甘い贅沢

テレビに映るのは今流行りの映えスイーツ特集。


おかしい。施錠して登校したはずなのに、なぜかテレビが付いていてエアコンがついている。
ワンルームアパートに住んでいるため、短い廊下を恐恐と進んだ。
一応基本的な護衛術はわかるけどパニックになった状態で使いこなすことができるかどうか不安な為。玄関ドアに張り付いている傘立てから傘をひっつかみ部屋へ入る。
するとそこには、家主そっちのけで寛いでいる五条先生の姿が。

「わ、不法侵入ですか?」
「あ、なまえおっつー、先に家で待ってたよ。」

なぜ私の家の鍵を持っているのか。そこから問いただしたいがきっとうまくはぐらかされて終わってしまうのだろう。
少しだけイラッとしてしまうけども不審者ではないとわかりホッとして玄関へ戻り傘を元通りに戻して部屋へ入る。
ガサガサと手に持っていた買い物袋を流しに起き、買ってきた食材を冷蔵庫に詰める。
今日はデザートにアイスを買ったのだ。五条先生に見つかると食べられてしまう。
コソコソと冷凍庫へアイスをしまい、冷蔵室からは麦茶を出してコップへ注ぐ。

「なまえ、僕にもお茶ちょーだい。テレビ見てたら口の中甘くなってきちゃった」

…なにも言ってないのになぜ気づいたのか。渋々お気に入りの某コーヒーショップから出ている春限定の桜が舞っている
まんまるい小振りのグラスへ注いで五条先生へ渡す。

「お忙しい五条先生今日はどうしたんですか?」
「なに? しばらく会えてない恋人へ会いに来たんだけどそんな可愛くない言い方するの?」

もしかしてスネてる?
なんて私の頬へ指を指しながらいう。改めて顔を見たがいつもと違って黒い目隠しをしている。

「…もしかして仕事抜けてきました?」
「えぇ〜、やだ、バレちゃった? でも大丈夫! 僕ってば見た目も良ければ要領もいいからさ。
少し時間が空いたから来ただけ。嬉しくなかった?」

嬉しくないわけなんてあるはずない。素直に言えない私は頬に突き刺さっている五条先生の指を握ることしかできない。
こういうところが子どもっぽいなぁと思うのだけれど素直じゃない私にはこれが精一杯なのだ。
握られていた指を引き抜き大きな手で私の手を包む。大きくて温かい手。
私も高専に通っていて卒業してからは呪術師として働いている。
五条先生と呼んでいるのは私が卒業する最後の年に教職として高専で教鞭をとっていたから。
高専時代では特に関わりは無かったが、卒業して何度めかの任務で五条先生も付き添いとして来ていた。
そこからは私の何を気に入ったのははわからないが猛烈なアピールに負け、交際を開始したのだった。
特に関わりはなかったはずなのに五条先生は高専にいた時から私を知っていたらしい。教師という立場上仕方のないことなのだろうけど。

大きな手が私の手に絡み付いていわゆる恋人繋の格好になる。
たまに長い指が私の手の甲をなぞる。

「ん、ちょっと、くすぐったいです」
そう言うと爪を立てて手の甲に食い込む

「いた! ちょっと!! なに!!」
「お前が何時までも僕のこと先生って呼ぶから。セックスしてるときでも先生だし、なんかムカつく」
「セって、あんまそういうことは声に出さないで欲しいんですけど…」

…驚いた。呼び方にあまり関心がないと思っていたのに。
いつまでも先生と呼ぶことが彼は不満のようだ。しかし

「でももう、慣れちゃってるから……」
「は? お前この先も先生って呼び続けるつもり? 辞めて、今すぐ」

無理難題をふっかける大人に困り果てる。私もゆるゆると大きな手を握り直し、手を頬へ擦り寄せる。
これで伝わってほしい。この行為も結構頑張っていることを。

「せん……五条、さん。ごめんなさい、その、先生のこと、す、きなんですけど。恥ずかしい、から」
勢いのまま先生の手の甲へ口づける。
恐る恐る目を開け彼を見ると、目隠しでちゃんと捉えることができないがひどく驚いているのはわかる。

「や、だ。 …って言ってやりたいところだけど今日のところは許してあげる。これ以上可愛いこと言われちゃうと襲っちゃいそうだしね。」
「諦めてくれて嬉しいです……。」
「今は、だよバカ。もうそろそろ行かなきゃだから冷凍庫からアイス持ってきてよ。買ってきたんでしょ? さっき。」

そう言って冷蔵庫を指差す。ご機嫌そうに見えるけどお預けをくらっているのだ。ここで言うことを聞いておかないとどうなるかわからない。

「…只今持ってきます」

渋々立ち上がりキッチンへ向かう。
手を繋いでいることを忘れていたので前へつんのめってしまうが五条先生も一緒に立ち上がり支えてくれたので、回避できた。
改めて立ち上がると本当に背が高くて。悔しいからあまり言いたくないのだけれども、顔は綺麗だし背も高い。
スラっとしていて一般人からしたら目隠しをしている以外は非の打ち所がない。
並んで冷凍庫へ向かい一つしか買っていない小振りのカップアイスとスプーンを2つ持つ。
五条先生の青いスプーンがアイスの表面を掬い自分の口もとへ運ぶ。
ちらりと見えた赤い舌がアイスと絡み卑猥に見えてしまう。

「なぁに、なまえちゃん。ヤラしい顔してるよ」
「…そんな顔してないもん」

たまには私から、そう思って先生の襟首を掴みキスをする。
触れるだけの、むしろぶつかるような子どものキス。

顔に熱が集まるのがわかる、燃えそうだ。口元を抑え呆然とした顔をしている五条先生は手に持っていた私と色違いのスプーンを落とす。
五条先生ですら想像外だったのだろう。私だって想像していない、こんなことができるなんて。

「…上等だね」
そう言って五条先生は先程ぶつけて切ったのだろう。唇の端を舌で舐め、噛み付くように口づけをする。
先程まで食べていたアイスがお互いの口の中に広がった。

「ん、むぅ、ぅ、」
「ん、なまえ、もっと、くちあけて」
「んっ、あ、ぅあっ」

顎にかけている手に力を入れ無理やり広げられた口に五条先生の舌が入り込んで来る。
息も絶え絶え。両手で顔を固定され上を向いているので首も疲れた。はしたない水音が狭い部屋へ響く。テレビもいつの間にか消えていたので、吐息や水音が余計クリアに聞こえてきて私の羞恥を煽りに煽る。
それでも辞めたくなくて、先生の腕に縋っていないと立てなくなってしまう。


どれくらいキスをしていたのだろうか、どちらのものかわからない唾液が先生と繋がっている。
五条先生の唇を一度舐めて、触れるだけのキスをして離れた。

「驚いた、お前があんなことするなんてね」
「ふん、私だってもうおとななんです。馬鹿にしないでください…」
「ふぅん? ベッド行く? って言ってあげたいところなだけど、本当に戻らないと。
……今晩、また来るから。待ってて」
「……はい」

手を繋ぎ、玄関へ向かう。土間で靴を履き振り向いた先生にまた軽いキスをされる。
「じゃ、ちゃんと戸締まりして。さっきのアイスはまた冷凍庫いれときな」
「言われなくてもそうしますよ! ……先生、気をつけて。行ってらっしゃい、です」
「…うん。行ってきます」

先生は頬を一撫でしてドアノブに手をかけ部屋を出ていった。
とんだ甘い贅沢になってしまった。

気分を変えるため少し窓を開ける。
夜は帰ってきてくれるみたいなので気合を入れて夕飯の準備をしよう。