案の定というか何というか。 まあ予想はついていたから特にそこまで驚くことはなかったが…。 まさか、ここまで蘭に怒られるとは思ってもみなかったぜ。 「いーいコナン君?!ぜーったいに今日はちゃんと小学校に行くのよ?」 「う…うん、わかったよ蘭ねーちゃん」 「まったく……私たちの後着いて来ちゃダメだからね?」 「う、うん」 「行くわよー、蘭ー?」 「あ、園子!ごめん!今行くから!!」 「それじゃコナン君、約束よ」 「行ってらっしゃーい」 社会科見学を装って、本来の自分の母校、つまり帝丹高校へと自分も連れて行ってくれというお願いを蘭に頼み込んだ翌朝。 俺は蘭からこってり絞られ、再三の念押しをされていた。 は、はは……。 朝から疲れたぜ。 「おいコナン、オメーも時間だろ」 「う、うん!いってきまーす」 おっちゃんに怒鳴られるように声を掛けられ、転げ落ちるように降りてきた階段。 俺はポアロの前で二階を睨み上げると、仕方なしに学校へと続く道に足を延ばした。 「…」 だが、蘭には悪ィが今日だけは譲れねェ。 こんな姿じゃなければ、本当は何年も前に終わらせたはずの小学校。 そんな場所に行くせいで、奴への手掛かりを失う訳にはいかねーんだ。 俺は小学生の波からスッと抜け出ると、高校へと続く道に向かっていった。 「…、取り敢えず潜入成功だな…」 こんな身体になる前に二年ほど通っていた学校。 そこはどこかひんやりとしていて、見慣れているはずなのに余所余所しく感じられる。 俺は辿り着いた高校の廊下に佇むと、授業の始まった静かな校舎をぐるりと見渡した。 なーんも変わっちゃいねーな。 下駄箱、窓、階段。 そのどれもが、コナンになる前と一ミリも変わっちゃいない。 ま、当たり前だが。 「(っと、んなことよりも…今日は潜入だ潜入)」 小学校には、オっちゃんの声で欠席の連絡はしてあるし。 今日は思う存分、久々の校舎で手掛かりを探させてもらうつもりだ。 俺は、廊下の先から聞こえて来た一つの足音に階段下へと隠れると、そいつが通り過ぎた後、ニヤリと口角を上げてその場を後にした。 「と思ったけど、んな上手く行くわけね―よなぁ…はは」 高校に到着してから3時間。 ここに来れば何か手掛かりが得られると思っていたが、どうやらそう容易でもないようだ。 休み時間に入った生徒たちを窓の外から眺めると、俺は胡坐の上に立てた肘の手上に顔を載せた。 「…ん?」 「…?」 すると、憔悴しかけていた俺の前にどこからか姿を現わした現役高校生たち、数人。 ばっちりと目が合い、全員が全員驚いたような困惑したような表情を浮かべていた。 こいつら……昼休憩でもねーのに校舎の外で遊んでたのか……。 「やだぁ!僕どこから来たの?!」 「きゃーなになに?!小学生?」 「見てこの子〜!蝶ネクタイとかしてるんだけど!可愛くない?」 「ほんとだぜ」 「おい坊主!どこから紛れ込んできたんだよ」 はは…騒がしい奴らだな、おい。 途端にわいわいと騒ぎ始めたぜ。 俺は内心「面臭ェ」と思いながら、顔には困ったような笑顔を貼りつけた。 「迷っちゃたの?」 「うん…そうなんだ」 「やだー可哀そう。あんた送ってあげたら?」 「はぁ?!なんで俺が」 「どうせ次の授業もサボるつもりなんでしょー?」 「あー…ばれてたかぁ」 「ばれたも何も、アンタの場合はいつもでショ!」 「はは、違ェねぇ」 「っうるせーなー」 おいおい、お前らなんのために高校通ってんだよ…。 俺は聞こえる会話に半目になった。 お……でも、考えてみればこれはある意味チャンスかもしれねェ。 自分一人で見て回るだけじゃ限界はあるし。 それに、元を辿れば、話の出所が園子の噂話だけってのも心許ない。 俺は未だに騒ぎ立てる奴らに一瞥をくれると、一番近くにいた女生徒の服を引っ張った。 「ん?どーしたの?」 「えーっとね。おねーちゃんたち何年生?」 「二年生だよー」 「っ…そーなんだ」 おいおい、俺と同学年かよ。 「それがどーしたの?」 「…あのね、おねーちゃんたちの学校は『恋文』っていう手紙が流行ってるの?」 「え?」 「僕の学校で流行ってるんだー」 「うーん、そんなことないと思うけど…」 「そうなの?でもこの高校で恋文があるんだって噂になってたよ?」 「なになに?何の話ー?」 自分の学年にこんな奴らがいたのか、とこれ以上ないほどに呆れながら要点だけを訊いていれば、盛り上がっていた奴らがこちらの会話に参入してきた。 どうやら「恋文」というキーワードに反応を示したらしい。 主に女子が……。 だがそのおかげか、俺が訊かずともそいつらは俺の知りたかった話題を勝手に話し始めた。 「あー…それってもしかしてあいつのことじゃない?」 「あいつ?」 「ほら覚えてない?先週あたりウチの学年の男子が一年女子の下駄箱に手紙を入れてたって噂」 「あー!!あったねそんな噂、北原とかいう奴だったっけ?」 「そうそう。んで、彼女持ちだった北原と彼女が喧嘩したとかってやつでしょ?」 「でもさぁ、北原はそんなことしてないって言ってたらしいじゃん!」 「まあ、付き合って三日だったらしいし。その噂が出た日」 「ぇえ?じゃあそれって嘘の噂ってこと?」 「さぁ?」 