01
その昔、鳴のひいおじいちゃんのおじいちゃんくらいの時代。
鳴のご先祖様はこの辺り一帯の地主だった。
それはそれはたいそうな富豪で、この屋敷もその頃あたりに建てられたそうな。
その血を受け継ぐ鳴の父もまた誰もが知っている企業につとめており、国内外を問わずいつも慌しく飛び回っていた。

鳴の住むこの屋敷はこの街を一望できる山の上に建っている。

屋敷の裏にはちょっとした林が広がっていて、幼い頃はよくここで虫をつかまえたり、きれいな花を探したりするのが好きだった。
大物を見つけると屋敷につれて帰り、そのたびに使用人たちにどやされるのであった。

でも、それも昔の話。

やんちゃだった鳴はすくすくと大きくなり、生まれて早16年が経っていた。

林で遊ぶことはなくなった。外にいれば日焼けもするし、草で怪我するし、虫はくっつくし。てゆーか虫にさされるし。
麦藁帽子をかぶって、真っ黒な顔で虫取り網を振り回していた頃が懐かしい。
いまや肌は日焼け止め必須、虫取り網はスマホに早変わり。
大きな木にくっついてるツノの生えた虫を捕まえるよりも、彼氏を捕まえるのに忙しい。

そんな鳴は今日ネイルサロンで今期流行の柄にしてもらった爪を眺めながら、自転車を走らせて屋敷までのなだらかな坂を上っていた。


「あ〜っ、うちってなんでこんな高くて遠いところにあるんだろ。疲れるし、遠いし、てゆーか友達も気軽に呼べないし。うちも皆と同じところに家があればよかったのに」


自転車をこぎながら文句を言うほどの体力はあるらしい。ぶつぶつ言いながら屋敷まで到着した鳴は、自転車をいつものところに置くと、普段どおりそのまま屋敷へ入ろうとした…


「…?なに?あれ…光ってる?」


鳴の視線は林のほうにあった。
太陽が沈んでだんだん暗くなっていく時分。林も真っ先に暗くなり、軽い心霊スポットのような雰囲気になるはずだった。
だけど、今日は違った。

林のある一部分だけぼんやりと光っている。スマホの光のような、それにしては光が強すぎるような…

奥まった部分からにじんでいる光はぼんやりとしていて、ゆらゆらと動いている気もする。

「え、ちょ…不気味すぎ…やだ、キモイ」

鳴は屋敷と林を交互に何回も見比べた。早く家に帰りたいのに…。
見なかったふりをしたかったけれど、自分ちの敷地ということもあり見てみぬ振りもできず。
鳴は決心したように林の中へと足を踏み入れた。





「ちょっと!誰かいるの!?泥棒!?」

鳴はスマホのライトを強力にして頭の上にかかげた。それを左右に振って、不審人物(仮)にこちらの存在を知らせた。
それでもなんのアクションもないため、鳴はゆっくりゆっくり林の中心に近づいていく。
そしてしばらくしたあと、足に何かがぶつかった気がして、鳴は心臓がバクバクする中ゆっくりと視線を地面にやった。

「やだ…に、人間…?!」

そこには地面に横たわる人型のなにかがあった。
スマホの光を照らすと、おそらく…人間だと思う。
鳴は今すぐ走って逃げたかったが、それだけはしちゃいけないと思った。多分なんかたたりとか起こるやつでしょ、絶対!

とりあえず家に連れて帰らなきゃ、ここで死なれたら困る。死ぬなら病院で死んでくれ。
見る限り小柄そうだったので、鳴はよっこいせと担ごうとした、が、立ち上がろうとした膝がガックンと折れた。

「お……っも!重い!デブかよ!」

早々に担げないと判断した鳴は遠慮なく地面にひきずりながらその子供を屋敷につれ帰った。
林の中の発光物体は、いつのまにかなくなっていた。

「ただいま、かずさん」

「お嬢様、お帰りなさ…まあ、どうしたのです、その子供は」

家に帰ると昔からこの屋敷につとめている使用人のかずがお出迎えのあとに驚いた声をあげた。

無理もない。いつもぺらぺらのかばんとスマホしか持っていない鳴が、今日は見知らぬ子供を持ち帰ってきたのだから


「そこの林で倒れていたの。とりあえず連れてきた」
「連れてきたって…まあまあ大変。お二人ともすごい格好ですよ」

そのままでは家にあげるわけにいきませんと言ってあわてたように走っていった。
浴室にタオルをとりに行ったようだ。昔、それこそ鳴がおむつをしていた頃からお世話になっている使用人に、鳴は頭があがらない。
言われたとおり玄関に立ち尽くす。子供をそっと地面に下ろすと、胸は穏やかに上下しているようでちょっとほっとした。


「お待たせ致しました。お嬢様、こちらをお使いくださいね」

水気の含んだタオルを手渡される。どうやら自分で拭けということらしい。
かずは横たわる子供の顔や手足を丁寧に拭いている。自分の顔を拭きながらその光景をじっと見つめていた。


暗闇ではわからなかったが、よく見るとびっくりするくらい顔の整った子供である。
それに加えて、はっとするような金髪が肩のあたりで切りそろえられてきらきらと輝いていた。
使用人の手によって体中の土や汚れが落とされた子供は、街で見かける子供とは次元が違うなと思った。


「まあ、お綺麗なお子様だこと。なぜうちの林になんて…ますますわかりません」
「家出少女とかかな?」
「警察に連絡した方がいいですかねえ…旦那様も丁度昨日発ったばかりでご不在ですし」
「うーん…」

「旦那様」というのは鳴の父親、ひいては使用人であるかずの雇い主だ。
屋敷の主人がいない手前、勝手なことをするのは好ましくない。
それでも、この子供をほうってはおけない。どこにも連絡しないほうがいい…根拠はないけど、鳴はそう思っていた。


「とりあえず、目を覚ましてちゃんと話を聞けるまでうちで預かっておいたほうがいいんじゃないかな」


鳴は使い終わったタオルをかずに渡しながら言った。かずは、承知いたしました。と言って汚れたタオルを持って洗濯かごに入れに言った。

ようやく靴を脱いで家の中にはいることができた鳴は、いまだ床に横たわる子供のおだやかな寝顔をじっと見つめていた。

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