こころまい
「先生」
「なんだい」
「今のお薬じゃ到底死ねませんよ」
「おや、それは知らなかった」
「言ってよかったです」
「……なぜ君は知っていたのかな」
「先生の真似事をしたけど死ねなかったから」
「……」
「先生みたいに死にたかったのだけれど、上手くいかなかったから。7月24日にたくさんの薬を飲んで昏睡状態になったのに、死ねなかったから」
「穂吉」
「なに」
「そうしてまで僕に近づきたいのかい」
「うん」
「……それは」
「ん」
「……いや、やめておこう。なんでもないよ、なんでも」

愛か執着か、羨望か

病的
菊池「アンタなあ、あと何回繰り返す気だ?」
「……」
菊池「死ぬのが怖くないのか」
「……、こわいよ」
菊池「!」
「死は、さむくてくらくて、こわい」
菊池「じゃあ」
「……なーんて言ったら、貴方は同情するんだろ?」
菊池「……、っはは(救いようがないな、ほんとう)」
「同情してくれるようなことを言うのは簡単だよ。ちょっとだけかわいそうなことを言えばいい」
菊池「…………」
「でも僕同情されるの、だいっきらいなんだぁ」
菊池「そうかよ」
「幻滅したかい」
菊池「……はあ」
「んふふ」
菊池「今更にも程がある」
「見捨てないの?」
菊池「もう見捨てられている可能性はないのか?」
「んー、ある」
菊池「そうか」
「…………ねえきくっちー」
菊池「なんだ」
「ごめんね」
菊池「……」
「なんで嫌いになってくれないの?」
菊池「……」
「僕こんなにひどい人間なんだよ?」
菊池「……司書さんよ」
「なに」
菊池「寝ろ」
「あい」
菊池「寝るまでそばにいてやるから」
「ん」

病的
 司書さんは時折難しげな表情をする。政府との規定が存在するから、僕はほとんど彼がしたためている書類の内容を知ることが許されない。
(何故、諦めた目をしているんだろう?)
 温もりは確かに感じるけれど、指先で触れると氷のような冷たさを纏っている、そんな目で紙を見つめている。僕はきっと、心の何処かで、司書さんがそんな眼になる理由を知ってしまっているのだ。

──全ては最期のために!

 遠くない未来の、ために。僕と彼が──穂吉が──他の文豪と呼ばれた皆がその役目を終える最期を見据えて、ああいった瞳の色を灯しているのだとしたら。
(そうなのだとしら、僕は)
 煙草を摘む指先に力が入った。呆気なく二つに折られてしまったそれは、最早使いものにならない。灰皿に押し付けて、小さく溜め息を吐く他なかった。
(最期、か)
 来なければいいのに、なんて、見当違いな意見を抱いてしまう。僕ら文豪は──書物を媒体に蘇った人間のなり損ないは──こんな感情を抱くべきではないのに。
(そうだよ、ただの仕事なのだから)
 ビジネスだから、深入りしてはいけない。穂吉だってそう言っていたのに。
(だめだ)
 言っていた、のだけれど。
(これ以上好きにならないでくれ)
 好きにさせないでくれ。

病的
「先生は神様だ」
江戸川「またその話ですか」
「僕は先生に信仰心しか抱いていないよね」
江戸川「お認めにならないおつもりで?」
「違う」
江戸川「何も違わないでしょうに」
「江戸川さんは僕に意地悪して楽しいのか」
江戸川「はて、虐めているつもりは毛頭ないのですけれど」
「違う。僕は先生に恋してない。そんな好きじゃない。違うんだ。違う」
江戸川「……はあ」
「やめろよ、そんな目で見るな」
江戸川「(なんともまあ、難儀なお方だ)」
「違うんだ。違うんです先生、ごめんなさい。僕は」
江戸川「ココアをいれてまいります。落ち着きましょうね」


どんな気持ちを抱くのが正しいのかわからなくなる図。
江戸川さんは良くも悪くも傍観者。

病的
(12月25日に書いた物)

 僕は僕が愛した先生を愛したいはずなのに阻まれてしまっている、先生という概念に。僕は本当に現在手の内にいる芥川龍之介を愛しても許されるのだろうか? 転生した先生は確かに先生なのだろうけれど、生前の先生ではない。なら僕は今の先生を愛していると言えるの?
 僕が愛しているのは生前の先生だ。娘息子がいた芥川龍之介だ。文さんに熱烈な恋文を贈った芥川龍之介だ。木登りが得意だった芥川龍之介だ。目の前にいる先生もなるほどヘビースモーカーだし風呂嫌いだし自然派アンチだし、先生なのだ。でも、何かが、違う。ゲシュタルト崩壊する。
 君と出会って25日目だけど、君は昔の僕しか見てくれないんだね。って悲しい目で先生に言われて、ただただ「ごめんなさい」としか返せない自分が嫌いだ。

 生まれ変わった僕を見て、ってあなたは泣きそうに笑うから、どうしようもなく申し訳なくなってこうべを垂れるしかなかった。

 今の先生も好きだ。この気持ちに嘘はない。ただ、過去のあなたがあまりにも魅力的であるから、どうしてもその後ろ姿から目が離せないだけなんだ。いい加減隣に立てばいいのにね。
 過去のあなたには恋い焦がれていた。でも今のあなたは愛している。なんて言ったらキザだろうか。どこかの誰かの受け売り文句、だけど。

病的



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