4匹のこがい


加藤清正、福島正則、石田三成。

そして、ヒトミ。


この4人は幼い頃からいつも一緒だった。野を駆け回り、厳しい鍛錬を共に支えあって耐え抜き、うまい飯を並んで食べ、戦にだって出た。うんと小さい頃は温泉や水浴びも一緒だった。

何をするにも、どこに行くのだって4人一緒。

男3人の中に女が1人というのはあまり良い顔をされないが、ヒトミだけは特別だった。

家族であり、兄妹であり、仲間であり、友だったから。

常に仲良く……とはいかないが、長年連れ添った信頼は一生壊れることはない。


この関係はずっと続いていく。



そう思っていた。






「ヒトミよ。一つ聞くが…嫁にいく気はあるか?」

「…え?」


今日は秀吉主催のちょっとした宴の日だった。


思う様酒を飲み、飯を食い、歌ったり踊ったりする楽しい宴だ。
役職や身分を気にすることなく、皆が一様に楽しめる席。

ヒトミたちが幼い頃から定期的に開催されてきたこの宴は、戦乱の最中にある戦国の世において頭の中をからっぽにして楽しめる、数少ないひと時だった。


そんな宴がヒトミは大好きで、年頃となった今日も飲み方を覚えた酒を数人の女中とくぴくぴ楽しんでいた時だ。

ねねと共に杯片手に近寄ってきた秀吉の発言に、ヒトミはしばし言葉を失った。


「いやさ。ヒトミもよい年頃じゃ。いつまでも三成たちと一緒にいるわけにもいかんじゃろ。なに、ヒトミの器量ならどの家からも引く手数多じゃ、安心せい!」


にゃっはっはと笑う桃色の頬の秀吉とは対照的に、ヒトミは真っ青な顔をして秀吉を見つめた。

回りの女中たちもようございますね、なんて微笑んでいる。

嫁入りだって?冗談じゃない。
ほろ酔い気分もいつのまにかどこかへ吹っ飛んでいったようだ。


「秀吉様…、恐れながら、ヒトミは幼い時分より秀吉様と、この城の皆様と生きて参りました!いまさら他家に嫁ごうなどと思ったことはありませぬ!この家に骨を埋める覚悟でございます!」


「まあ!」


ブンブンと頭を振りながら必死で拒否の意を示していると、ヒトミの言葉を別解釈したねねが至極嬉しそうに手を叩いて喜んだ。

あれ?ここは同情を誘ってこの話題を打ち切りにするつもりだったのに…。

ねねの表情を見る限りそんな気配はない。むしろ良くない予感がする。


「つまり、あの子たちの誰かと一緒になるなら良いってことかい?うん、それがいいね!うんうん!そうしようそうしよう!」


「えっ!!??」


全く持ってそういうつもりで言ったんじゃないです!!

そう叫びたかったが、目の前のおしどり夫婦はこっちを置いてけぼりにしてあれやこれやと盛り上がっている。

「あの子たち」というのはもちろん清正、正則、三成の三人のこと。

同じようにして子ども同然に育てられた4人だ。この中の誰かと一緒になるなんて冗談じゃない。

助け舟を呼ぼうにも、自分と結婚させられそうになっている幼馴染の男三人の方を見れば、酒を呑んでぐでんぐでんになっている始末。

とてもこちらの状況なんて気にしてる様子は微塵も伺えない。


せっかく楽しい宴の席だったのに。なんだか一気に心を谷底まで蹴落とされた気分だ。


秀吉とねねは「じゃあ、考えておいてね」なんて言って上座へ戻っていってしまったが、それからいくら酒を飲みなおしても気分が持ち上がることはなかった。







「はあ……」


その翌日。

縁側に座ったヒトミは、今日何度目かわからないため息をついた。


たまたま通りかかった正則がそれをめざとく見つけると、いつものように近づいて隣に腰を下ろす。


「…なんか元気ねぇな、オイ。どうかしたかよ」

「正則ウルサイ。どっか行って」


心配して来てくれているのはわかっているが、今はその優しさを受け取る余裕もない。

しっしと猫を追い払うような仕草をしたヒトミに正則は掴みかかりそうになるのをこらえた。


「んだよその態度!…何かあったのか?」

「正則には一生わかんないことだから、ほっといて」

「なんだと?俺が馬鹿だからって言いてぇのか!?」

「違う!正則が男だからわかんないの!!」


口調さえ乱暴だが、正則は心からヒトミの助けになろうと思ってくれている。

それなのに八つ当たりのように、ヒトミも大声を出したりなんかして。

自分ではどうしようもできないことでこんなに悩んだりして、頭が沸騰しそうだったし、自分を心配してくれている正則に対して子供みたいに当り散らす自分のことも最悪だと思った。


