ほら、今日も眠くなる。 今日の尋ね人は、どんな人だろう 「…ァあ?」 「(……)」 「なんだてめェ?」 触れ合いそうで触れ合わない。そんな距離を地と保ちながらふわりふわりと森を進んでいけば、今日も見つけた尋ね人。けれど、今日の私の視界は、真っ赤っか。赤一色単に染まっていた。 「なに見てやがる」 真っ赤に燃える炎は、この場に降り注ぐ僅かな光を全て吸収したように揺れている。……きれい。けれど、そんな綺麗な真っ赤に反して、私に送られてくるのは、殺気、殺気、殺気、疑心。放たれるものは殺気ばかりだった。でも、気にしない。わたしには何も届かないから。睨まれるその瞳に見える強さ、これが夢でなければ、どんなに恐ろしいだろう。そう考えていた。そしてふわりと一歩、足を進めれば、……殺気がまた送られる。 「口も利けねェのか?ァあ゛?」 「(ごめんなさい、利けないんです)」 いつものように笑みをこぼして答えれば、さらに強まる殺気。 どうやらこの人は、今までに出会った人たち以上に好戦的な人らしい。ひしひしと感じる空気がいつになく重く、張り詰めたものだった。ぎろりと、睨まれる瞳もやっぱり殺気に満ちている。でも、そこにも赤が揺れていた。 「てめェ」 漏らされる声はひどく殺気だっている。けれど、私は「あなたも怪我をしているのでしょう?」。そう言って、その真っ赤な人に近づいた。一歩、また一歩と踏み出して。そっと近づいていった。そうすれば、ほら、また。 「(あなたのここ、怪我しているでしょう)」 そう言って伝えた。けれど、私の言葉は届かない。だから「大丈夫」と笑顔を向けて、スッと右手を上げた。自分の左肩を指しながら目の前の人に笑って告げた。そうすれば、この人にだって伝わる。この人が怪我をしているんだ、っていうことが。 「てめェ、何モンだ?今消してやってもいいんだぜ」 真っ赤な人の額には寄せられた大きな皺。それが語るのは、この人が怪我をしているという“真実”。距離を縮めて手を伸ばせば、零された無遠慮な言葉。そして、向けられるいつもの狂気。真っ赤なその人は、上がらないはずの肩を上げて、私に何かを構えていた。何か冷たいものを突き付けていた。彼の口角はいやに上がってる。 「(大丈夫)」 だから、そんな彼を気にせずに笑って伝える。 「(何もしません)」 目を細めて笑えば更なる皺が寄せられて、真っ赤なその人の狂気は一段と濃さを増していく。ぎちぎちと、空気がちぎれそうなほど強くて濃い殺気が私に向けられた。でも、残念。それは意味ないんだよ。私は何も感じないから、これは夢だから。それはあなたの徒労に終わる。だから「意味のないことはもういいよ」と彼の肩に触れようとさらに手を伸ばした。 「…」 瞬間、いつの間にか突き出された彼の右手。その手には、もちろんひとつの剣。 ぐさりと奥深くまで突き刺さっていた。 「…なっ!」 「(……)」 私を刺すことなく、ただ貫くそれは、この場に差し込む僅かな光を浴びて煌めいている。 とてもきれい。 「…っテメェ、何モンだ!」 驚愕に見開かれた真っ赤な人の目。そこにはやっと出てきた疑念、疑心、懐疑が浮かんでいた。 ここにきてようやく殺気ばかりの空気が薄まった。殺気、それは決して怖くない。決して怖いことはないけれど、殺気が充満した場所はとても息苦しいから、だから、ようやく垣間見えた疑心になんだか安堵しそうになった。 私はほっと小さく息を吐くと、真っ赤な人の手を包み込んだ。物理的に刺されることはないとはわかっていても、ここまで奥深く身体を巨大な剣に突き刺されているままというのは、なんとなく居た堪れないから。だから、いつもは気にしない「貫かれたままの状態」を止めてもらうために、私は彼の手をそっと握った。触れられはしないけれど。 すると、咄嗟に向けられた鋭利な双眼。赤く燃える瞳は、疑の念に揺れていた。 そんな彼をそのままに、私はスッと身体を彼の剣から引き抜く。そして流れるような動作で彼の肩に触れた。毛皮か何かのコートを羽織っているようだったけれど、その下に隠された肩の怪我に触れるように、静かに手を置いた。 「(もう大丈夫)」 そう心の中で呟きながらゆっくりと手を引いていけば、突如として傾き始める視界の中の彼。私はその真っ赤な彼を黙って見つめた。きっと眠気と戦っているんだろう、と思いながら。 そうすれば、不意に地面の芝生を掴んだ真っ赤なその人。ぎろりと私を見上げるように睨みつける。先ほどまでの疑念に揺れる瞳はどこへ行ったのか。私は向けられる瞳に笑顔を返した。眠りに抗うその双眼には、私を見据えた強い赤色が宿っている。けれど、微睡には勝てないみたい。 「…てめェ、面白いじゃねェか」 「(……)」 そう言葉を漏らした瞬間、「ハハッ」と笑いながらその人は消えていった。赤く燃えたその人は、いつものように、私の前から姿を消していった。そうすれば、ここに残るのはいつもの穏やかさだけ。私は、芝生の上に残されたその人の痕跡を眺めた。 きっともう大丈夫。だから笑顔で見送った さて、次はどんな尋ね人だろう