こいつらの話から察すると、つまり…… 手紙自体を下駄箱に入れたっていう事実はあるらしいな。 ただ、それがその北原とかいう奴であるという確証はないってとこか。 まぁたしかに、付き合い始めの野郎がほかの女に手紙を出すっていうのも変な話だ。 それも、この時代に手紙という古風な手段で。 「あー!!でもさ!あの子だったらあり得る話じゃない?!」 「あの子…?ってああ!!もしかしてあの女の子のこと?」 「あー、そうかも。たしかにあの子だったら彼女がいようがいまいが関係ないよね。てか性別も関係ないと思うし」 「私もそう思う。ていうか私女子だけど、心臓破裂するかと思ったもん」 「まさか顔見たの?!」 「まっさかー!直視できるわけないじゃん!!」 「てか、滅多に遭遇しないことで有名だよね。学校あんまり来てないみたいだし」 「見たいけど近寄れないしね、声も聞いたことないしさー」 「私も…」 そうして、そいつらの会話に耳を聳てていれば、なにやら話の方向性にズレが生じていた。 その矛先は、手紙を送られた一年の女子が誰かというもののようだが…。 ?……なんだ、こいつらのこの反応……。 俺は、突如真っ赤に頬を染め上げた女共に戸惑いを浮かべた。 「おねーちゃん?どうして顔真っ赤なの?」 「えっ!?やだぁ……恥ずいんだけどー」 「やだ、アンタも顔真っ赤じゃん!!」 きゃあきゃあと、声高な声が嵐のように降り注ぐ。 俺はその高音に僅かに顔を顰めると、「たまったもんじゃねェ、早く終わらせてやる」とこれまた近場の女の服を引っ張った。 「お手紙もらうような人がいるの?」 「んー?そうだよー」 「そうそう!」 「あの子なら絶対にあり得るよね」 「でもある意味信じらん無い話だけどー」 「たしかに!誰も近寄れないのによく手紙なんか出せたよね、って感じ」 「無謀って言うか、愚民が天界に手を伸ばす感じ?」 「言い得て妙過ぎるよそれ!」 「つか、それだったら、連絡用のプリントを渡せなくて仕方なしに下駄箱に入れたって方が現実味あるよね」 「あぁ、言えてる」 「だって、誰も近寄れないもんねー」 「みんなが皆、その子を見るとその場から動けなくなるくらいだからね」 「……?」 …動けなくなる? どういうことだ。 正直に言って、俺はこのとき首を傾げることしかできなかった。 こいつらの会話内容を理解できなかったわけじゃない。 むしろ底辺な会話内容は容易に理解できた。 ただ、俺が理解できなかった点は、目の当たりにするだけで近寄れもしない人間がいるのかってことだ。 だって、こいつらの言っている一年の女生徒はただの人間だろ? 女から見ても頬を染めるくらい綺麗な人間だったとしても、動けなくなるってのは可笑しいじゃねーか。 「ねぇ、おねーちゃん?その女の人って有名なの?」 「うん!学校中が知ってるよ!」 「滅多にお目にかかれないこともね!」 「そんなにすごいんだ?その人」 「そうよー?!眼福なんてもんじゃないんだから、直視できるひとは勇者ね!」 「その女の人の名前は何て言うの?」 「…え?」 「……名前?」 「うん!そのキレ―な人なんて言うの?」 「「「…………」」」 女共が互いに顔を見合わせる。 そして、数回瞼を瞬かせながら… 「「「……さぁ……?」」」 と漏らした。 「……」 おいおい、学校中が知ってるくらい有名な女なんだろ? それなのに、なぜこいつらは今ここで首を捻ってんだ。 名前くらい知っとけよ。 「そういえば、私も知らないや」 「あー……クラスの子たちなら知ってんじゃない?」 「まぁ、そうだろうけど」 「私たち学年も違うしね」 俺は、そんな反応を見せたそいつらに今年一番の呆れ顔とジト目を送ってしまった。 だが、奏功している内に随分と時間が経っていたのか、考えに耽っていたそいつらの顔が次には一瞬にして青ざめた。 「って!!ちょっと、時間ヤバい!」 「えっ?!うそっ…あと数秒で授業始まっちゃうじゃん!」 はは、どうやら時間が迫っていたことに今更気づいたみてーだ。 そいつらは慌てて俺に振り返っては、バタバタと足を騒がせていた。 そして、その足がすでに地面を駆け出していることに気づいていないのか、走り去りながら俺に手を振り、声を張り上げていった。 「えっと、僕ごめんねー!私たちの方がヤバいから頑張って自力で帰ってねー!!」 「んじゃあ!」 「やバッ!しかも次数学でしょ?!」 「やーん!!」 ポツーンとひとりその場に取り残された俺。 校庭全土に鳴り響くチャイムが終わると同時に視界から消えた生徒たちの後ろ姿は、今世紀最大の苦笑を俺に促した。 「……」 なんというか、うちの学校もレベルが落ちたなと素直に思った。 はは……。 まぁ知りたかった情報も知り得たことだし。 これはこれで収穫できたか。 俺は一人残された場所で茫然と立ち尽くすと、チャイムの残響が消えるころ、静かにその場を後にした。 「……とにかく、先ずはその女と手紙の確保をしたいところだな」 そして、取り敢えずは件の下駄箱へと足を進めていくことにしたのだった。 5月28日。 向かった先での出会いは偶然か必然か。 油断なんて言葉を思い出したのは酷く久しぶりだった。 運命のルーレット I