「……は?何言ってんだお前。なんか変だぞ」

「変じゃないってば!」


そんなヒトミの様子にさすがの正則も察したようだ。

もしや熱でもあるのかと額を触ろうとしてきた手を勢いよく払いのけたその時だった。


「どうした、なにを騒いでる」

「お前らうるさいぞ、もう少し静かにできんのか」


庭で鍛練をしていた清正、屋敷の廊下から歩いてきた三成が訝しげな表情で二人を囲んだ。

普段の行いから自動的に正則に厳しい視線が向かうが、正則は真面目に困った表情をして清正と三成の顔を見渡した。


「だってヒトミがよぉ、元気がねぇからよ」

「ヒトミ…?…お前のような人間もたまには元気がないことがあるのだな。驚いたぞ」

「三成。………なにかあったのか?俺らにも言えないことか」


幼馴染たちの優しさに目が潤む。
一人余計なことを言う男がいたが、清正の気遣いに免じてすねに肘打ちをかましてやるのはなんとか我慢した。



「……私…いつかはみんなと一緒にいられなくなっちゃうの…?」



3人は揃って は?という表情を浮かべた。




「このまま4人で、ずっと仲良く一緒にはいられないの?どうして私は女なの?どうして私だけ3人と並べないの?」



いつのまにか開いた背丈の差は縮まるどころか広がる一方で。

同じ時期に始めたはずの勉学もどんどん追い抜かれていく。

戦に出るためといくら体を鍛えても、同じような筋肉はちっともつかなかった。


その代わりに体はどんどん柔らかくなって、男女の違いをまざまざと見せ付けられる。

毎月決まって体調を崩し、そのたびにあらゆる面でおいていかれて、今じゃもう背中も見えない。


幼い頃に戻りたい。



「私だって、男に生まれたかったよぅ………」



こんな形じゃなく、肩を並べて大人になりたかったのに。

「名前!?な、泣くなよ…おい!」
「あ、案ずるな。貴様は今のままで十分男のようだし、むしろ女の要素はまるでない。………だから泣き止めっ」
「どういう意味だよ!ふざけんな!わーん!」

とうとう泣きべそをかいてしまったヒトミをおろおろと見つめる正則。
明らかに慌てた様子の三成の検討違いな慰めによってヒトミはますます泣きわめく。

そんな三人を眺めてため息をついた清正はその場にしゃがみこみ、目線を合わせると着物の袖でぐいとヒトミの目元をぬぐった。



「先日の宴で何か言われたのか」

「……っ、」


ヒトミは言葉なく頷いた。

先日の宴の席でヒトミの縁談について言及されたことが、心にささくれをつくり続ける。

不変を望むヒトミに、変わることを強制してくる。

そのことをかいつまんで話すと、清正はやっぱり、そんなことだろうと思った。とヒトミを安心させるためか薄く微笑んだ。


「…気にするな。もし縁談がきても、ヒトミが嫌と言ったら秀吉様だっておねね様だって無理強いはしない」

「えっ、ヒトミ、嫁にいっちまうのかよ!俺、嫌だぜ!」

「馬鹿者、そうではない」

三成は、貴様話を聞いていたのか、と扇子で正則の頭をはたいた。


「ヒトミ。いずれお前が嫁に行くことで、俺たちとの仲が壊れてしまうとでも思ったのか」

「……」


ずび。
三成の問いに、ヒトミは返事代わりに鼻を鳴らした。
すると目の前の男たちは、おおげさな仕草でため息をつく。


「救えん馬鹿だな」

「ああ、大馬鹿だ。正則より馬鹿だ」

「!そうだぜ!ヒトミのガチ馬鹿野郎!」


「は、はぁ…?」

いきなりの暴言祭りにさすがのヒトミも涙が引っ込みそうになった。




「俺たちの絆は、そんなことで壊れるものじゃないだろ。何年一緒にいると思ってる」




ヒトミの目もとをぐいっと拭った清正が、大きな手で頬を掴み、二人はじいっと見つめあった。

それは想い合う同士ならば赤面する場面だが、そこに男女の情はこれっぽっちも存在しない。
むしろ、兄が妹にしてやるようなものに近かった。
清正の優しさのおかげで、興奮していた心は少し落ち着いたが、頬を包む手のひらがまめだらけの固い皮膚だということを感じてまた少し胸が痛む。

