「親父、少しいいかよい?」 「あァ」 大きな扉をくぐれば、目の前に佇むのは新世界四皇のひとり、エドワード・ニューゲート。白ひげ海賊団の一番隊隊長、不死鳥マルコが親父と呼ばれるその人を訪ねていた。 「こんな時間に珍しいなァ、マルコ」 「ちょっと気になることがあってねい」 「なんだァ、話してみろ」 「最近噂になってることがあるんだけどよい」 その場に胡坐を掻いて座り込むと、マルコは自身が耳にした話を話し始めた。 「尋ね人の森って親父は知ってるかい?」 「尋ね人の森ィ?初めて聞くなァ」 「…親父も知らなかったかよい」 「意外だ」とでもいうように頭を掻くマルコ。白ひげも初めて聞く名に眉を寄せているようだ。 「それがどうしたァ」 「悪い噂ではないんだけどよい、最近話題に上り始めてるみたいでねい」 根も葉もない噂を信じるほどマルコは頭の回らない奴ではない。ではなぜマルコがそんな噂に動揺したような表情を浮かべているのか。白ひげは、マルコを見据えながらその目に鋭さを孕めた。 「マルコ、テメエが信じてねェような話なら話すんじゃねェ。オレァ、テメエの話なら信じるがなァ」 グラララ、と豪快に笑う白ひげ。それを見たマルコは一瞬瞠目したが、その表情を苦笑に変えると、渋っていた話を話し出した。 「実際に体験した奴もいるからねい、話すよい、親父」 「あァ」 体制を整えなおしたマルコに白ひげも自身の耳を傾ける。マルコは真っ直ぐに白ひげに向き合った。 「そいつの話によると、海軍と戦ったときにかなりの深手を負ったらしくてねい。その後すぐに簡単な手当てをしたと言ってたよい。けど、傷は思ってた以上にひどかったみたいでねい。医者にも正直無理だと言われたらしいんだよい」 「……」 この大海賊時代なら、そんなことざらにある話で至って気にする必要のない変哲もない話だ。 「で、ここからなんだよい」 「あァ」 「その男が瀕死状態になったとき、勿論意識はぶっ飛んでた。だが、そいつは突然目を覚まして、起きたときには傷も何もなくなっていたんだとよい」 「…どういうことだァ?」 黙ってマルコの話を聞いていた白ひげ。しかし、さすがに死にかけの男が持ち直したことには驚きを隠せないらしい。思わずマルコの話に口を挟んでいた。 「それが、その男の話によると、夢を見たって言うんだよい」 「夢だァ?」 「あァ、俺も初めは信じられなかったけどよい。眠った途端に気づいたら知らない森にいて、 そこで攻撃も何も効かない子どもに会ったらしいんだよい」 「んで、そのガキが治したってェのかァ?」 「あァ、その男と噂によればねい」 マルコの話した事柄に、マルコ自身もやはり疑いが隠しきれていない様子だ。しかし、話したからには何か確信があったからなのだろう。首後ろを掻くマルコ。その様子を一瞥しながら白ひげは口を開いた。 「マルコ、なぜ話したァ?」 「!…」 一呼吸吐きながら、首を左右に振るマルコ。 「やっぱり、親父だねい」 自分たちの親父にはやはり叶わない。けれど、そんな親父だからこそ話したのだ。膝に手を下ろし、白ひげに向き直るマルコ。その顔にはいつもの自信に溢れた雰囲気が戻っていた。白ひげの口角が自然と上がっていく。 「実はよい、この前の戦闘でウチのクルーの一人が深手を負ったんだ。で、そいつも経験したんだよい」 「…、そりゃァ本当かァ」 「あァ、ビスタが目にしたよい」 「そうか」 マルコがこんな根も葉もないような噂話を親父という存在の白ひげに話すまでの決意をしたのは、自身たちのクルーの経験によるものからだった。 白ひげは、考えるようなしぐさを見せると、強い眼差しでマルコを捉える。そして、徐に目を細めた。 「で、テメエはこれをオレに話してどうするつもりだァ?」 こんな話を、単に話すためだけに持ってくるマルコではない。白ひげはその奥のマルコの真意をマルコ自身に訊ねた。 「…親父、オレはそいつを探そうかと思ってよい」 「ァあ?その夢のガキをか?」 「あァ」 「それはテメエのためか」 「…」 口を閉ざすマルコ。その様子を白ひげは黙って見つめた。 「…親父、これは俺ら全員の判断だよい」 「ァあ?」 「怪我だけかもしれないけどよい、親父………」 マルコの言いたいこと、白ひげは最後まで聞かずともわかってしまった。長年の経験からということではない。自分の息子たちを知っているからこそわかってしまったのだ。スッと目を閉じて、マルコの言葉を遮る。白ひげは、身体の底から湧き上がる感情を大きく一笑した。 「グララララララ!!孝行息子を持つ親も大変だなァ」 「………っ親父?!」 「なァ、マルコ?」 グラララ、と笑い続ける白ひげ。そんな親父を目の前に、マルコ自身の口角もいつの間にか上がっていく。 「だがなァ、そんな心配されるほどオレァ軟じゃねェ。そうエースに言っておけ、このバカ息子共がァ!グララララ!」 しかし、上がっていた口角もなんのその。その一言にはマルコも目を丸くしてしまった。何も言わなくとも、この話の大元を当ててしまった白ひげに、マルコは驚きを隠せなかったのだ。それにはさすがのマルコも、その口から笑みを漏らすしかない。 「…さすが、親父だよい」 「グララララララ!当たり前ェだァ!アホンダラ!!」 「わかったら、とっととそのシケタ面ァ直しやがれ」 「(それでも俺は探しに行くよい、親父)」