もって李典から借りていたようだ。
鍵穴にいれて回すと、ガチャッと鍵が開き、扉がひらく。
伊智子の横に立っていた張苞がすかさず長い足で扉を開け放ち、まず一番に部屋の中に入り、自分の持っていた荷物を床に下ろした。

「ほら伊智子、荷物よこしな」

それから伊智子の持っていた袋を受け取ってくれ、伊智子は重たい荷物から開放された。

「ありがとうございます」

「張苞ー、俺らの荷物も中に入れてくれよ」

「玄関せめえから気をつけろよ伊智子」
「は、はい…」

張苞は朱然の訴えを無視し、伊智子を部屋の中に招き入れてくれた。
そのあと、「おい、無視すんなよな」と文句をいう朱然、そして黙って荷物を持ったままの景勝も無事に部屋の中へ入った。







部屋に入った4人はとりあえず二手に分かれた。

部屋の片付けとテーブルやグラスなどのセッティングをする二人と、飲み会のつまみをつくる二人だ。
それはごく自然な流れで景勝と朱然、張苞と伊智子に分かれて、飲み会の準備は滞りなく進んでいく予定だった。



「伊智子…頼むから台所から出てってくれ…」

「す、すみません…あの、後片付けは手伝いますから…」

「おう、頼むわ…」


誰もがそう思っていた。
だが。


『伊智子、まずは米洗ってくれ』
『はい!』
『ま、待った!その洗剤は何に使う気だ!?』

『…卵は割れるよな?』
『はい!』
グシャッ
『……』
『す、すみません』


『じゃあ豆腐を切……らなくてもいいや、なんか未来が見える』

『すみません…なんか私にもわかります…』
『…だよな…』


そんなこんなで、見事に調理班から台所出禁を命じられた伊智子。
「こんなに何もできないとは思わなかった。すまん」と逆に謝られ、申し訳ないやらふがいないやら。

意気消沈しトボトボと居間に向かうと、とっくの昔に部屋のセッティングを終えた二人が部屋にあったゲームを勝手に起動して遊んでいた。
格闘ゲームに熱中していた二人が伊智子に気付き、その様子を見て景勝はすぐに何事か察した。

朱然も何があったのかすぐ気付いたが、景勝のように黙っていられないのがこの男。
コントローラーを放り出し、至極面白そうな顔で笑った。

「何お前、追い出されたの!?マジ笑えるんだけど!あははっ腹いてえ!」

「朱然さん、ひどい……」

涙目で朱然を睨めば、少々バツの悪そうな顔をした朱然が「わりー」と謝罪した。
そんな朱然の頭を軽く小突いた景勝は、伊智子に向かって優しげな顔で声をかけた。

「…伊智子、買い物で疲れただろう。すこし眠るといい」

皆が来れば、うるさくて眠りたくとも眠れないだろうからな。

景勝と朱然は長いソファを二人で座っていたが、少しだけ横にずれて伊智子の寝るスペースを作ってくれた。


「ん、んー…でも、一人寝てるのはよくない…」


張苞は一人台所でせかせかと食事の用意をしている。
そんな中、一人だけ寝るのは……


「じゃー俺も寝よっと!」

「わしも寝よう」


景勝は朱然の放り投げたコントローラーを拾ってテレビの前に片付けた。そのままゲームの電源を切って、テレビの画面は音量を小さくしたバラエティ番組に切り替わった。

「んー……」

なんだか急に眠たくなってきたし、寝てもいいような気になってきた。
もそもそと景勝の隣に腰掛けると、景勝は自身の上着を膝にかけてくれた。うわ、本当に寝てしまいそう…。

うつらうつらとしていると台所のほうから焦った声が聞こえてくる。


「ちょっとちょっとおまえら!せめて一人はおきててくれよ!」

「だってやることないんだもん」

「俺がかわいそうだろ!?」


朱然がしれっと放った自己中発言に悲鳴をあげる張苞。確かにかわいそうかも。

そんな中、地響きのような大きな音が部屋中に広がった。
伊智子がねぼけ眼で隣を見れば、景勝がもはや夢の中へと旅立っていた。

「おい!なんかいびき聞こえるんだけど!景勝だな!?寝るのはえーんだよ!」

「あー、もう張苞うるせえ!眠れねえよ!」
「おーいお前ら!寝るなよ!」


伊智子の意識が完全に落ちるまで、張苞の叫び声はずっと聞こえてきた。
しかしその間も何かを焼いたり切ったり冷蔵庫を開け閉めする音が同時に聞こえてきたので、文句を言いつつ張苞はこういう展開になれているのかもしれない。

起きてから何か手伝うことがあれば手伝おう…。

そんなことを思いながら、伊智子を含む三人はすやすやと眠りについていった。




- 85/111 -
少しだけおやすみ
*前 次#

しおりを挟む
小説top
サイトtop