あの三成だって自分より固く骨ばった手をしているのに。

自分は体のどの部分にだってつまめる肉がついている。




「……でもおねね様は、清正達三人の中の誰かと一緒になればいいとも言ったよ……それでも関係は変わらないの?」




優しさに満ち溢れた三人の表情が一瞬で凍りついた。

しばし訪れた沈黙を、至極気まずそうな三成の声が破る。


「そ、それは……その…………………………いや待て、貴様、一応聞くが、それは嫌なのか」


「嫌だ」


「くっ、貴様というやつは……」


喰い気味に飛び出したヒトミの無慈悲な言葉にグッサリと胸を突かれた三成はこちらこそお断りなのだよ、とやけくそのようにうなった。
他の二人も同様に胸に一突きされた様子。

しかしそんな三人の胸中を知らずに、ヒトミは続けた。


「………だって、誰かのお嫁さんになるなんて考えられない…し、結局四人で遊べなくなるなら絶対に嫌なの」


「…俺たちが嫌なわけじゃないのか?」


そう言う清正は明らかにほっとした様子だ。


「?みんなが嫌なわけじゃないよ。ただ…あまりにも想像できなくて」

「なんだ、チョーびびった〜。嫌われてんのかと思ったぜ」


大げさに胸をなでおろした正則の発言にヒトミはすぐさま反応した。


「!そんなことない!私、三人のこと、腹が立つ時もあるけど…大好きだもん!だから………やっぱり男に生まれたかった〜…」


再びめそめそと泣き出したヒトミ。

「ぶえぇ〜〜」
「泣くなって〜今日の俺の晩飯のおかず、分けてやっからよ!」
「あとで着替えるから鼻もかんでおけ」

仕方ねえやつだなぁと頭をなでる正則も、着物の裾を色々な水分で濡らすことになった清正も、大好きと言われてまんざらではない様子。

「……ふん」


三成も例に漏れず上機嫌になる。

しかしこんな泣き虫な男がいるものかと、その丸い後頭部をはたきたくなったが、白いうなじが視界にはいってしまって慌てて目を逸らした。






その夜。


泣き疲れていつもより早めに床についたヒトミは悪夢にうなされた。

そんな季節ではないはずなのに、汗がだらだら流れて止まらない。

布団をぐっしょり濡らし、弾かれたように目を覚ましたときには朝日はすっかりと昇っていた。


いつものように着替えようと寝着の帯に手をかけた、その時。


「………?」


自身の体に、ある違和感があることに気がついた。

気のせいかもしれない…が、確かめてみないとわからない。


直後。その違和感は確かな真実だということを知ることになる。







「き、清正ー!正則ー!三成ーー!!」



ダダダと音を立てて廊下を走り抜くヒトミの表情は昨日のことが嘘のように明るい。



「やかましい!そう朝っぱらからそうどたどたと音を立てて歩くな!貴様は熊か」


「三成!大変!大変なの!!」


正面から静かに歩いてきた三成に朝一番で小言をくらってもどこ吹く風。

人の話を聞け!と言っても全く届いていない。

三成は苛つきながら、ヒトミが早朝からこんなに気分が高ぶっているのは珍しいなとも思った。
しかしやかましいのは本当なので、一発はたいて黙らせようかと扇子を握る。

そこへ、早朝の鍛錬をしていたらしい清正と正則が汗を拭きながら歩いて来る。


「お〜ヒトミ!ハヨっす!なんだ今日はえれー元気じゃねえか、安心したぜ」

「そうだな。三成も、今日くらいは足音も多めに見てやれよ」

「…ふん、まあこいつには何を言っても無駄だからな」


「清正、正則もいいところに!」


幼馴染4人組がちょうどよく集まった。

名前は、今朝急に身に降りかかったこの現象を早くこの3人に伝えたくてたまらなかったのだ。


はやる気持ちを抑えきれず、興奮でわななく手で着物のあわせを掴んだ。



「!!ま、待て!貴様どこに手をかけている!」


「これ、見て!!」



ギョッと目を剥く三成の制止の言葉を無視し、バッと着物の合わせを開くと、そこにはまっ平らな胸部。

記憶ではささやかながらもうすこしふくらみがあったはずだか、綺麗さっぱりそぎ落とされている。

肌は変わらずすべすべとした白さがあるが、少々肉感を失い、代わりに節々の骨が強調されていた。



「な…な……!?」



いきなり強烈な光景を目の当たりにした3人は言葉も出ず、今までしたことがないような間抜け面で硬直してしまう。




「私、男の子になった!」




「ぶっ!!」


飲んでいた水を勢いよく吹き出した正則の隣で、清正は呆然のあまり鍛錬用の木刀を地面に落としていた。

きらきらした顔と平らな胸をさらけ出して世界一幸せ者だと言わんばかりのヒトミに三成は頭を抱えた。


「……よくわからんが、とりあえず着物を着ろ……」


と力なく呟いた声は、またしてもヒトミに届くことはなかった。





後編(裏)へつづく。
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