こころまい
「ママ」

 気難しげに結ばれていた唇は、その言葉を放つためだけに開かれる。谷崎は読書を中断すると、何か思うことがあるような悩ましげな目つきを海月へと向けていた。
 海月の瞼は固く閉じている。薬が効いているのだ。軍医の経験を持つ森から処方された睡眠薬は、なるほど効き目がすこぶる良いらしい。

「僕は貴方の母親ではないのですがねぇ」

 谷崎は、既に死してこの世に存在するはずのない己の母親のことを思い返していた。海月の、少し固い毛髪を指に絡めながら。

病的
「死ぬ時は一緒だぜ」

 この男は何をのたまうかと思えば、僕の目を見てそう言って、静かに眠りについたのだ。
 僕はこの男が嫌いだ。嫌いなはずだった。奥さんを置いて愛人と心中したり、友人を捨てるような真似をしたり、盗作をしたり、とにかく大人の皮をかぶった子供みたいなこの男が、僕は、嫌いで、嫌いで、大嫌いで。
 なのに心中に誘うセリフをこの耳で聞いた時、どことなく、ときめくはずもないと思っていた僕はしっかり動揺してしまっている。
 もし死ぬのであれば、やはり入水自殺を試みることになるのだろうか。死ぬ確率なんてあまりに低いのに。

 血に濡れた太宰の頬を僕の指先が伝っている。

病的



ALICE+