「チッ」 珍しく任務で怪我を負った。急所は免れたが思わぬ深手だった。チッ、面倒だ。 任務は完遂した。長官にも連絡を入れ、後は帰還するのみ。だが、怪我のせいで直ぐに動く気にはなれない。普段であればこんな失態犯すことはないが、今回に限っては足手まといがいた…。 「少し休んでいくか」 人気の離れた場所で少しだけ腰を下ろし、胸元の怪我に簡単な処置をする。「雑魚相手に傷を負うとは」と自分を嘲笑したくなるが、まぁいい。すでに終わったことだ。そんなことよりも事後処理の方が優先だ。今いるところは、海岸から数キロと言ったところか。俺は自身が今いる位置を確認すると、電伝虫で部下どもを先に帰らせる旨を伝えた。 そして、俺はその場で短い仮眠をとるように目を瞑った。完全に寝るわけではない。自身の中の獣の血を抑えるためだ。今のまま部下どものところに戻ったら、この血が暴れ出すのを避けられない。だから、面倒だが先ずはそれを優先させた。チッ、本当に面倒だ。 「……?」 だが、目を閉じたほんの一瞬。俺はさざめく森の気配が変わったことに気がついた。そして、瞬時に見開いた己の眼。俺は捉えた光景に、内心瞠目した。………どこだここは。 気づけば見知らぬ場所。そこはどうやら森には変わりないらしい。が、先ほど俺のいた森とは完全に別物だった。目に映る森には靄が掛かっている。先ほどの森には靄など一切ない。それに、先の森は平坦続きで地面がむき出しだった。対して、今いる場所は芝生に覆われた地。円形状に森が囲まれているらしい。光も射し込んでいる。 ……なんなんだ。まったくもって理解ができない。なぜ突如場所が変わっている。いや、俺が移動したのか…?突然のことに警戒心がむき出しになった。 「…!」 すると、突如感じた人の気配。 俺は瞬時にその気配の方に視線を投げると、警戒を強め、相手が姿を現すのを待った。 「…」 だが、そんな俺の虚を突いて出てきたのは、地面すれすれを歩く女。いや、ガキだった。なぜこんなところに…。頭を過ぎるのは最早疑問だけだった。だが、こんな訳の分からない場所に居るんだ。まずは情報集めが先決か、と面倒だが判断した。それに、もしこいつが何らかの能力者で俺を殺そうとしても、こんなやつ指一本で捻り潰せる。 しかし、目の前のガキは「誰だ」と訊いても、「寄るな」と言っても、「殺す」と脅しても、笑ってこちらに近づいてくる。なんだこいつは。こちらの殺気にも、放つ覇気にも、へらりと笑っていやがる。 俺は早々にこのガキを相手にするのが億劫になり、ならこんなやつ殺せば済むことだと思い至った。怪我のせいか多少右手が震えたが、慣れた形に手を変形させると、俺はそれを構えて一気に目の前のガキを貫いた。躊躇いもなくガキの胸元を真っ直ぐに貫いた ―――はずだった。 「…!」 なにっ…!確かに俺の右手はこいつを貫いている。だが何だこの感触は。オカシイ、あまりにも不自然だ。いや、貫いているのではなく、触れられてすらいないのか。俺は動揺を気取られないようにじっとそいつを睨みつけた。だが、どうだ。そのガキは俺の腕をそのままに、さらに距離を縮めてきやがった。こいつ、イカれてやがるのか。いや違う、俺の手は…こいつの身体をすり抜けている。こいつは、なんなんだ。 自身の手を俺の胸に当てがって笑う、ガキ。 こいつ、人間か? 目の前の理解不能な出来事に意識を奪われていると、突如襲った眠気。だがこんなやつを目の前に眠るなんて有り得ない。寝ない任務もこれまで幾度となくこなしてきた。だが、睡魔は襲う。…なぜだ、なぜ抗えない。くそっ。瞼の閉じる瞬間に見たのは、目の前の女の笑った顔。満足そうに、笑っている顔だった。 「…」 そして、次に気がついたときには、先ほどの場所に戻っていた。 夢か。こんな短時間の仮眠で夢を見るとは、相当俺も疲れているのか。そう思いながら、俺はその場に立ち上がり、 海岸の方へと歩みを進めようとした。 「…」 瞬間、とあることに気がつく。痛みが、ない。バッとスーツを捲くる。 「…っ」 傷が消えている。血も何もかもが消えている。 「クククッ」 おもしろい、夢ではなかったということか。戻したジャケットに染み付いた血、しかしそれの根源は見当たらない。俺はその場で立ち尽くし、思わず口角を上げると、漏れ出る笑いを抑えることなくそのまま笑い続けた。 「クククッ」 貴様が何者であろうと関係はない、おもしろい。 次こそは仕留めてやる