五条さんのせいだ

高専へ入学したものの、飛び抜けて強いわけでもなくかといって反転呪術が使えサポートができるというわけでもない私は術士として到底働けない落ちこぼれのようなものだ。
呪いが人に乗り移り異形になった元人間、人間の汚い暗い感情が呪いになったものなど本当に様々を見てきた。私はそれが耐えられず任務にでては嘔吐を繰り返した。
術式はそれなりに使えはしたが私は「イカれて」いなかったのだ。


高専は4年制で気づいたのは3年になってから。その間に行われていた交流戦にも不参加だし、特級呪詛師による百鬼夜行の際にも前線へ出ることはなかった。

「私、呪術師辞めます。」

そんな私を高専には置いておけない、と高専側からの通達があった。これ幸いにと高専側からの提案にホイホイ乗り私は必死に勉強をして普通の大学生になることができた。
条件付きで。



「やぁやぁ! 君がみょうじなまえちゃん? 五条悟です」
「はあ、はじめまして。みょうじなまえです。よろしくお願いします」

そう、条件とは高専の「窓」になることだった。
人手不足の業界だ、人員の補充には抜かりない。
そして今日派遣されてきた呪術師はなんと五条悟だった。
五条悟、この業界では知らない人なんかいないってくらいの有名人。
何度か高専内ですれ違ったことはあるが彼は教職に就く前だったので面識などあるはずもない。そもそも私のような落ちこぼれを知ってる人がいるはずないのだ。

「ふぅん、へぇ。君、3年間とはいえ高専通ってたのに本当にイカれてないんだね?」
「…褒めてますかそれ?」
「一般人にとっては褒め言葉だろうけど呪術師には褒め言葉ではないよね」
ケラケラと笑い長い足を伸ばしズカズカと帳へ向かっていく。

「まぁ見てなよ。僕ってば天才で最強だから 」
「なんですかそれ、危ないので帰りますよ」

そう言って高専が用意してくれた車へ乗り込む。
早く帰って課題をやらなきゃならない。私はもう呪術師じゃない。一般人なのだから。
あの世界にはもう懲り懲りだ。


「やっ、また会ったね」

後日、別の案件で「窓」の役目を終え術士を待っていると高級そうな車から降りてきたのは
いつぞやの天才術師。まさかあの五条さんが私を覚えているなんて思っていなかったので驚きを隠せないでいた。

「あっ、あぁ。こんにちわ、お疲れ様です? …覚えていたんですね」
「まあねー。とは言っても顔見るまで忘れてたけど」

いかにも軽薄そうなセリフだ。

「はは、頑張ってください、それじゃ失礼しますね」
「ちょっと、もう帰っちゃうの? 終わったら話しない?」

するりと私の手首を大きな手で掴む。大人の異性の手だ。
指は細く長く、綺麗に手入れされている手。骨っぽいのに白い綺麗な手。
しかし温度のない冷たい五条さんの指が私の手の甲を這う。
目隠しをしているのに冷たい目で見下されている感覚が私を襲ってきて不安になり指先から冷たくなって来る。

「ね。すぐ終わるからさあ。いいでしょ? なまえちゃんと話してみたいんだよね」

ざわざわと不安が体を駆け巡る。引っ張られてか高専時代に見た嫌な記憶が蘇り真っ白なはずの五条さんの手が
急に血まみれに見えてしまった。

「やっ…!」

勢いで五条さんの手を振り払ってしまった。ドクンと大きくなる心音。脂汗が止まらない。
やっぱり私は呪術師には向いてなかったんだ。改めて実感する。

「あらら。本当に呪術師向いてないんだね。あの時辞めて正解だったよ。
…そうだ、体調悪そうだし僕が乗ってきた車で休んでなよ。それがいい!
そうしよう。ていうことでなまえちゃんのこと宜しくね伊地知
じゃ、なまえちゃん少し待っててね」
 
体調が悪いなんて五条さんのせいだ。過去を思い出してこんなに惨めな気持ちになるのも五条さんのせい。
帰るに帰れなくなってしまったし高専関係者の人も私を車から出したらどうなるかわからないと怯えきっている。
使えないなぁと独り言る。

今日は月も綺麗だし、涼しい夜だ。早く帰って涼みながらアイスでも食べようと思っていたのに予定が大幅に狂ってしまったではないか。

悔しいなあ。最初からすべて持ってるあの人が。
ずるいとすら思う。なんでも持っているのに向上心があって目標があって力も人望もあって。
私なんかと大違い、自分がいかに矮小な存在なのか改めて実感した。

「本当、だいっきらい」

泣きたくないのにぽろりと涙がこぼれてしまう。
スモークがかかっている車窓から見えるのは、呪いを祓い終え、帳から出て来て車に向かって手を上げて
歩いていてくる天才呪術師。

本当、吐き気がする。